題6話 決意
ちょっと前まで学園で、一人ぼっちの生活を送っていたわたしが……ニーノルスクの貴族を相手に、交渉して資金を勝ち取らないといけない。
もちろん、誰か補佐役をつけることはできると思う。例えば、領地経営を手伝ってくれているバラキレフさんだ。
それでも、交渉は身分が同じ者同士で行わないといけない。
アルハンゲリスク辺境伯の代理を務められるのは、その婚約者のわたしだけだ。
「わたしにできるのでしょうか?」
わたしは、アレク様に短く問いかけた。
わたしは一人では何もできない。ただの気弱な公爵令嬢だ。
それなのに、わたしが一人でニーノルスクと交渉できるんだろうか?
わたしはそうアレク様に問いかけた。
わたしの瞳は、きっと不安に揺れていたと思う。
けれど、アレク様はためらうことなく、わたしをまっすぐに見つめた。
「アリサにならできるさ。悔しいけれど、今回、俺は何もできない。でも、アリサならきっとできる」
「わ、わたしは……アレク様がいたから、怖いときも勇気を持って行動できました。絶望的な状況でも、希望を持って戦うことができました。でも……アレク様がいなかったら、わたしは誰からも必要とされない、ただの弱い女の子にすぎません」
「それは違うよ」
アレク様は優しくそう言った。そして、わたしの頭に手を乗せる。
そして、髪をくしゃくしゃっと撫でた。
わたしは恥ずかしくなって見上げると、アレク様は青い瞳で愛おしそうにわたしを見つめていた。
「フェリックスも、エレナさんも、アナスタシアも、バレキレフや町長たちも、みんな君のことを信頼している」
「そ、それは……アレク様がいてくれたおかげです」
「それは違うよ。エレナさんは俺がいたから、アリサのことを信頼しているわけじゃない。他のみんなも同じだ。そう思わない?」
そう……なんだろうか。
わたしが答えられずにいると、困ったように、アレク様は微笑んだ。
「アリサは俺のことを信頼してくれている?」
「も、もちろんです! この世でアレク様より信頼している方はいません」
「あ、ありがとう」
アレク様はちょっと顔を赤くした。自分の質問の答に自分で照れてしまったみたいで……わたしも自分の答に恥ずかしくなってくる。
気を取り直したように、アレク様は咳払いをしたけれど、顔は赤いままだった。
「アリサは俺を信頼してくれている。その俺が、アリサを信じると言った。だから、自分のことを信じてみる気にはならない?」
「で、でも……」
「俺の信じるアリサを、信じてほしいんだ」
アレク様は、そう言って、わたしをまっすぐに見つめた。
わたしはアレク様のことを信頼している。そして、そのアレク様がわたしのことを信じてくれている。
みんなも……フェリックスくんや、エレナたちも、わたしのことを信頼してくれている。
アレク様や……みんなと一緒にいるためには、領地の借金問題を解決しないといけない。
そして、その問題を解決できるのは、わたしだけなんだ。
わたしは、わたしを信じることができない。それでも、わたしはやり遂げないといけない。
わたしがアレク様のために、みんなのためにできることは一つだけだ。ニーノルスクで、資金獲得の交渉をするしかない。
アレク様に向かって、わたしはうなずいた。
「……ニーノルスクへ行ってみます」
「ありがとう、アリサ」
「でも……わたしがわたしを信じられるように、おまじないをかけてほしいんです」
「おまじない?」
「ぎゅっと……抱きしめてください」
わたしはささやいてから、自分の頬が熱くなるのを感じた。
アレク様はびっくりした表情になり、そして、ますます顔を赤くして、目を伏せた。
わたしは慌てて言う。
「へ、変なことを言ってしまってごめんなさい」
「いや、へ、変なことはぜんぜんないけど……」
アレク様はうろたえて、それから覚悟を決めたように、その大きな手をわたしの肩に回した。
どきっとして見上げるとアレク様の端整な顔がすぐそばにあった。
そして、ぎゅっとアレク様がわたしの体を抱きしめる。
「こんなことでよければ、俺はいくらでもするよ。こんなことしか、アリサのためにすることができないのが悔しいけれど……」
「アレク様……」
アレク様の体の温かさが伝わってくる。
こんなふうにアレク様に抱きしめていただくなんて、学園にいたころは考えもしなかった。
でも、この温かい感覚が、今のわたしの幸せで……。
そして、その幸せを守るためにわたしは一人でも戦わないといけない。
わたしは抱きしめられながら、アレク様にささやく。
「できるかぎり……ううん、必ず交渉を成功させて、わたしたちの領地を守ってみせます」
<あとがき>
いよいよ舞台はニーノルスクヘ……!
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