第1話 新たな資源
アルハンゲリスクの針葉樹の林が資源になる。
わたしがアレク様にそう言うと、アレク様は首をかしげた。
「たしかに薪にすれば燃料になるし、木材にすれば家を建てる素材となる。でも、それを他の国に輸出できるほど、必要とされているかな」
鉱山の鉄は、工業化が進むスターリング連合王国でも必要とされている。
でも、ただの木が必要なのか、というのは当然の疑問だと思う。
わたしはアレク様に微笑んだ。
「もちろん普通に使うわけじゃありません。船の材料にするんです」
わたしは、スターリング連合王国の貿易船のことを思い出した。
アルハンゲリスクの港に停泊していたその船は、かなり年季が入っていたと思う。
商人は、船の需要が大きくなったことで、値段も上がっているとぼやいていた。だから、新しい船に買い換えられていないんだ。
アレク様がぽんと手を打つ。
「そうか……連合王国では、貿易をすごい勢いで拡大しているし、世界中の島々に領地もある」
「それにオルレアン帝国との戦争で軍艦も必要なはずです。これは事典で読んだ話ですが、船の材料に向いているのは、カラマツみたいな針葉樹なんです」
わたしは説明しながら、これは良い考えだと思い始めた。
何もないと思っていたけれど、最大の資源はすぐ目の前にあったんだ。アルハンゲリスク辺境伯領には、どこまでも針葉樹の林が広がっている。
エレナが遠慮がちにわたしに尋ねる。
「でも、他にも木材を生産するところはあるんでしょう? お姉ちゃんの言う通りに行くかな?」
「大丈夫。もともと大きな国への木材は、ニーノルスク共和国が輸出していたの。だけど……」
ニーノルスクは小国だ。さほど多くもない林業資源を、近年使い果たしつつあり、良質な木材の調達に困っている。
それはルーシ王国の他の地域も同じ。
辺境のわたしたちの土地だから、まだ林が残っている。
それなら、わたしたちの方が、質も良く、値段も安い木材を輸出できると思う。
船舶用の木材の需要は、きっと鉄鉱山の鉄を下回らない。
わたしの説明に、アレク様とエレナは感心したように顔を見合わせた。
「お姉ちゃんって……博識というか、不思議なことをよく知っているよね」
「あはは……学校にいるときは、本を読む以外にすることがなかったから……」
それに、気づけたのは、エレナがここを「美しい土地」だと言ったからで、エレナにも感謝しないといけない。
とは言え、たまにはわたしも役に立ったと思う。
アレク様もサファイアのような青い瞳に称賛の色を浮かべ、わたしを見つめてくれている。
「問題は、どうやって木を伐採して、丸太の形にしていくかだな。領民をうちの手の空いている者を探すか、あるいは外部の人間に任せるか……」
「そうですね。でも、ひとまずは連合王国の商人から、借金をすぐに返せとは言われないと思います」
そのあいだに時間を稼いで、林業の基礎を作ればいいし、できるならホルモゴルイの鉱山の件も解決してしまおう。
アルハンゲリスクの領地は発展し、わたしたちの居場所を失うこともなくなる。
まずはスターリング連合王国の商人と交渉だ。それから林業に着手して……。
そんなことを考えていたら、急にアレク様がわたしの手をとった。
突然のことだったので、わたしはうろたえ、頬が熱くなる。
「あ、アレク様……!?」
「アリサがいなかったら、たぶん、俺は問題を解決できなかった。アリサのおかげでなんとかなりそうだよ」
「い、いえ……わたしは思いつきを言っただけですし……」
「そんなことはないよ。やっぱり、俺にとってアリサは必要な存在だ」
アレク様は少し顔を赤くして、微笑んだ。アレク様の大きな手がわたしの手をぎゅっと包み込む。
いつもより力強いような……。
う、嬉しいけど、気恥ずかしい。
わたしは思わず視線をそらすと、そこにはエレナの顔があった。
エレナはくすくすっと笑う。
「あたしの前でいちゃつくなんて、アレクサンドル殿下とお姉ちゃんは、本当に仲が良いんだね」
わたしは少しためらって小声でささやく。
「うん。わたしはアレク様のことが大好きだもの」
アレク様の手の力が急にさらに強くなる。見上げると、アレク様は耳まで顔を赤くしていた。
そして、アレク様も「俺もアリサのことを……愛しているよ」とつぶやく。
そう仰っていただけるのは嬉しいけれど、い、妹の前では……ちょっと恥ずかしい。
エレナは少しさびしそうな表情を浮かべた。
「なんだか……お姉ちゃんをとられちゃったような気分がして、少し寂しいかも。でも……お姉ちゃんが幸せそうだし、いっか」
「……エレナ」
「だから、アレクサンドル殿下。絶対にお姉ちゃんを幸せにしてくださいね。そうじゃないと……あたしが許しません」
つまり、エレナはわたしたちの仲を認めてくれたことになる。
アレク様は微笑み、そしてうなずいた。
「エレナさんが許さないと言うと、怖いな。でも、大丈夫。約束するよ。俺はアリサを手放すつもりはないからね」
「ありがとうございます。……あーあ、あたしにも……アレクサンドル殿下みたいな婚約者がいたら……良かったのにな」
エレナの婚約者のミハイル殿下は、まったくエレナのことに興味を持っていない。
今の所、エレナにもわたしにも、それをどうすることもできない。
……でも、きっとエレナならなんとかできると思う。
ミハイル殿下を振り向かせるか、そうでなければ、家の事情なんて無視して、殿下との婚約を破棄したっていい。
どちらも簡単なことじゃないけれど、そのとき、わたしは最大限、エレナの力になりたい。
エレナはくすっと笑い、そして、上目遣いにわたしたちを見た。
「もうしばらくこちらに滞在しようと思います。よろしくお願いしますね、お義兄様、それにお姉ちゃん」