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第9話 何もないわけじゃなかったんだ

 エレナの涙に、わたしは驚いた。


 おかしい。


 エレナと今朝話したとき、エレナはこう言っていた。「ミハイル様はあたしのことが大好きだから。あたしのことを絶対離さないって言っていたもの」と。


 つまり、エレナはミハイル殿下の心をばっちりつかんでいたはずだ。

 でも、今のエレナは、ミハイル殿下にまったく愛されていないと言っている。


 エレナはうなずく。


「お姉ちゃんに言ったのは……嘘だったの。あたしはね、チャイコフスキー公爵家の娘だから、ミハイル殿下の婚約者になれただけ。殿下は公爵家の力が必要だから……あたしを婚約者にしたの。あたしのことなんて、何の興味もないの」


「ミハイル殿下が優しい人だっていうのも、本当は違うの?」


 エレナは、わたしにミハイル殿下を優しい人だと言った。


 でも、あのときのエレナの表情や振る舞いは少し不自然で、引っかかるところがあった。


 エレナはぽろぽろと涙をこぼし、首を横に振った。


「ミハイル殿下は優しい人だよ。それは嘘じゃないけど……でも、殿下は誰にでも優しいだけ。あたしのことは特別なんかじゃないの。殿下は……儀式のときに、あたしに挨拶するだけ」


 ああ、そっか。

 だから、エレナは疑っていたんだ。アレク様がわたしを利用しようとしているんじゃないかと。


 エレナはもともとミハイル殿下のことが好きだった。そして、その思いは叶ったかのように見えた。


 でも、違ったんだ。

 ミハイル殿下がエレナを婚約者に選んだのは、チャイコフスキー公爵家の力を利用したかったにすぎない。


 アレク様とわたしとは違う。

 エレナは、わたしなんかよりずっと優秀で、魅力的な女の子だ。


 だからといって、欲しい物のすべてが手に入るわけじゃない。


「お姉ちゃんはずるいよ。ミハイル殿下にとっては、あたしは公爵家の娘だから、価値があるだけなのに。お姉ちゃんはアレクサンドル殿下に……必要とされている。あたしは……」


 エレナはうつむいて、そして、白い綺麗な指先で涙をぬぐった。

 

 わたしはどう言葉をかけていいかわからなかった。わたしの代わりに、口を開いたのは、アレク様だった。


「俺はね、ミハイルに王位を奪われたことは恨んではいないんだ。ミハイルの方がずっと優秀だったんだから仕方ない。たとえミハイルが俺の領地の発展を邪魔しようとしたり、あるいは俺を殺そうとしたりしても、ある意味では、それは新たな王太子として正しいことだと思う。けれど、エレナさんを……俺の大事な婚約者の妹を泣かせるなら……許してはおけないな」


 珍しく、アレク様が怖い顔をしていた。わたしも同じ思いだった。

 ミハイル殿下は、エレナのことを大事にしていない。


 政略結婚だから仕方ないという一面は否定できない。それでも、わたしの大事な妹を傷つけるなら……ミハイル殿下を許せない。


 エレナは、水晶のように綺麗な瞳で、上目遣いにわたしを見つめる。


「あたしは、ミハイル殿下が王太子になるなんて思っていなかった。お姉ちゃんがアレクサンドル殿下の婚約者となって、あたしがミハイル殿下の婚約者になって……それでアレクサンドル殿下が王様に、お姉ちゃんが王妃様になると思っていたの。でも、違った」


 現実には、アレク様は王太子じゃなくなって、辺境の領主となった。わたしはそんなアレク様と、一緒にこの地に来た。


 王と王妃という重荷は、わたしたちの弟と妹に託されたことになる。

 でも、そんなのはエレナは予想していなかったんだろう。


「お姉ちゃんは王妃になって、あたしは王弟殿下の妃となって、ずっと一緒にいられると思っていたのに……。ねえ、お姉ちゃん。王都に戻ってきてよ。お姉ちゃんまで、あたしを一人にするの?」


 エレナに見つめられ、わたしは切ない気持ちになった。エレナが辛いとき、わたしはその支えになりたい。

 一緒にいてあげたい。


 でも……。


「わたしはアレク様の婚約者で、この領地にいることに決めたの。だから、ごめんね。王都に戻ることはできないけれど、いつでもここに遊びに来てくれていいし、どれだけ長い間でも、ここにいてくれてもいいから」


「本当……?」


「本当に決まっているじゃない。エレナはわたしの大事な妹なんだから」


 わたしがそう言うと、エレナは突然、ぎゅっとわたしに抱きついた。

 びっくりして、わたしは固まる。アレク様も驚いていた。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 わたしは微笑み、エレナの華奢な体を抱きしめ返す。


 少しでも、わたしはエレナの力になりたい。

 そのためには、どうしたらいいだろう? エレナとミハイル殿下の関係を変えることはできるんだろうか?


 そして、差し迫って、もう一つ問題がある。

 エレナを通して、ミハイル殿下に鉱山の採掘権許可を説得するのは、不可能になった。エレナがミハイル殿下に関心を持たれていない以上、エレナを通して影響を及ぼすのは無理だ。


 でも、この問題が解決しないと、貿易品を失ったアルハンゲリスクは領地として立ち行かなくなる。


 鉱山の鉄を輸出することで、領地が発展するはずだった。辺境伯領はそのために、多額のお金を借りている。けれど、今のままでは、スターリング連合王国の商人から、その借金の返済を迫られることになるはずだ。


 辺境伯領は、破綻してしまう。


 そうなれば、わたしとアレク様の居場所はなくなってしまうし、エレナの力になることもできなくなる。


 どうすればいいんだろう……?


 エレナはわたしにしがみついたまま、ささやく。


「お姉ちゃんたちの領地のことを何もない場所なんて言ってごめんなさい」


「実際、そうだもの。仕方ないよ」


「でも……ここは、アルハンゲリスクは美しい土地だよね」


 エレナはわたしから少し離れると、窓の外に目を向けた。

 そこには針葉樹の樹林がどこまでも広がっていた。


 たしかに美しい。気候は厳しく、農業には向かない土地だけれど、アルハンゲリスクには美しい木々が広がっていた。


「こんな風景、王都のそばにはなかったもの」


 エレナの言葉に、わたしははっとする。


 ……そうだ。


 この北方特有のカラマツやモミの針葉樹林を、わたしはもう一度眺める。


「何もないことはなかったんだ……」


 鉱山の鉄だけが、貿易品になるわけじゃない。


 わたしたちには、この美しい木々が残されている。

 これが、わたしとアレク様、そしてこの土地のみんなにとっての希望となるはずだ。

<あとがき>


これで第一部第三章は完結です! 次章はアリサ、アレク、エレナ、フェリックスたちが力を合わせて、王都や商人からの圧力と戦う話になる予定ですが、その前に大事なお願いです。


「面白い」「エレナが可愛い!」「アリサやアレク、エレナやフェリックスたちの未来が気になる!」と思っていただけましたら


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― 新着の感想 ―
[一言] 林業だ!林業!(笑)
[一言] 最初の印象からして姉妹仲がいいし 姉の関係に嫉妬してただけか 報われればいいな
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