第5話 たとえばキスの練習とか?
なんだか変な話になった。
鉄鉱山の採掘許可を求めるために、エレナにミハイル殿下を説得してもらう。
そんな現実的な話なのに……そのために必要なのは、わたしとアレク様がエレナの前でイチャイチャすることだった。
アレク様がわたしを愛していると証明しなければ、エレナはミハイル殿下説得に協力してくれないらしい。
でも……アレク様とわたしがイチャイチャすることで、そんなことを証明できるんだろうか?
わたしは二階の執務室の扉をノックする。
アレク様が「入っていいよ」と返事をした。
わたしはおそるおそる扉を開ける。
こじんまりとしているけれど、赤い絨毯が敷かれた立派な部屋だ。
中央にマホガニーの木材で作られた立派な事務机がある。
窓際には旗が掲げられていて、金色の双頭の鷲があしらわれていた。
ルーシの王家の象徴だ。
辺境伯家の屋敷は小さいけれど、その中に、アレク様が辺境伯としての仕事を行う部屋を作った。
それがこの部屋だ。
港にある以前の役所の建物ではなく、屋敷にそういう部屋を作ったのは、アレク様がいつでも仕事をするという熱心さの現れだった。
家臣からの報告を受けたり、書類の決裁をしたり……という普段の仕事を、アレク様はこの部屋でしている。
わたしが入ってきたのを見て、アレク様はぱっと顔を明るくする。
「アリサ、来てくれて嬉しいよ」
わたしも頬を緩め、二人分の紅茶を机の上に置く。
差し入れのつもりだった。
ルーシでは紅茶と一緒に、ブランデー入りの苺ジャムを食べるから、小皿に添えてある。
「ありがとう、助かるよ」
「いえ……フェリックス君が用意してくれたものですから」
「だけど、持ってきてくれたのはアリサだから」
アレク様の柔らかい微笑みに、わたしは温かい気持ちになる。一言一言が優しい人だなって思う。
わたしは「失礼します」と言って机の反対側の椅子に腰掛け、アレク様と一緒に紅茶を味わう。
純白のティーカップのなかに、曇り一つないオレンジ色の紅茶が注がれている。とても良い香りだ。
わたしはカップにそっと口をつける。
「美味しい……」
王都にいた頃は、公爵令嬢のわたしはそれなりに高級な紅茶に飲み慣れていた。
この土地に来てからあまり贅沢はできないし、この紅茶もそれほど高級品の紅茶ではない。
でも美味しく感じられるのはどうしてだろう?
「さすがフェリックスの淹れる紅茶は美味しいな……」
とアレク様はつぶやく。
そっか……。フェリックス君の紅茶の淹れ方が上手なのかも。
そして、アレク様の言葉に、フェリックス君との付き合いの長さを感じた。
少し、フェリックス君のことが羨ましい。わたしも……フェリックス君に紅茶の淹れ方を習ってみようか。
わたしは、アレク様が「アリサの淹れる紅茶は美味しいよ」と言ってくれるところを想像してみる。
……うん。悪くない。きっとフェリックス君なら、喜んで教えてくれるだろうし。
ただ、紅茶が美味しいのは、もうひとつ理由がある気がした。
わたしはその理由を言うのをためらい、アレク様をじっと見つめる。
……きっと、紅茶が美味しく感じられるのは……アレク様と一緒に飲んでいるからだ。
アレク様はわたしの視線に気づき、そして、青い宝石のような瞳でわたしを見つめる。
「でも、いつもより紅茶が美味しいのは、アリサと二人で一緒に飲んでいるからだろうな」
そう言って、アレク様は少し顔を赤くして笑った。
アレク様がわたしと同じことを考えていてくれた。少し気恥ずかしくて、そして嬉しい。
こんな時間が続けばいいのにな……。
でも、わたしにはアレク様に伝えないといけないことがある。
……エレナの前で、イチャイチャする必要があるという重大なことを!
重大なことなのかな、これ?
「ええと、アレク様。お話しがありまして」
「うん。なに?」
「実はエレナの前で……あ、アレク様がわたしを愛していると証明していただきたくて」
「へ?」
案の定、アレク様はぽかんとした顔をした。
わけがわからなくて当然だと思う。
わたしは経緯を説明しながら、気づく。
よくよく考えたら、これはいい機会なのかもしれない。
エレナが納得するようなことをするということ、わたしとアレク様の仲が一歩深まる必要がある。
たとえばキスをすることが必要だということになれば、それを理由に……アレク様と、き、キスできるかもしれない。
え、エレナに見せる前に、練習もしないといけないし!
問題は、エレナを納得させるために、何をすればよいかということだった。







