第3話 新たな問題
アレク様は、エレナがわたしたちの領地に来た理由を聞いてうなずくと、きょろきょろと周りを見回した。
そして、フェリックス君を手招きする。
「エレナさんの部屋への案内、頼めるかな」
「もちろんです。でも、お屋敷の本棟には空いている部屋がないですが……」
「離れの建物を使ってもらおう。あそこなら広々としているし、従者や侍女も何人かは泊まれる」
そして、アレク様は「悪いけれど、それでいい?」とエレナに聞くと、エレナは綺麗な笑みを浮かべて「もちろんです!」と答えた。
エレナは最小限の従者や侍女しか連れてきていないし、道中の護衛の一部はいったん公爵家に帰ってもらうということで、なんとかなるようだった。
とりあえず、これで一安心だ。
いや、安心はできない……!
わたしはじっとアレク様を見つめる。アレク様は「?」という顔で首をかしげた。
いまだにエレナはアレク様の手を握ったままだ。
エレナがいる限り、アレク様の気持ちがエレナに移ったらどうしよう?という心配をしないといけない。
もちろん、わたしはアレク様のことを信じているし、エレナにはミハイル殿下という婚約者がいる。
だけど、わたしは昔から、エレナには何一つ勝てていない。
エレナにその気がなくても、アレク様の心を奪われたら……。
「……えっと、アリサ?」
いつのまにか、アレク様がわたしの目の前にいた。考え事をしていて、アレク様の言葉に気づかなかったらしい。
「も、申し訳ありません! なにか御用でしょうか?」
「ちょっと二人きりで話したいことがあって。二階の寝室へ行こう」
「は、はい」
わたしがこくこくとうなずくと、アレク様はわたしの手を握る。
どきりとして見上げると、アレク様は微笑んで、わたしの手を引いた。
「お姉ちゃん、また後でね」
振り返ると、エレナが無邪気ににこにこしてわたしに手を振っている。エレナは……変わらないな。
わたしはくすっと笑うと、エレナに手を振り返した。
アレク様とともに、わたしは廊下に出て階段を上り、寝室に入る。
いつもどおりの、大きなベッドが一つある、わたしたちの寝室だ。
窓から日の光が差し込んでいる。
アレク様はベッドに腰掛け、わたしも……自然とその隣に座る。
こんな昼間からベッドに二人並んでいるなんて……不思議な気がする。
アレク様の話ってなんだろう? 執務室ではなく寝室を選んだということは、万一他の人に聞かれては困ることなのだと思う。
なにか大事なことなんだとは思うけれど……。
「えっと……お話は……」
「実は……ホルモゴルイの鉄鉱山の採掘が続けられないかもしれない」
「え? でも、まだ資源が尽きるのはかなり先のはずですし、設備だって新しくしたばかりなのに……」
ホルモゴルイの鉱山の鉄を、わたしたちのアルハンゲリスクの港から輸出することで、領地は少しずつ豊かになりつつある。
この先の発展を見込んで、アレク様とわたしは、港町や鉱山の設備に投資をした。そのお金は、スターリング連合王国の商人から借りている。
すべて順調で、人手不足ということもないし、大きな事故もない。
なのに、どうして……?
「実は鉱山の採掘権が取り上げられるかもしれないんだ」
鉱山はホルモゴルイの子爵領にある。だから、その採掘の許可を与えられているのは、ホルモゴルイの子爵、つまりアナスタシアさんだ。
アナスタシアさんはまだ幼いし、わたしたちの養女だから、実際にはアレク様とわたしが鉱山の経営に当たることになる。
ところが、突然、王都の役所が、アナスタシアさんが幼いことを理由に採掘権を停止しようとしてきたらしい。
「そんな……ゲオルギーがアナスタシアさんの後見人だったときには、そんな話はなかったんですよね?」
「そのとおり。俺たちがアナスタシアの後見人になったから、王都の連中は妨害をしにきたんだよ」
ゲオルギーがアレク様を殺そうとしたときも、王都に協力者がいると言っていた。
アレク様を辺境に追いやっただけでは満足せず、さらに追い詰めようとしている人たちがいるらしい。
ホルモゴルイの鉄の輸出を、ミハイル殿下のエレメイグラートの港から、アルハンゲリスクの港に変更したことが、彼らを刺激したのかもしれない。
アレク様はため息をついた。
「困ったな。将来の鉄の輸出による発展があるからこそ、スターリングの商人は金を貸してくれたんだ。ところが、それがなくなるとなれば……」
お金を引き上げられてもおかしくない。
もともとアルハンゲリスク辺境伯領には財産なんてほとんどなかったし、領地を発展させようと思えば借金しないわけにはいかなかった。
それほど無理な金額を借りたわけではないけれど、それでも領地経営のためのお金だから大金だ。
引き上げられれば、辺境伯領が……破綻してしまう!
わたしは顔が青くなった。
なにか手を探さないと……。でも……。
窓の外を見る。そこには針葉樹の林が広がっているだけで、何もない。
港と鉱山以外に、この領地にはまだ、何も資源も大きな産業もない。
アレク様はわたしを安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。まだ採掘権が取り上げられるって、決まったわけじゃない。なんとかするさ。でも、アリサには事前に話しておこうと思って」
「ありがとうございます」
「話すことで、心配させてしまったかもしれないけれど……」
わたしは首を横に振った。
そして、ベッドの上のアレク様の手に、わたしの手を重ねる。
「あ、アリサ……?」
アレク様が顔を赤くして、わたしを青い宝石のような瞳で見つめる。
……良かった。エレナに手を握られても動揺しないアレク様が、今はうろたえている。その大きな手は、とても温かかった。
「わたしはアレク様の力になりたいんです。だから、どんな心配事でも隠さずに仰ってください。悩みも喜びも、アレク様と共にできることが……わたしは嬉しいですから」
最後の方は、わたしの声は小さくなっていた。は、恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない……。
けれど、アレク様は頬を赤くしたまま、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「アリサがそう言ってくれて、ほっとしたよ。ありがとう、アリサ」
「いえ……」
「アリサがいれば、どんな問題でも解決できそうだ」
アレク様はそう言ってくれるけれど、わたしは何も役に立てない。「きっと大丈夫」とアレク様に言いたいのに、鉱山の問題を解決する方法を思いつかない。
そのとき、わたしはひらめいた。
問題は王都の役所で、たぶん、第二王子ミハイル殿下の派閥の人間が、アレク様とわたしの妨害をしている。
そんな彼らの考えを改める最も有効な方法は、ミハイル殿下から説得いただくことだ。
もちろん、ミハイル殿下が、アレク様やわたし、そしてこのアルハンゲリスクのことをどう考えているかはわからない。
けれど、今、わたしたちのそばには、ミハイル殿下に強い影響力を持っている人がいる。
ミハイル殿下の婚約者、つまり、わたしの妹のエレナだ。
「わたしも……できることをしてみます」
わたしはぎゅっと両手で殿下の手を握り、殿下はますます顔を赤くした。
大丈夫。
エレナはわたしが幸せになるように協力してくれると言っていた。きっとエレナが、問題の解決の糸口となってくれるはずだ。







