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第8話 バラキレフ

 殿下、わたし、そしてアナスタシアさんは、子爵家を支配するゲオルギー・プロコフィエフと戦う覚悟を決めた。


 屋敷からこっそり逃げ出すというのは不可能だ。途中で発覚して追手に捕まってしまう。


 乗ってきた馬車もたぶん奪われているから、使えないと思う。


 それに、わたしたちの従者もどこかで拘束されているはずで、助けてあげないといけない。

 

 そうだとすれば、殿下とわたしは、ゲオルギーを倒して、この屋敷と子爵家の支配権をアナスタシアさんの手に戻す以外の道はない。 


 そうしなければ、殿下とわたしは王都に送られて離れ離れとなってしまう。


 でも、ゲオルギーを「倒す」ということは、それはつまり、殺すことになるかもしれない。

 ゲオルギーは、殿下を殺そうとした。そのうえ、アナスタシアさんを利用して、この領地を無茶苦茶にして村の人達を苦しめてきた。


 殺されても仕方がない理由がある。


 でも、殿下に……優しい殿下に、人を殺せるんだろうか?

 わたしの視線に気づいたのか、殿下は青い宝石のような瞳で、わたしを見つめ返す。


「大丈夫。俺は子どもの頃からずっと剣術の訓練を受けてきた。達人とまでは言わないけれど、俺も意外と強いんだよ」


「意外ではありません。殿下が凄まじい努力をされていたことは、わたしも知っていますから」


 形だけの婚約者だった学園時代、わたしと殿下は疎遠だった。それでも、殿下が学問にも武芸にも人の何倍も熱心だったことは、遠くから見ていてもわかった。


 殿下は微笑んだ。


「見ていてくれたんだ。……それは少し嬉しいな」


 こんなふうに殿下と心を通わせて暮らすことになると知っていれば、学園でもっと殿下のことを見ていたのに、と思う。


 ただ見ているだけではなくて……殿下ともっと楽しい学園生活を送ることができたかも。

 ……ううん。そんなこと、考える必要はないんだ。だって……わたしたちには、この先も領地での幸せな生活があるんだから。


 そのためにも、この危機を乗り越えないと。


 ゲオルギー・プロコフィエフは、最下級の貴族であると同時に、元軍人だ。

 それほど屈強そうではないけれど、油断できない相手だった。


 そして、まず、ゲオルギーの寝室にどうやってたどり着くかという問題がある。

 王族らしい豪華な服と、公爵令嬢らしい少し華美なドレスでは、廊下で見咎められてしまう。


 アナスタシアさんの言葉で乗り切れる場合もあると思うけれど、ゲオルギーに忠誠を誓っている人間がいれば、わたしたちは取り囲まれてしまうだろう。

 

 アナスタシアさんは、うなずいた。


「そこで、殿下とアリサ様には……この屋敷の従者とメイドの服を用意しました」


 アナスタシアさんは、かばんの中から従者用の黒いお仕着せと、白いエプロンドレスのメイド服を取り出した。


 どちらも、丁寧に仕立てられた上等な服だ。ただ、もちろんわたしたちが普段着るようなものじゃないから、新鮮だった。


 わたしは着替えようとし、殿下がいることに気づく。殿下も顔を赤くして、首を横に振った。


「え、えっと……後ろを向いているから、大丈夫。見たりしないから!」


「は、はい……」


 わたしも慌てて殿下と反対側の壁を向く。そして、着ているドレスを脱ぎ、床へと落とした。

 背中合わせの殿下も、服を脱いだところなのか、衣擦れの音がしてドキドキする。


 殿下も今、裸に近い恰好なんだ……。

 わたしは頬が熱くなるのを感じながら、黙々と着替えを進めた。


 しばらく時間が経つ。


「えっと、俺は着替え終わったけれど……」


「わ、わたしはまだですから、振り向かないでくださいね!」


「ご、ごめん」


 わたしは大慌てで、着替えを終える。


 振り返ると、殿下はお仕着せのタキシードを着て、綺麗に赤い蝶ネクタイを締めていた。

 ……かっこいい!

 

 普段と違って、新鮮だ。「従者」というのは男性使用人のなかでは高い地位があって、主人に付き従うから、見た目が良いことが重視される。


 機能的に作られたそのお仕着せは、殿下にぴったりで、とても有能そうな従者に見える。


「殿下……とっても似合っています!」


「そ、そうかな……? そういうアリサも……その……可愛いと思う」


 殿下はかあっと顔を赤くしながら、わたしを見つめた。


 可愛い、と率直に言われたことで、わたしも気恥ずかしくなる。


 メイド服は、だいたいサイズもぴったりだった。少しスカートの丈が短いけれど、それ以外はばっちりだ。

 白いカチューシャも頭につけているし、疑いようのないメイドに変装できていると思う。


 わたしは照れ隠しに、くすっと笑った。


「ありがとうございます。殿下がよろしければ、お屋敷に戻った後も、たまにメイド服姿でご奉仕しましょうか?」


「それは……刺激が強すぎるから遠慮しておくよ」


「刺激が強すぎる?」


「アリサが可愛すぎて……冷静でいられなさそうだから」


 殿下はそうささやいた。

 その反応を見て、わたしは決意する。お屋敷に戻ったら、またメイド服を着てみよう。

 そうしたら、殿下が赤面するところを見ることができる。


 一つ楽しみもできたし、早く問題を解決しないと。


 わたしたちはアナスタシアさんに案内され、牢を脱出した。見張りはアナスタシアさんがお金を渡して、事前に買収済みらしい。


 子爵であるアナスタシアさんに、従者の殿下とメイドのわたしが付き従うように、歩いていく。

 一階の廊下を通り、二階への階段を上がる。

 

 そして、いよいよゲオルギーの部屋の前にたどり着こうとしたそのとき……。

 廊下の曲がり角から、黒い人影が現れ、わたしたちと鉢合わせした。


 長身のその男性はわたしたちを見ると、眉を上げ、そして不気味な笑みを浮かべた。


「不思議な組み合わせですね。アナスタシア様と……第一王子殿下とその婚約者が一緒にいるとは」


 わたしは息を呑む。正体がバレてしまった。


 でも、それも仕方がない。相手は他の使用人たちと違って、殿下とわたしの顔を知っているのだから。

 

 目の前の男性は、バラキレフさんだ。

 子爵家とゲオルギーに仕える家臣であり、そして剣術の達人だという人だった。


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