表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/48

第4話 ホルモゴルイ子爵領

 ホルモゴルイ子爵領は、わたしたちのアルハンゲリスク辺境伯領の南に位置する。


 爵位は高くないけれど、古くからある名門貴族領だ。しかも、アルハンゲリスクよりもずっと豊かだった。


「子爵領は土地が豊かだし、鉄鉱山があるからね」


 アレクサンドル殿下は、馬車の中でわたしにそう言った。


 いま、わたしたちはホルモゴルイ子爵領に、挨拶のために向かっている。

 アルハンゲリスクの港町から、ホルモゴルイの子爵邸までは、馬車で一日もかからない距離にある。


 わたしは殿下にうなずいた。


「その鉱山の鉄を、ホルモゴルイ子爵家は、エレメイグラート経由でスターリング連合王国やニーノルスク共和国に輸出しているんですよね」


 殿下は、わたしの言葉に驚いたように目を開いた。

 青い宝石のような瞳で、じっと見つめられ、くすぐったい。


「あの……わたし、なにか変なことを言いましたか?」


「いや、そんなことはないよ。アリサの言う通りだ。よく知っているなと思って、びっくりしたんだよ。さすがアリサ」


「いえ、本で調べただけですから……」


 何の取り柄もないわたしにできるのは、事前に準備をしておくことぐらいだ。


 これでもわたしは読書家だったりする。……友達が少なくて他にやることがなかっただけだけど。


 でも、「備えあれば憂いなし」とか「知は力なり」という言葉はそのとおりだと思っていて、知識があればなにかの役に立つかもしれない。


 それに、こうしてアレクサンドル殿下にも褒めてもらえるし。


 ついでに、わたしはもう一歩踏み込んでみる。


「もしホルモゴルイの鉄を、アルハンゲリスクの港から外国に輸出してもらえれば……港町にも活気が出ますね」


「うん。そのとおりだね。だから、今回は辺境伯領赴任の挨拶も兼ねて、そのことも交渉するつもりなんだよ」


 貧しいアルハンゲリスクの領地の最大の強みは、港があることだ。


 エレメイグラート開港以後、衰退が激しいけれど、それでもアルハンゲリスクはまだ現役の港だった。


 穀物だけではなく、鉱物資源の輸出ができれば、港町の経済は多少は良くなると思う。


 港の使用料が増えれば、わたしたち辺境伯家の財源にもなる。


「総督統治時代のアルハンゲリスクは、王家が重視するエレメイグラートの港に遠慮していたからね。だから、まともに港を利用する方法を考えていなかったけれど、俺が辺境伯になった以上、これからは違う」


 殿下は自分に言い聞かせるように、そう言った。

 わたしも……そんな殿下の瞳を見つめ、うなずく。


「はい。殿下なら……必ずアルハンゲリスクをエレメイグラートを上回る港にできると信じています」


「ありがとう」

 

 殿下は優しくわたしを見つめ返し、微笑んだ。


 そのとき、馬車が道のなにかに引っかかったのか、大きく揺れた。

 

「きゃあっ!」


 わたしは体勢を崩し、横へ倒れそうになってしまう。

 そんなわたしを、殿下が抱きとめてくれる。


「大丈夫、アリサ?」


「は、はい……ありがとうございます」


 見上げると、すぐそばに殿下の綺麗な顔があって、どきりとする。

 殿下の大きな手が、わたしの肩と背中に回され、しっかりと抱き寄せられている。


 小柄なわたしが、殿下の膝の上に座るような格好になっていて……。

 事故とはいえ……背後から殿下に抱きしめられる形になっている!


 殿下もそのことを意識したのか、顔を赤くして目をそらし、わたしから手を放した。

 ど、どうしよう……?


 結局、わたしは恥ずかしさのあまり、乱れたスカートの裾を整え、馬車の座席に座り直した。

 昨日、ベッドのなかで抱きしめあったのに、全然慣れない。

 

 まだ心臓がドキドキする。

 わたしは冷静になるために、窓の外へと視線を移し、風景を眺めてみた。


 ホルモゴルイ子爵領は豊かだと聞いていたのだけれど……あまり、そうは見えない。


 農村地帯の道を馬車は走っているのだけれど、道行く人達の顔は疲れていた。

 何より、耕作が放棄されている畑がかなり多いような気がした。チャイコフスキー公爵領とは全然違う。


 ルーシの貴族の領地では、農奴と呼ばれる身分の人たちが農業に従事している。


 農奴は土地と貴族に縛られた存在だけれど、過酷な取り立てが行われているところでは、その農奴たちが逃げ出してしまうという。


 このホルモゴルイ子爵領も……そうなのかもしれない。

 わたしは……少し不安になってきた。

 

 殿下を振り返ると、殿下はまだ顔を赤くしてもじもじしていた。


「ホルモゴルイ子爵領は前領主が二年前に亡くなって、その幼い娘が当主となっているんだ」


 わたしと目が合うと、殿下は照れ隠しのように言う。


「ということは、どなたか後見人がいるのでしょうか?」


「遠縁の貴族が、実質的には領地を経営しているらしいね。だから、俺たちが挨拶するのは、当主とその後見人の貴族ということになる」


 その後見人の貴族がまともな人だといいのだけれど。

 わたしは心の中でそう願った。


 やがて夕方になり、馬車はホルモゴルイの子爵邸についた。

 アルハンゲリスク辺境伯の屋敷よりずっと立派だ。


 赤レンガの建物は横に大きく広がり、威容を誇っていた。


 やがて車寄せに馬車が止まり、わたしと殿下は降り立った。


 出迎えとして、使用人たちがずらりと並んでいる。


 男女ともに丁寧に仕立てられた服を着ていて、かなりお金がかかっていそうだった。農村の風景とは真逆だ。


 やっぱり、このホルモゴルイ子爵領は豊かなのかな。

 わたしが首をかしげていると、屋敷の玄関が開き、十歳ぐらいの小さな女の子がこちらへと歩いてくる。


 まるで人形のような……びっくりするぐらい可憐な少女だった。肩までかかる銀色の髪がふわりと揺れ、金色の瞳がわたしたちを見つめる。


 純白のドレスがとても良く似合っていて、わたしなんかより、ずっとお姫様という感じがする。


 その子は、とてとてとわたしたちのところに歩いてくると、わたしたちを見上げた。

 それから、うやうやしくひざまずいた。


「お待ちしておりました、第一王子にしてアルハンゲリスク辺境伯のアレクサンドル殿下。そしてその婚約者のアリサ・チャイコフスカヤ様。……私が、ホルモゴルイの子爵アナスタシア・プロコフィエヴァです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ