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第10話 一歩を踏み出す勇気があれば。

 そして、その日も夜となる。


 今日は本当に疲れた。でも、一つの問題が解決して、殿下とも少し近づけた気がして……明日もこんなふうに、一歩前へと進めると良いのだけれど。


 もう寝る時間だ。


 屋敷の質素な寝室で、わたしと殿下はベッドに入ろうとしていた。

 同じベッドで寝ていると言っても、本当に隣に並んで寝ているだけだ。それは昨日も同じ。


 わたしは寝間着に着替え終わった。淡いピンク色のネグリジェだ。ちなみに着替えも、寝室から直接つながる小さな部屋で、別々にしている。


 殿下が先にベッドに入るのを待っていると、なぜか殿下はベッドに入らず、椅子に座ったままだった。

 その視線の先には……わたしがいた。綺麗な青い宝石のような瞳が、わたしに向けられている。


 わたしは頬が熱くなるのを感じた。


「で、殿下……恥ずかしいですから、あまり見つめないでください」


「ご、ごめん。アリサのネグリジェ姿が綺麗で……」


「き、昨日もご覧になったではありませんか」


「そうだけど……でも、まだ見慣れなくて……」


 殿下は視線を一度そらしたけど、やっぱり、ちらちらとこちらを見ている。

 わたしは恥ずかしさに耐えられなくなり、ベッドに入って布団をかぶってしまった。


 こうすれば、殿下にわたしの姿は見えないはず。


 殿下も、ためらいがちに、ベッドのわたしの隣へ、そっと滑り込んだ。

 でも、わたしとはちょっと離れた位置だ。


 大きなダブルベッドなので、少し距離を置いて寝ることができてしまう。


 そして、殿下は、燭台の灯りを消した。

 真っ暗になると、改めて、わたしと殿下が二人きりで寝ているということを意識させられる。


 わたしは横向きで殿下に背を向けて寝ている。恥ずかしいからだ。

 殿下がどうしているかは、わからない。

 

 昨日もそうだったけれど、緊張して、どきどきして、なかなか寝付けない。

 もう、どれぐらい時間が経っただろうか。


「……アリサ」


 殿下がわたしの名前を呼んだ。心臓がどくんと跳ねる。

 ……どうしたんだろう?


「起きている?」


「はい……寝付けなくて」


「俺もだ。……その……アリサが隣で寝ているなんて、夢みたいで……」


 殿下は小さくつぶやいた。

 わたしが隣にいるのが夢見たいだなんて、殿下は不思議なことを言う。殿下なら……他にもいくらでも相手がいたと思う。


 わたしがどうして殿下にとってかけがえのない存在なのかはわからない。


 でも、殿下は土下座をしてまで、わたしを婚約者として求めてくれた。

 それは気恥ずかしくて、とても嬉しいことで……わたしの方こそ、夢みたいなことだと思う。


 でも、わたしは言ってみる。


「すぐに夢ではなくて、当たり前のことになりますよ。だって、わたしはずっと殿下のおそばにいるんですから」


 勇気を出して言ってみたその一言を、殿下がどんな表情で聞いたのかは、真っ暗だから、残念だけどわからない。

 ただ、殿下が身じろぎしたのは感じられた。


「……ありがとう。俺も……アリサのそばにいられるように、頑張るよ。たとえどんな困難があっても、必ずアリサを守って、そして、このアルハンゲリスクを最高の領地にしてみせる」


「……はい! 殿下ならきっとできます」


「ああ。アリサが俺の隣にいる限り、俺は強くなれる」


 殿下は柔らかい声でそう言った。

 すぐそばに、殿下がいて、わたしを必要としてくれている。


 今はまだ、アルハンゲリスクは貧しい領地だ。わたしと殿下も、ほとんど恋人らしいことをしていないような関係だった。

 

 でも、どちらも、少しずつ変えていける。一歩を踏み出す勇気があれば。

 だから、わたしは、ほんの一歩、踏み出してみることにした。


 わたしはそっと起き上がり、暗がりの中で殿下の体に手を伸ばす。

 そして、殿下の背中に、わたしの小さな手を回し、ぎゅっと抱きしめた。


「あ、アリサ!?」

 

 殿下が素っ頓狂な叫び声を上げる。よほど驚いたんだと思う。

 わたしは微笑ましくなる。


 お昼にはできなかったけれど、今回は成功だ。


 温かくて、大きな背中だった。

 緊張しているのか、体が固い。


「今日、抱きしめていただけませんでしたから、わたしから抱きしめてしまいました」


「で、でも……」


「殿下は、嫌ですか?」


「嫌なわけない! 嬉しいけど……でも……」


「それなら、いいじゃないですか」


 わたしが殿下の耳元でささやくと、殿下の体から力が抜けていく。


 きっと今、殿下の表情を見ることができれば、顔を真っ赤にして恥ずかしがっているんだろう。

 想像すると、微笑ましくなる。


 真っ暗で、殿下の表情を見ることができないことだけが残念だった。


 そして、殿下は、おずおずとわたしの腰に手を回す。本当は抱きしめ返してほしいのだけれど、手に力が入っていない。


 でも、殿下の手が触れるだけで、どきりとしてしまう。そして、次第にその温かさが安心感へと変わっていった。


 わたしはぎゅっと殿下にしがみつくと……思いが抑えきれなくなってきた。


「わたしは……殿下のことが大好きです。優しいところも、すぐに照れてしまうところも、いざというときはかっこいいところも、わたしを必要としてくれるところも……全部好きです」


「ほ、本当に?」


「本当に決まっています。でも……わたしは、まだ殿下のことを何も知りません。だから、知りたいなって思ったんです」


 そう。

 わたしは、まだ殿下のことを何も知らない。


 好きな食べ物はなにかとか、どんな子ども時代を送ったのかとか、友人だったという弟のミハイル殿下の関係とか……小さなことも、大事なことも、何も知らない。


 そして、殿下がわたしを愛してくれる理由も知らない。

 でも……きっと。

 それを知ることができれば、殿下のことをもっと好きになれると思う。

 

 二人で一緒に、この領地を最高のものにしよう。そして、殿下のことも知り、少しずつ距離を縮めたい。


 そのために必要なのは、今日みたいな一歩を踏み出す勇気だ。


「俺も……アリサのことを知りたいと思う」


 殿下はそうささやくと、突然、わたしを抱き寄せ、そしてようやくぎゅっと抱きしめ返してくれた。

 殿下の体の温かさが、わたしを柔らかく包み込む。


 明日も明後日も、わたしと殿下の領主生活は続いていく。

 そのことが、わたしには……楽しみで、とても幸せに感じられた。




第一章「二人の領地生活スタート!」END



<あとがき>


これにて第一章「二人の領地生活スタート!」は完結! 多くの方にお読みいただけて、感謝感激です……!


次からは第二章「たとえどんなことがあっても(仮)」が始まる予定ですが

その前に大切なお願いです。


「一章が面白かった」「殿下やアリサが可愛い!!」「二人のこれからが気になる」と思っていただけましたら

☆☆☆☆☆の評価ボタンから応援いただければ幸いです。続きを書く励みになります!


さて、二章からはイチャイチャ領主生活が続く中、領地を大きく発展させるきっかけとなる事件が起こったり、アリサの妹エレナが領地にやってきて二人と対決することになります。引き続きよろしくお願いいたします!

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