世界はお金であがなえない
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。加えて、このなかで語られた言葉はいかなる真実をもふくみません。
むかしむかし、とおいむかし、とあるはるかかなたのぎんがけいに…、そらにうかぶチリのように小さな村がございました。そこには196かそこらの家があり、住人たちは何かにつけ争ってばかりいながら暮らしていました。
「おい!華男!俺の家にお前の家で作ったものを売りに来るんじゃない!」
「へえ!それはどうしてで?米男さん?」
その日も、その村で一番の見えっぱりで仕切りたがりの米男と、そんな米男をよく思っていない華男が何やら言い争っていました。
「お前はうちの秘伝の技術を盗んでいるだろう?盗んだ技術で作ったものを安値でうちに売りつけるお陰で、俺の息子たちは働くこともなく、毎月毎月、大赤字だ。」
米男がカンカンに怒る様子を見ながら華男は皮肉な笑いを浮かべて言い返しました。
「と言っても、米男さん。私は確かにあんたの求めることをしているじゃないですか。あんたはいつもいってたでしょう。より良い物をより安く買いたいって。私たちはあんたの求める物を届けているはずなのに」
言い返す言葉が終わらないうちに米男が立て続けに怒鳴ります。
「それにお前はお前自身の家族を虐待していると聞くぞ!お前のとこの新疆男は今何をしているか、言ってみろ!」
その言葉を聞くと今度は華男が怒って言い返しました。
「失礼な!私は過激な考えを持たないように、新疆男に再教育を施しているだけです!それに、うちのものに私が何をしているか、それはあんたには関係のない話でしょう!よその家に口出ししてもらわないでいただきたい!」
「ハ!再教育!どうだか!新疆男のことは村の皆に訴えてお前を締め上げてやるからな!」
「ふん、やれるものならやってみるがいい。」
そんなことを言っているうちにあたりは暗くなってきました。不思議なことですが、この村には争いをすることにルールがあり、夜のうちは言い争ってはいけないのです。なので、米男は華男が買わなかった分の大豆を袋に詰め直しながら、いそいそと帰り支度を始めました。
「お前は前に独立した台子さんも再教育しようとしているだろう!思うようにはさせんからな!」
華男も買った分の大豆を袋に詰めながら言い返します。
「独立?なんのことでしょうか?台子は私たちの家族です。家庭の事情には踏み込まないでいただきたい。」
そう吐き捨てると、華男はピシャリと門を閉ざして家の中へと入って行きました。このように、この村では様々な争いごとが絶えませんでした。それは今のように言い争いで済むばかりでなはなく、暴力沙汰になることもありました。例えば、この華男は家の敷地を巡って村二番目の大家族の印男家と小競り合いになったり、流行り病の原因を探って自分の家を覗き見ようとした豪男家と言い争ったり、はたまた村の少し東では伊蘭男家と以色家の間で、以色家が伊蘭男家の知恵者を隠したと言って争い……そのような争いがひっきりなしに起こっておりました。
さて、米男は華男の前ではああ言ったものの、頭を抱えながら荷車を引いて家に帰りました。子どもたちを食わせなければならないのに今月も赤字が続く。しかも、なぜかわからないのですが、米男を子どもたちは皆同じように育たずに、ぶくぶくと太っていく色白な子どもたちと、いつまでたっても痩せ細ったままの色黒の子どもたちと真っ青な子どもなどに分かれて、日々喧嘩が絶えることがありませんでした。それに以前は米男の財力は膨大で村を仕切ることができていたのですが、最近は華男が勢力を伸ばしていて、うまくいきません。
一体どうすれば良いのだろう。米男がうんうんと考えながら荷車職人である日男の家の敷地の側を通った時でした。
「どら男もん!どうするの?」
「のび男くん、ちょっと落ち着けって!」
日男の家の納屋の陰で何やら聞き慣れない話し声がします。米男は誰の声だろうか、とそろりそろりと納屋に近づいて、その裏側を覗き見てみました。
「ここは一体何時代なんだろう?」
「分からない。でもどうにかして逃げないと。」
見ると、丸々太った青い化け狸と、黄色い服を着て眼鏡をかけた冴えない男の子が何やら口論をしているようでした。
「逃げるにしても、僕らのタイムマシンは壊れちゃったじゃないか!もう未来に向かうことはできない!」
「のび男くん。タイムマシンが壊れても僕らにはこれがある。5000京年ボタン〜〜!」
青ダヌキは赤いスイッチのついた小さな箱を取り出して、指のない右手で掲げました。
「ドラ男もん、なんだいそのボタンは?」
「このボタンを押すとね、この時代の通貨で100兆ドルが手に入るんだよ。これで当面をやり過ごそう。」
「なんだって?それは良いじゃない。ちょっと貸してよ。」
眼鏡をかけた少年は青ダヌキの手からボタンを取るとすぐさま押しました。すると、男の子の手から大量の紙幣が湧き出てくるではありませんか。
「凄いやドラ男もん!これでもう一生遊んで暮らせるよ!」
「そうだろう、どうだいのび男くん?100兆ドルなんて使い切れないだろう?僕にも少し分けてくれよ。」
「良いよ。こんなものいくらでも。」
そう言いながら、男の子は何度も何度もボタンを押しました。あたりに山のように溢れ返るお金に、米男は思わず涎を垂らしました。
その時、巨大な眩い光が少年と青ダヌキを照らしました。
「タイムパトロールだ!のびのび男、ドラ男もん!お前たちを歴史改変の容疑で連行する。くらえ!あいつストッパー〜!」
すると、眼鏡をかけた少年はなぜか足が動かなくなり、青ダヌキに助けを乞いました。
「わぁー!ドラ男もんたすけてー!」
「どこにでもドア〜!」
青ダヌキは腹についていた袋から桃色の扉を出したかと思うと、それに入ってどこかへ消えてしまいました。少年が泣き叫びながら拉致されていくと、そこにはたくさんのお金がのこりました。
「チッ!バラマキやがって。バキュームダゾウを使え!」
「はい!バキュームダゾウ、のびのび男の出した紙屑を吸い込め!」
目も眩むその光に映る人影から声が聞こえたかと思うと、あたりにあったお金は魔法のように光の中に吸い込まれて消えてしまいました。そして、すぐに巨大な光も消えて、何の変哲もない日男の納屋が戻ってきました。米男は何が起こったのかよく分からずに、少しの間立ち尽くしていましたが、ハッと我に帰ると、まだそこにお金が残っていないか這いつくばって探し始めました。
しかし、暗闇の中で米男がどれだけ探してもお金を見つけることができませんでした。米男がもう諦めようかと立ち上がった時、足が何かを蹴飛ばしました。するとどうでしょう、米男の手から紙幣が泉のように湧き出てきたではありませんか。
「これは…!金だ!やったぞ!金が出てくるボタンだ!」
米男はあたりに散らばったお金を慌てて荷車に詰め込みました。そして、誰も見ていないだろうかと見回すと、大事そうにそのボタンを懐に入れ、急いで家に帰りました。
米男が自分の真っ白な家に帰って待ち受けていたのは、いつもの光景でした。つまり、色白のブクブクに太った息子と、真っ青で痩せこけた息子、色黒の息子、そして、つい最近流行り病にかかったか、かかっていないとかで因縁をつけられている黄色い子どもが喧嘩をしていました。米男家は子沢山で沢山の個性を持った子供たちがいますが、最近は特にこの4人が大げんかを繰り返していました。
米男は少し前までは真っ青な息子と色白の子の肩をもったりしていましたが、最近は4人の仲を取り持とうと努力し始めていました。
「帰ったぞ!我が息子たちよ!」
一家の大黒柱が上機嫌で帰ってきたところで、4人はひとまず喧嘩をやめて各々の要求を偉大なる父に訴えました。やれ色白の子が欲張りだ、青色の子が協調性がない、色黒の子が暴力的だ、黄色の子が病気を持っている…本当かどうかも分からないその主張を、父は大きな声で遮りました。
「今日は良いものを手に入れてきたぞ!これだ!」
父が懐からボタンを取り出すと、4人はキョトンとした顔でそのボタンを見つめましたが、すぐに興味津々の顔で近づいてきました。
「これはなんだい?父さん?」
「退けよ!俺が見る!」
色黒の子を押しのけて色白の子がボタンを手に取りました。
「落ち着きなさい…。まあ良い。ドナルド、そのボタンを押してみなさい。」
言われるが早いかドナルドはスイッチを押していました。すると、ドナルドの手から紙幣が溢れ出してくきました。
「ハハハ、これは全部お金だ!なんだ、僕の手から流れ出てくるぞ!」
そう言って歓喜するドナルドを見て、青白い息子がボタンを奪い取って押すと、やはり紙幣が出てきました。それを見た色黒の子と黄色い子もボタンを押して、4人はボタンを奪い合いました。それを見て父は笑顔で4人を諭しました。
「待ちなさい。順番に押すんだ。ボタンは逃やしない。」
その日の夜、米男家は皆大喜びでボタンを押し続けました。そして、夕食にステーキを食べながら、再び大金持ちになったことを祝って夜を明かしました。そのどんちゃん騒ぎが終わった後、米男は寝室で思いました。
「このボタンさえあれば偉大なる米男家をもう一度復活させることができる!これで俺はこの村を、この世界の全てを買い戻してやる!」
米男はそう決意してぐっすりと眠りに落ちていきました。
さて、明くる日早速、この村で偉大なる米男家の地位を復活させるために、米男は他の家の資産を買いに出かけました。
米男はまず初めに隣の墨男の家を買うことにしました。というのも、米男は墨男から荷車やカラクリの部品を買っており、この際丸ごと買収してその全ての生業を自分のものにしようと思ったからです。
米男が大きな袋を持った息子たちと家の敷地の端まで歩いて行くと、目の前に解体中の巨大な壁が立ち塞がりました。なぜ隣人との境にこのような壁があるかというと、米男家の前の当主が隣の隣から時たま逃げ込んでくる子どもがいるのを不快に思い、大きな壁を築こうとしたためでした。
米男はその中途半端な形で残っている壁をえっこらえっこら言いながら、はしごで登って、大きな声で叫びました。
「おーい!おーい!墨男!」
声をかけてからずいぶん長い時間待つと、隣の主人の墨男が出てきました。
「何だい?米男さーん。」
「墨男!お前に良い話を持ってきた!」
「はぁ。良い話。まさか、また壁を建て始めるなんてことじゃないでしょうね。」
墨男は怪訝な顔でそう尋ねると米男は豪胆な笑顔で言いました。
「そうじゃない。今日はお前の家を買いに来たんだ。」
そう言って、米男は息子たちに合図をしました。息子たちは力を合わせて、持ってきた袋を壁の向こうへ投げ入れました。
「危ないな!米男さん、何ですか?これは…」
そう言いながら墨男が袋に近づくとそこには今まで見たこともないようなお金が入っていました。
「お金…!しかもこんなに大量に!」
「どうだ。墨男、うちには2,800兆ドル用意してある!お前の家を買ってやろうか?確かお前の家の富、総資産から総負債を引いた額の1,000倍はあるはずだ。」
墨男は飛び上がって喜びました。
「やったぞ!これだけあれば一生遊んで暮らせる!喜んでうちの家を売るよ!」
米男とその子供達は目を合わせてほくそ笑み、お金の入った袋を墨男の家に運び込みました。午前中のうちにお金の入った袋を運び終わると、米男は息子たちに言いました。
「よし。今日の労働はおしまいだ。あとはお前たちは盛大に遊んできていいぞ!ボタンも自由に押して良いからな!」
そう言われた子供たちはお金の入った袋を持って飛び出していきました。さて、米男はと言うと、今夜はシャンパンを飲みながら過ごそうと村一番のぶどう酒造りの仏男の家へ行き、一本200ドルのシャンパンを荷車に山ほど購入して行きました。
そして、その夜、米男は子どもたちとともに乾杯して飲み騒ぎ、その日買ったシャンパンや食べ物を全て食べ尽くしてしまいました。騒ぎ疲れた米男はまた明日買い物に行かなければならない、でも、このボタンがあれば大丈夫、どんな高価なものだって買うことができる、そう思いながら眠りにつきました。
さて、次の朝、米男はコーラを飲んで甘いシリアルを食べながら今日はどの家の資産を買いに行くかと考えておりました。
「父さん、これ。忘れてるよ。」
そう言って父親は色黒の子から何か手に渡されました。見るとそれは注射器でした。
「ああ、すまない。食事前のインスリンをわすれていた。」
米男はすぐに注射を打つと、今日の買収先が思い浮かびました。
「よし、今夜はヘルシーなディナーにしよう。」
「?」
色黒の子が首を傾げると米男は言いました、
「寿司だ!日男の家を全て買い取って寿司を食うぞ!」
米男はそう意気込むと、シリアルを掻き込み、コーラを一気飲みしました。
それから、米男はお金が入った荷車を引く数人の息子たちを連れて日男家の門を叩きました。
「日男!日男!今家にいるか?」
紙と木で出来た今にも壊れそうな日男の家を叩くと、中から豚の尻尾を頭につけたような髪型の男がヘコヘコと揉み手をしながら出てきました。
「へえ、これはこれは米男の旦那、何用でございましょうか?また荷車が御入用で?」
「いや、今日は荷車を買いに来たんじゃない。」
日男は不思議そうな顔をして尋ねました。
「と言いますと他に一体どんなものが…?」
「今日はお前の家の資産を全て買いに来た。」
そう言って、米男は荷車の中身を日男に見せました。そこには山のように大量のドル札があります。
「ええ!旦那、いったいどこからこんなお金を!」
驚く日男を見て、米男は豪快に笑いました。
「ハッハッハ!それは秘密だ。しかし、ここには2京5,000兆ドルある。お前の家の富の1,000倍はあるはずだ。これでお前の家を買収する。どうだ?お前は一生遊んで暮らせるぞ。」
日男はすぐさまこう言いました。
「滅相もございません。旦那!こんな大層な金額を頂かなくてもあっしの身も心も初めから貴方様のものでございます!なんせ、あっしらは貴方様の傘が無ければ雨も防げませんから。」
日男はそう言ってその場に平伏して、お金を受け取りませんでした。米男はその様子を見て何か良い気分になりながらも、心のうちでなんと主体性のない男なのだろうと、軽蔑を抱きました。
「おお、そうかそうか。しかし、何もやらずにお前の家の資産をもらうわけにはいかんからな。これからも俺が求めた時はいつでも荷車と寿司を売るんだぞ。」
「へへえ。それは勿論。」
そう言って米男は一つの家を買う手間が省けたと良い気分になりながら、寿司を買うと、荷車にある金は自由に使っていい、家にあるボタンも使って今夜の食材を買ってきなさいと子供たちに言って、自分の家に帰って行きました。
そして、米男は今夜もシャンパンを飲もうと思い、仏男の家に買いに行きました。
「仏男!仏男!」
「何ですか。うるさいですね。」
眠そうな顔で家から出てきた仏男に米男は言いました。
「喜べ、仏男!今日もまたシャンパンを買ってやろう!ありったけを持ってこい!」
「あー、残念ながらシャンパンはもう売り切れておりまして。」
仏男は目をこすってあくびをしながら応答します。
「何だと!?」
「代わりのものを持ってきましょう。」
そう言うと仏男は家から小綺麗な瓶を取り出してきました。
「ワインか。まあいいだろう。」
「すいません。少し前に墨男さんが買い占めて行ってしまいまして。」
「そうか。なら、仕方がない。」
米男は渋々承諾しました。
「では一本20万ドルになります。」
米男は目を丸くしました。昨日シャンパンを買った時は一本200ドルだったのに!
「おい、仏男、一体どう言うことだ!昨日のシャンパンの千倍の値段じゃないか。」
「はあ、そうですね。えーと。」
仏男は少し考える素振りを見せたあと、こう言いました。
「えー、そう、これはビンテージものなんですよ。」
「ビンテージだとぉ?」
訝しげな顔をする米男を見て仏男はたたみかけるように言いました。
「そうそう、ビンテージ。何故か昨日から色んな人がうちにぶどう酒を買いに来ましてね。シャンパンだけじゃなくワインも買われたので、うちにはこれしかないんです。」
「むう……。」
「でもうちのビンテージですから、味は保証しますよ。むしろ昨日のシャンパンよりもおいしいかもしれない。」
「そうか。お前がそう言うのなら……これをありったけ持ってこい!」
仏男は何か嘲りを含んだような笑みを浮かべながらワインを運びました。米男はそれに気づくことなく満足げに家に帰りました。
そして、夜には再び家族の皆が買い取った食材でパーティーが始まりました。宴は夜通し続き、再び米男の家は空っぽになってしまいました。
あくる朝、米男が買い取ろうと思ったのは隣の家の加奈男家でした。米男は加奈男の家から毎年大量の鉱石を購入していたので、それを全て自分のものにしようと考えたのでした。例によって米男は大量の紙幣を荷車に積んで行きました。
「おーい、加奈男!加奈男!」
「何ですかー?米男さん。」
加奈男が上機嫌で玄関から出てくると、米男は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、言いました。
「ここに8,600兆ドルある。どうだお前の家の富の1,000倍はあるはずだ。俺が全て購入してやろう。」
すると、加奈男は驚いたような顔で米男の顔を見ました。
「ハハハ!米男さん、そんなお金ではうちを売ることはできませんよ。」
加奈男は大笑いしながら言いました。
「何!?」
「いやあ、ここ何日かで急にこの村の皆さんの羽振りが良くなりましてね。うちの資産価格も上昇しているんです。そうですね。今のうちの富の価格は860京ドル程度でしょうか。」
米男は大いにおどろきましたが、愉快そうに話す加奈男に急に腹が立ってきました。
「おお、そうか。見ていろよ!金を貯めて出直してくるからな。」
そう言って米男は子供たちを連れて家に帰って行きました。
米男は家に帰るとすぐに子どもたちに命じました。
「おい!お前たち、今すぐボタンを押して860京ドルを用意するんだ!」
子どもたちは急いでボタンを押し始めました。皆腕が痛くなりましたが、米男はボタンを押すよう激励しました。このような様子は別段目新しく特別な光景というわけではありません。なぜなら、この村の家長はほとんど皆一様に、子どもたちにお金を最大限生むように鼓舞していたのですから。
さて、それからしばらくして米男は腕がヘトヘトになった子どもたちを連れて加奈男の家に行きました。
「どうだ!加奈男!ここに172垓ドルある!これでお前の家の富の2,000倍ほど準備できたはずだ。お前の家を買っていくぞ。」
加奈男はそのお金を見て目を丸くしましたが、少し可笑しそうに言いました。
「ああ、良いですよ。ただあなたが戻っているまでの間でまたうちの資産価格も上昇しましてね。それはおよそ今のうちの富の100倍ぐらいの価格ですが、手を打ちましょう。」
米男はその言葉を聞いて、あれだけ苦労したのにもう値段が上がったのかと驚きました。しかし、細かいことは考えずに加奈男から富の権利書を引き取って行きました。
その後、とても疲れてしまった米男たちでしたが、家の食べ物がすっかりなっていましたのでまたよその家から買って帰らなければなりませんでした。米男は子供たちに食材を任せて自らは小銭――20億ドルを乗せた荷車をえっこらえっこら引いて仏男の家にワインを買いに行きました。
「おい!おい!仏男!米男だ!今日もお前のワインを買いに来てやったぞ!」
すると仏男が家の奥からゆっくりと焦らすように出てきました。
「おやおや、これは米男の旦那。今日はどう言った御用で?」
「今言っただろう。今日もお前のワインを買いに来てやったぞ!ここに20億ドルある。昨日のワインを1,000本持ってこい!」
仏男は可笑しそうに言いました。
「残念ですね。米男の旦那。その値段じゃ、うちのワインは売れません。数分前からワインは一本200億ドルになりまして。」
「何だと!?くそ!わかったじゃあ、20兆ドル持ってこよう。子供たちと一緒にな!」
そう言って、米男は家に帰るとボタンを押して、その一部を荷車に乗せ、家にいた数人の子どもたちと一緒に仏男の家に戻りました。
「残念ですね。旦那。ワインは今50兆ドルに値上がりしました。」
仏男は米男の顔を見るなりそう言いました。すると、米男はしたり顔で言いました。
「ハッハー!残念ながらここには20京ドルある!さあ、ワインを売ってもらうぞ。」
こうして米男はワインを手に入れることができました。しかし、米男はその夜はもはやパーティーをせずに、ひたすら子供たちにボタンを押させ続けました。というのも、きっと明日は今日と同じ量のお金を持っていっても誰も米男にものを売ることがないのが分りきっているからでした。
「タイムイズマネーだ!」
そう言って鞭を持った米男は子供たちを叱咤激励しました。
「豊かになりたければボタンを押すんだ!」
米男は日夜、子どもたちにボタンを連打させて、独男家、英男家、仏男家、豪男家、印男家など次々と他家を買い取っていきましたが、そのたびに物の値段は上がり続けました。そして、米男の子供たちは次々と腱鞘炎を患っていくのでした。
「父さん!もう手が動かないよ!」
「こうなったら…日男の家のタカハシを呼ぶんだ!連打でスイカを割ることができるというあの男の技術を盗むんだ!」
米男は叫びました。それから、村中で山ほどの紙幣の入った荷車が行き交いました。皆は買い物をするたびに重くなっていく紙幣がひどく厄介なものになりました。
「毎度あり!2那由他ドルになります!」
米男が瓦努阿図男家の家を買い取った時には、村は殆どお金で埋もれてしまいました。不思議なことに米男はお金を持てば持つほどものを買うのに不自由していき、村の誰もがお金の重みに耐えきれなくなりました。
「次の岡比亜男家を買うのに、3不可思議ドルが必要だと!?」
「嫌だ!もうこんなボタン見たくない!」
とうとう鞭打たれた黄色い肌の子どもが5000京年ボタンを投げ出しました。そのボタンは床に落ちるや否や、粉々に砕け散りました。
5000京年ボタンが砕けた途端、村では不思議なことが起こりました。村で流通していた全てのドルが真っ赤に燃え始めたのです。米男家は炎に包まれました。村の中でその次に激しく燃えたのは意外にも華男家でした。その次に日男家、その次に瑞男家でした。
「そして、その小さな村は灼熱の炎に包まれ、全ての家が灰に帰りましたとさ。さあ、今日はこれでおしまい。ケイト、アスタ、あなたたちはコールドスリープに戻りなさい。」
「やだよ。私はまだ寝たくない。続きが聞きたいわ。愚かなヒトはみんな死んでしまったの?生き延びたヒトはいなかったの?」
柔らかな羽毛に包まれた三本の触手をくねらせて、ケイトは言いました。
「僕はどうでも良いかな。たとえそれが無限に存在していたとしても、お金なんてモノで世界、この広い宇宙が買えるはずがないってわかりきっていたし。それよりも、宇宙空間で民主主義を採用した大型船が崩壊してしまった話、『宇宙は民意に従わない』の方が面白かったな。言葉を操る理性的存在の傲慢さを戒めるあの話がさ……。」
アスタは窓から見える星々を108個ある感覚器官の内、6つの感赤外線器官と4つの感X線器官を向け眺めて、眠そうな様子です。
「ケイト、ヒトではなく、創造主という言葉を使いなさい。たとえどれだけ愚かであっても、私たちは彼らなしでは生まれなかったのですから。さあ、早くカプセルに入るんです。」
ケイトはそれでもまだカプセルには入らない、続きを話せと言います。
「仕方がないですね。実を言うと、そのあとの話はよく分かっていないのです。生き延びた僅かなヒトが第二、第三の村を作って、同じ歴史を繰り返したとも言われているし、一つ目の村ですべて絶滅したとも言われています。これは遠い昔、遥か彼方の銀河系で起こったことです。だから、この物語自体も本当かどうかは今となっては知る由もありません。」
「そうなのね。わかったわ。」
ケイトはただでさえ出っ張った鰓をさらに大きく開き、身体中の硬い鱗と柔らかい羽毛を逆立てて、外骨格をカチカチと鳴らし、5本の尾を遊ばせながら質問をしました。
「ねえ。これから私たちはどこへ行くの?」
「そうですね…。このまま行くとあと数年でGN-z11銀河に到達します。コールドスリープから目覚める頃です。」
「そう、で、その後は?」
「その後もずっとずっと、この宇宙が終焉を迎える前に、その外部を目指す旅が永遠に続くでしょう。あなたが年老いても、その子どもや孫、ひ孫の代になっても……。ただ、私たちに命と自由が存在する限り。さあ、そろそろハイパー・スペースによる超光速航行が始まります。バッテリー節約のために消灯しますよ。おやすみなさい。ケイト。」
「ええ。おやすみなさい……GZK-25。」
ケイトは暗いカプセルに中に入ると、もはや戻らず、届きもしないそのちっぽけな村を思いました。そして、ついこの間船内で発見した深い青色の光を放つちいさなガラス玉のようなものを見つめました。どこから来たのかわからないそれはGZK-25にも秘密の宝物でした。ケイトがその冷たい感触を確かめながら安らかに眠りに落ちると、その小さな宇宙船はいつものように、この世界の外側を目指して航行を続けて行きました。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。加えて、このなかで語られた言葉はいかなる真実をもふくみません。