ストーキング
桜坂日奈子がコンビニから出ると、親友である剛田巴と、幼馴染の楪睦月が一緒にマンションから出てきていたのを見かけた。
仲直りしろ!っとは言ったけど二人きりであんなことやこんなことを!?私の巴を独り占めするなんて睦月ずるい!!
嫉妬心に燃えた日奈子は巴と睦月を追いかけることにした。
おかしい。二人の距離感が、なんか遠いような…………?もしかして!!
二人ともそういう(恋愛)関係になって気まずいの!?あの二人は喧嘩しているんじゃなくて、もしかして照れ隠しだった!?
巴が、せっかくできた女子の親友が…まさか、男の幼馴染と…。
深まる誤解の中、日奈子は抗えない興味から二人を付けることを続行する。
並木道の木に隠れながら、日奈子は二人を尾行する。
「日奈子ちゃん?」
後ろから聞き覚えのある声に、日奈子は肩をビクつかせた。震えながら後ろを振り返ると、そこにはストレートでサラサラな黒髪と巴と同じ位置にある二つの泣きぼくろが印象的な、瀬戸内司がそこにいた。
彼と日奈子が会ったのは、日奈子が不良に絡まれているところを一緒に居合わせた瀬戸内司が主犯だと剛田巴に勘違いされて喧嘩になったのがきっかけだ。
完全なる勘違いだったが、他の不良を倒した巴の強さを目にした瀬戸内司は、巴と勝負を望んだ。当時一匹狼の不良として名を馳せていた彼は、最上中学でも最強とされていた。
その喧嘩は、巴の勝利だった。
瀬戸内司は、その時初めて喧嘩に負けた。剛田巴に負けたのをきっかけに、不良から足を洗い今は感じのいい好青年だ。
「瀬戸内くん」
「どうしたの?こんなところで」
瀬戸内司は不良だった頃を思わせないような、爽やかな笑顔で日奈子を見た。
「巴と睦月が怪しくて………」
「巴とあの男が……?」
日奈子の言葉を聞いた瞬間、ずっと爽やかだった瀬戸内司の雰囲気がピリついた。日奈子はそんな司を見て、怯える。
「司、怖がっている。やめろ」
と、司の肩を優しく叩く青年が姿を現した。
日奈子はその青年を見たことなく、人見知りを発揮しまたオドオドし始める。
「夏目……いたの」
「いや、ずっと一緒にいたから……」
瀬戸内司をなだめたのは、彼の親友であり幼馴染でもある、香坂夏目だった。
「あ、紹介するね。香坂夏目、俺の友達。夏目は巴とも友達だよ」
「巴の友達…」
その言葉を聞いて日奈子は安堵した。人見知りだが、巴の友達と聞いたら怖いと思った香坂夏目もいい印象だ。
「と、巴とは友達じゃない。……あいつは初めての(俺に勝利した)人だ」
香坂夏目は照れ臭そうにそう呟いた。
は!初めての人!?
と、巴、睦月と付き合っているんじゃなくてこの人とも付き合っているの!?いや、巴の元カレ?そんなの聞いてない!!二股とか?そんなの絶対ダメ!
日奈子は香坂夏目に対抗心を燃やした。その対抗心は日奈子の夏目への人見知りを無くすのには十分だった。
「……なんか色々勘違いしているみたいだけど。まぁいいか、面白そうだし」
「どうしたの?瀬戸内くん」
「ううん、なんでも」
瀬戸内司は胡散臭そうな爽やかな笑顔を日奈子に向けた。日奈子はその胡散臭さにも気付かず、笑ってくれるいい人、と司のことを思った。
「この感じだと、日奈子ちゃんは巴とあの男を尾行しているの?悪い子だね」
「悪いことは承知なんだけど、二人が気になっちゃって」
「……ストーカー行為は犯罪だ」
夏目は大真面目に言った。
そんな夏目に対して、瀬戸内司は肩を組んで口を開いた。
「夏目は気にならないの?二人が一緒に向かう先」
「プライベートは詮索しない」
「もしかして、二人でチョメチョメをするかもしれないのに?」
「は!破廉恥!」
「…私が!そんなこと許しません!!」
そんな二人の会話に桜坂日奈子が割って入った。
瀬戸内司は、香坂夏目だけをからかうつもりだったが、思わぬ伏兵がいた。桜坂日奈子だ。そういえば、日奈子ちゃんも巴大好きだったな、と司は考えた。
「そうだね〜許せないし、二人を邪魔しに行こうか!」
と、日奈子と夏目の手を引いて瀬戸内司は、巴と睦月を尾行することにした。
現場を押さえて、巴に二股をやめさせなきゃ!と日奈子は決心した。
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「三人とも何しているの?」
こそこそ並木道の陰に隠れている桜坂日奈子、瀬戸内司、香坂夏目、を呼び止めた。
「なんだ〜真秋か。今日の覆面は泥棒スタイルだね」
と、呼び止めた人物を見たなり瀬戸内司は安堵した。
日奈子は後ろに立っている。背の高い、鞍部真秋を見上げた。180センチ以上ある高身長に、泥棒が使うようなあの覆面は流石に怖すぎる。
知り合いになったとは言え、日奈子はたじろいだ。
「いやぁ、警察に補導されて大変だったよ」
鞍部真秋は頭を掻きながら私たちに柔らかく報告した。
「その歳でこの時間に補導されんな」
そんな真秋に対して、司は超冷静に突っ込んだ。
「二人仲いいの?」
日奈子は二人に向かって恐る恐る聞いた。
「うん、中学からの付き合いだけど気の合う友達だよ。っていうか日奈子ちゃんと真秋知り合いだったんだね」
司は真秋のことを軽く紹介した。日奈子は、司と真秋が仲良く、真秋も巴と仲いいということから安心する。
「巴つながりだよ、ね。日奈子」
と、真秋は日奈子のことを覗き込んだ。優しい口調とは言え、あの覆面に覗かれるのは日奈子にとって心臓に悪かった。
「う、うん」
日奈子は歯切れの悪い返事をする。
「真秋、巴とも知り合いだったな。見て、面白いことになっているから」
と、司は剛田巴と楪睦月の後ろ姿を指差した。
「え、巴、彼氏いたの?聞いてない」
鞍部真秋に続いて、夏目や日奈子が返事をした。
「俺も聞いてない」
「私も」
少し不機嫌そうな香坂夏目を日奈子は見るなり、やっぱり、このヤキモチの妬き方、付き合っているのかな。と日奈子は思った。
「俺もいーれて。面白そう」
と、爽やかに聞く真秋に司は答えた。
「真秋。仕事は?」
「今日は何にもないよ」
仕事?中学生で?と、日奈子は不思議に思った。
あの身長で、泥棒の覆面。確か司くんとも仲いいし、もしかしてヤクザのソレ系の仕事でもしているの!?真秋くん!
だんだん誤解により顔面蒼白になる日奈子に対して司はいった。
「日奈子ちゃんって…………面白いね」
「巴からよく言われます」
「巴と一緒か、うん、悪くないね」
瀬戸内司は満足そうに頷いた。
「おい、二人がホームに入っていったぞ」
香坂夏目は巴と睦月を指差した。
「電車だ……と!?」
ホームに入った二人を見るなり真秋はたじろいだ。そんな真秋に対して、司は聞いた。
「俺たち行くけど真秋どうする?」
「行くとしたら最上駅だろ?……電車で行くより、走った方が安くない?全力で走れば5分で着くぞ」
「それ考えるのはお前だけだから…」
超絶どケチの真秋に対して司が飽きれていた。
「お前正気か!?…170円あれば俺は3日間一人で生活できる」
真秋は司たちに対して大真面目に言った。その顔は真剣そのものだ。
「いや、それが正気じゃないんだって」
「真秋、いいのか。巴のこと気にならないのか」
口下手な香坂夏目が、真秋に話しかけた。珍しいこともある、と瀬戸内司は思った。
「……くっ」
「いや、170円と巴を天秤にかけるなよ」
悔しがる真秋に対して、またもや司は呆れた顔で突っ込んだ。
見かねた日奈子は恐る恐る手をあげる。
「170円くらい、私出すよ」
「いや!それなら………」
悶える真秋に対して、見かねた司が200円を真秋に握らせた。
「ほら行くぞ」
「やったー!30円もお釣りがある!」
真秋は、嬉しそうに200円を天に掲げた。
日奈子たち一行は、ホームに向かったが、巴と睦月の姿はそこにはなかった。