世界の秘密
あの日から私と睦月には微妙な空気が流れている。睦月は私と目を合わせようとしない、日奈子と一緒にいたいためか、睦月はこの家に来るが私と最低限しか話さない。
今日も家に帰ると睦月は私の家のソファーでゲームをしていた。気まずい雰囲気がこの家に流れる。
そんな私と睦月を見かねた日奈子は困った顔をした。
「どうしたの二人とも、喧嘩?」
「別に」
素っ気なく睦月が返事をした。
「二人ともらしくないよ!私コンビニ行ってくる二人は仲直りして」
日奈子はこの雰囲気から脱したかったのか、私たちに気を使ったのかわからないが少し不機嫌そうに外に出て行った。
「………………」
気まずい。
あの日以来まともに話していない。
と言うか、睦月の言っていたイベントって何?
記憶のなくなる前の私が何かした?いやそんなわけない。私は、ここに越してきたばかりのはずだ。
「……お前何者だ?」
「私は……」
京太郎に言われたことを思い出した。『この世界に憑依してきたって言うのは誰にも言ってはいけない。君の目的も。記憶がないことも』と言うことを。
「私は剛田巴だよ。9ヶ月前にここに越してきた」
「シラを切るのか……。わかった、ついて来い」
睦月は私の手を引いて、マンションを出た。睦月は端末に自分たちは駅まで行くと日奈子に連絡を残した。
睦月は、制服の上に厚手のダウンコートを着込み、マフラーもつけた。私は、部屋着からデニムとパーカーに着替えて上に軽めのダウンを羽織った。私の格好を見るなり、自分のマフラーを私につけた。
「あ、ありがとう」
私は戸惑いながら睦月を見上げた。
「見てるこっちが寒くなる」
なんだ。この前まで私に対して敵対心モリモリだったじゃないか。どういう風の吹き回しだ。私は疑いの目で見る。
「行くぞ」
そう言って睦月は歩き出した。
私は睦月に黙ってついていく。
睦月は並木のある大通りを歩く。
「橘京太郎」
ふと、睦月が京太郎の名前を呟いた。私の動きが一瞬鈍くなる。
京太郎はこの世界では、イケメン天気予報士として有名である。睦月がその名前を知っていても不思議ではなかった。
「やっぱり、あいつと関わりがあるんだな」
私の反応を見て睦月は確信したようだった。
睦月も京太郎と関係があるの?どう言うこと?
私の頭の中は疑問で破裂しそうだ。
「お前は、前の巴と違って隠し事が下手なんだな」
消えそうな、小さい声で睦月は私に向かって言った。前の巴?もしかして睦月は一周前の…私が憑依する前の剛田巴を知っているのだろうか?
睦月が言った言葉に私は何も言えずにいた。
私には記憶がないから否定も肯定もできない。私が知っている情報は、京太郎がこの世界に日奈子の恋愛成就のために憑依させたと言うことしか知らないのだ。
私が返事を睦月は諦めてまた黙って歩き始めた。睦月と私が向かった先は、私たちの最寄駅である『新最上駅』だった。
私たちはICカードを通して、改札内に入る。階段を登り、駅のホームに向かった。
睦月は駅のホームの椅子に腰掛けて私も隣の椅子に座った。
「お前が日奈子に関わり始めてから、何度か短期間のループを体験した。最初は3月20日、次は4月7日、飛んで7月19日」
3月20日のループは京太郎が見た方が早いと言ってループを初めてした日。4月7日は転校初日で気が動転して日奈子と一切関わらなかったから京太郎が戻したんだ。7月19日は候補者である瀬戸内司と日奈子を引き合わせるのに失敗したから京太郎がループさせている。
「そんな細かいループは起こったとこなかった。俺はお前が関わっていると踏んでいる」
その通りだ。でも私は京太郎にこのことを話してはいけないと言われていた。睦月の言葉には何も答えられずにいた。
「俺が自身の秘密を言ったらお前は何か教えてくれるか?」
「……言えない」
これが最大限の譲歩のつもりだった。“言わない”のではなく“言えない”。私の譲歩は、誰かに口封じされていることを睦月に暗に伝えることだけだった。
「京太郎に口封じされているのか」
睦月は私の言葉を察したようだった。睦月はアホそうに見えるが頭の回転が早い、賭けてよかった。
「俺は、お前と一緒だ。現実から憑依されてきた。一周前を経験している。お前が日奈子を傷つけた一周前を俺は覚えている」
現実から憑依?
ここは現実じゃないの?
ふと考えた。この世界を、京太郎は一度も現実と断言していないことを。肌で感じていたからリアルだと私が思い込んでいた可能性に気付いてしまった。
そして一周前の私が日奈子を傷つけている?記憶がない私が日奈子を傷つけていたのか?考えるだけでもおぞましくなった。
私の顔面はみるみる青白くなっていった。その姿を見た睦月は驚いた表情をする。
「お前、この世界の人間なのか?」
私に詰め寄って睦月が問いかけた。かなり彼も焦っているようだった。
「わ、私、記憶がなくて…」
動揺してつい本音が出てしまう。これは京太郎が言ってはいけないと言っていたのに…!
「記憶がない…?現実世界の記憶がないのか?」
「わからない、目覚めたらこの世界にいて」
「お前は、一周前の剛田巴とは違う人物なのか?」
「それもわからないの、記憶がないんだもの。今の私は生まれて9ヶ月しか経ってない」
睦月は深いため息をついた。その息は白く宙を舞う。
私たちの目の前に、東京行きの電車が着いた。
急に睦月に手を引っ張られ、私たちは電車に乗り込んだ。車内アナウンスから「駆け込み乗車はおやめください」なんて言われる始末だ。
私は睦月に促されるように隣に座った。電車の中には、数人だけ人がいた。しかし、人の顔がぼやけて見える。数分間電車に揺られ、『最上駅』に到着する。人が出入りして、またドアが閉じる。
私たちの生活は、最上駅と、新最上駅だけで事足りる。新最上駅は住宅街だが、最上駅に行くとデパートやらショッピングモールもあるし、映画だった、水族館だって動物園だって、なんでも最上駅にはあった。
私は最上駅の先に行ったことなかった。
胸が低くなる。ドク、ドク、ドク、と。
電車はトンネル内に入った。
一瞬車内が暗くなるように感じる。そして睦月は口を開いた。
「だれもいなくなった」
その言葉で私は周りを見渡すと、その電車にいたはずの人々が急にいなくなって私と睦月だけが電車にいる。電車は揺れながら走り続けていた、降りた痕跡も何もない。
そして、急に私は眠くなる。
わたしは、睦月にもたれるようにいつの間にか寝てしまっていた。
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「次は新最上、新最上」
私は車内アナウンスで起きた。隣の睦月に目をやると、睦月も眠っているようだった。私は即座に睦月を揺らして起こした。
新最上?この電車は東京行きのはずだ。なのに、また新最上に?折り返してきたにしては長い時間寝すぎている。
しかも、トンネルに入ったとたん人が消え、驚いて緊張しているにも関わらず襲ってくる眠気。
「睦月、起きて」
「…ん、あぁ」
睦月は目をトロンとさせてこちらを向いた。
目をこすって少し、睦月はあくびをする。
「ねぇ、今の」
「あぁ、それが俺が知っているこの世界の秘密だよ。……………俺たちはこの世界に閉じ込められている」