1人目の候補者
私の家のドアに手をかけると鍵がかかっていなかった。もしかして、
私が勢いよくドアを開けると、部屋の中から騒音が響いていた
「おせーよ!」
私と、日奈子がリビングに入ると、スルメを口にくわえながらソファーにねっ転がってゲームをしている楪 睦月がそこにいた。
そう、彼が日奈子の幼馴染の男の子だ。
この特徴的な名前でみなさんお気づきでしょう、彼は、日奈子の恋愛相手の候補者の一人だ。
ちなみに、候補者っていうのを確定させたのは京太郎がそう言っていたから。ちなみに、日奈子ともう出会っている候補者はもう一人いる。
そして、もう一つ重要なのは……
「遅れてごめんね、睦月。怒んないで」と、日奈子が申し訳なさそうに睦月の顔を覗き込んだ。
くぅ、この表情も可愛い。と、私は横目で日奈子を盗み見る。
「べ、別に。怒ってねぇし」
睦月は顔を赤らめて、顔をそらして今までやっていたゲーム画面に目を向けた。耳まで真っ赤だった。
何を隠そう楪睦月は、日奈子に恋をしている。私が、睦月と初めて会った時から睦月は日奈子を好きであるのは確かだった。睦月に日奈子の好きかどうかは確認を取ったことはないがほぼ黒であることは間違いない。
「もう、そんな風に言わなくたっていいじゃない」
日奈子には睦月の気持ちは1ミリも伝わっていない!これは主人公の特性なのだろうか、日奈子は恋愛ごとにすごく疎い。
私は、この二人がくっつけば永遠モラトリアム回避できるんじゃない?っと思ったが、日奈子は全くその気はないようだった。もし私が日奈子のことをただの登場人物としてみていたら全力でくっつけようとしたが、私は日奈子に対して我が娘のような母性と友情がある、だから、無理にくっつけようなんて毛頭もない。
私は、日奈子に日奈子の好きな人と成就してほしい。それが親友としての願いだ。
「どんまい、睦月」
「うるせーよ、ジャイ子」
可愛げねぇ。
日奈子にはツンデレなのだが、私には99%ツンしかない。なんなら若干嫌われている気がする。そして私のことをジャイ子と呼んだので後でシバこう。
私は、部屋に入って、緩い部屋着に着替える。部屋は暖房できっちり温められている。私は短パンという選択肢をとった。そして、リビングに戻ると、日奈子はお茶を準備しており、睦月は相変わらずスルメを咥えてゲームをしていた。
「ちょっとつめてよ」
私は、睦月を足蹴にして空いたスペースに座った。そして、ソファーのそばに置いてあるテーブルにあるスルメを咥える。
「色気」
睦月はため息をつきながら私に向かって言った。
「子宮に忘れてきた」
「お前さぁ、人のスルメ食べるのに一言もないの?」
「睦月のものは私のもの、私のものは私のもの」
「巴がこんなんだと将来彼氏できねぇぞ」
「彼氏ねぇ……」
彼氏か。
私の周りの男性は、全員日奈子に惚れていると言っても過言ではない。私に彼氏ができるのは、まだ先だ。
私は日奈子に向かって問いかけた。
「そういえば、日奈子は好きな人とかいないの?」
「ブッ!!!!」
睦月は思い切り、飲んでいたお茶を吹き出した。汚ねぇ。
そりゃ、好きな人の好きな人なんて動揺するよね、でも、汚ねぇ。
「う〜ん。いないかな」
睦月は安堵したような残念なような表情を浮かべながら口元を拭いていた。
「好きなタイプとか?」私は立て続けに質問する。睦月は、またそわそわし始める。
「巴みたいな人………」
日奈子は顔を赤らめて私を見つめた。
もしかして、そういうフラグですか!?
確かに、日奈子のことは可愛いと思っているし、普通に好きだし!でも、これは母性であって、恋愛感情ではないはず!
睦月はショックだったのかピクリとも動かなくなっている。
「巴みたいな鍛えられた体とか……。男らしい人とか」と、日奈子は続けた。
そういえば私、すごい筋肉質だ。腹筋も女子にしてはうっすら割れているし。日奈子ってマッチョが好きなの?睦月とは正反対だ。
睦月は、どちらかというと女っぽい顔で可愛い印象を受ける。身長もそこまで高くないし、体も華奢だ。多分女装したら可愛いに決まっている。
これは本当にあった怖い話なのだが、私と日奈子で歩いているよりも3人で歩いている時もナンパされる確率が高い。つまり、たまに睦月を女性と勘違いしてナンパされるのだ。
睦月は魂が抜けたような虚ろな表情をしていた。
「そういう巴の好きなタイプは?」
日奈子は目を輝かせて興味津々に聞いてきた。
好きなタイプ。
私は生まれてこのかた9ヶ月しか経っていない。京太郎が植えた仮の記憶は、ただの“情報”だけだった。
情報というのも、風景や、証明写真のような画像に、言葉の羅列。まるで誰かのパソコンや、日記、映画をのぞいている気分だ。この情報が自分の情報でないことはすぐに理解できた。
そんな、自分が空っぽなのに、好きなタイプなんて知るはずがなかった。そして私は、この剛田巴に憑依した時から恋愛なんてしていない。
「初恋もまだだから。わかんない」
無難な返事をした。
「強いていうなら私と反対のタイプとか?」
ほら、生物学的に自分と反対に惹かれるっていうじゃない?
「それなら睦月とか?」
日奈子が顔に手を当てて上を向いた。
日奈子にとって腕っ節の強く、ガキ大将タイプである私の反対は、か弱いタイプの男性か。おい、睦月か弱いって遠回しに言われているぞ。
「私が睦月のことタイプってこと?」
睦月に目をやると睦月は顔を赤らめていた。
私の逆っていわれて喜ぶんなんて、あいつ私をなんだと思っているんだ!ガサツで暴力的な私の反対だから、細やかで紳士的とでも思っているのかあいつ!
睦月とバチっと目が合う。
すると、睦月は恥ずかしそうに顔をそらした。
恥ずかしがっている?
いや待て。もしかしてあいつ_______
「睦月、ドM?」
「ちっげーよ!!!!」
だって、私の逆で恥ずかしがっているって。貶されて、喜んでいるってこと?
ほら私って、男らしくてかっこいいじゃん?
「何を恥ずかしがってんの?」
私は、ニヤニヤしながら肘で睦月のことを突いた。
睦月は私と距離を取るようにソファーの端っこまで詰め寄り、肩身を狭そうにした。
「べ、別に恥ずかしがってねーし。お前の好きなタイプって言われて戸惑っているわけじゃねーし、勘違いすんな」
ツンデレ構文!
どうしたの、睦月。私に向かってツンデレ構文なんて。
……………でもこれは睦月の一時の迷いだな。
だって楪睦月は、日奈子の候補者だ。この世界の日奈子の候補者は、京太郎曰く『日奈子を好きになる』ように仕組まれている。
私に対して好意を抱いたとしても、一時の迷い。むしろ私が当て馬になってしまう!!
「俺、今日配信しなきゃいけないし帰る!」
「え、睦月帰っちゃうの、寂しいな」
と、日奈子が寂しそうに睦月に向かっていった。
「う」
睦月は戸惑ったように、気まずそうに視線を泳がす。
「ごめん、また明日来るよ。鍵借りてくぞ、巴」
最近睦月は、私の部屋の家の鍵を借りてこの家に入り浸っている。最近、今日みたいに帰ると先に学校終わった睦月がこの家でゲームしているのが日課だ。
「ゲームどうすんの?消していいの?」
「うん、消しといて。…………あ、ゼッテー電源から引っこ抜くなよ!ゲームはデリケートなんだから!」
その時は既に遅し。私は電源をオフする前に、電源コードを私は引っこ抜いていた。
「あぁぁああああ!!!ゲームは巴と違って繊細なんだよ!」
「私だって繊細だ!」
「ゲームにこんな仕打ちする奴は人じゃねぇ!!!」
睦月はプンプンしながら家を出ていった。
********
睦月が帰った後、日奈子も自宅でだらだらとテレビを見ていた。日も暮れた頃、日奈子も自宅でご飯があるからと帰っていった。
急に私の家は静まり返る。
寂しい。
一人には慣れたが、日奈子や睦月といる時はすごく楽しいし、心が満たされる感覚になる。日奈子たちと過ごす旅に、この一人でいる時間の寂しさを思い知らされる。
静まり返った部屋にテレビをつけた。
『順調みたいだな』
と、京太郎がテレビ越しに話しかけてきた。
「順調なの?日奈子は全然気づいてないよ、睦月の気持ち」
『本格的に世界が動き出すのは高校に入ってからだ。今日もしっかり君はフラグを立ててくれたし、優秀優秀』
「フラグ?」
『鞍部真秋だよ。あいつも候補者の一人だ。今日日なこと引き合わせてフラグはバッチリだ』
「あの変態仮面か」
『気づかなかったか?鞍部真秋なんて珍しい名前に、あの卓越したスタイル。一般人じゃないだろ』
いやこの世界の一般人って、一般人じゃないのよ。一般人が、クラスで可愛い子ってランクなのよ。この世界の特別な人は、芸能人を凌ぐ美しさを持つ。数十年に一度の逸材がゴロゴロこの世界にいる。
そして、日奈子の候補者は、きっと来世でもお目にかかれないであろう美しい人が選ばれている。
楪睦月も候補者の一人なわけだが、一緒にいて慣れてきたものの睦月は超絶美少年だ。中性的な顔立ちでまるでアイドルにでもいそうな顔立ち。
「まぁ、薄々気づいていたけど」
『この9ヶ月でフラグを2つも立ててくれたなら上出来だよ』
「えっと、候補者の一人目は楪睦月。あいつは日奈子の幼馴染だから……フラグは初めから建っていて。二人目は、瀬戸内司。三人目が、鞍部真秋か」
『そうそう』
「にしても、かっこいいのは認めるけど、候補者……残念すぎない?」
楪睦月も、日奈子への初恋拗らせ気味のゲームヲタク。最近は、その上手なゲーム技術を活かそうとゲーム実況配信も始めた。芸能事務所からも声がかかっていたらしいが、日奈子と一緒に居られることを優先して断ったらしい。
瀬戸内司は、日奈子が不良に絡まれた時に偶然出くわしたヤクザの息子だ。しかも喧嘩好き。
そして、鞍部真秋。話すと常識人なのだが、あの覆面。もう慣れてしまったが、覆面をつけてスーパーの特売に挑むのってどうよ。しかも、覆面にバリエーションあるし。
『候補者に癖があった方が面白いじゃん?』
「クソ神」
そうだねー。
『おい、思っていることと言っていること逆だぞ』
「他の候補者は?候補者は確か五人だっけ?…ってことは後二人ね」
『後は、財閥の御曹司と、元気なクラスのムードメーカー』
「へぇ、普通そうじゃん」
『まぁ期待してて』
その言い草は、あと二人も癖が大ありってことじゃん。恋のキューピッドをしようにも、相手が相手だと気が進まないな。
『あ、じゃぁ。俺退勤するから。お疲れ』
「あ、お疲れっす」
この世界の神様は定時退勤が普通らしい。