変態仮面
9ヶ月の月日が経ち12月。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、ついに冬になった。あんなに暑かった夏が遠い昔になった。あと3ヶ月もすれば私はこの世界に来て一年経つ。
学校のベルが鳴り、私は手早く帰る支度をする。そう今日は……
「巴!帰ろう………今日よね!?」
声の主人を見上げると、明るい茶色を一つにまとめて垂らした、長いまつ毛を揺らして犬のような輝く瞳をこちらに向ける。
眩しい!可愛すぎる。
そう、私はすっかり桜坂日奈子の親友になった。最初は、頼れる友達もいないのでなんとなく桜坂日奈子と一緒にいた。
しかし、一緒にいるうちに私も彼女に対して情が芽生え始めた。むしろ、これは母性に近い。私は、彼女のことを放っておけないのだ。彼女がまるで我が子のように可愛くて仕方ない。
はたから見れば相思相愛の仲良し二人組に見えているだろう。
「うん、急ごう!日奈子」
私と日奈子は、一番に教室をでた。そう、今日は………
スーパーの特売日!
海外赴任中の両親は相変わらず帰ってくる気配なし。きっと、京太郎がそう仕向けている気がする。剛田家は予想通りそれなりに裕福で生活には全く困らなかった。私は部活も入らなかったため暇を持て余していた。
高校受験はというと、私の転入した中学は中高一貫の私立で勉強の必要性がなかった。そして、この私立は来年から、マンモス高校と統合されるらしい。そう、そのマンモス高校である最上学園高等部が私の親友桜坂日奈子の恋愛の舞台になるのだ。
部活も入っておらず、勉強も最低限の必要性しかなかった私は家事にハマった。そこから、膨大に送られてくる両親からのお金をたんまり貯金が趣味に。そう、完全に節約主婦ライフを堪能してしまっている。
9ヶ月コツコツ貯めた通帳のあの数字を見るだけで、唾液が垂れそうになる。
そして今日は週に一度のスーパー特売日!これを制さずして、節約主婦の名は語れない。
私と日奈子は足早に激安スーパー、セイヨウに向かう。
あいつは、いるのだろうか最近見ないけど。特売は時間限定で、16時から始める。ちょうど5分前に私たちはスーパーに着いた。
剛田巴の体で生活してわかったことは、運動神経だけは良かった。顔は相対的に見れば下の方だが、運動で言えば私に敵うものはいなかった。特に、求めてはいなかったが喧嘩だけはかなり強かった。それこそ負けなしだ。
か弱い日奈子はスーパーの側で待ってもらう。日奈子は私のこの節約趣味に飽きずに毎回付き合ってくれて感謝しているほどだ。
スーパーの入り口である人物を探す。その人物はスーパー特売日に現れる、私の敵。いや、戦友と呼ぶべきだろうか。私の周りは、すでに人が集まってくる。この人たちは特売品を狙う私の敵でもある。そして、一際背の高い学生を私は見つけた。
その男子学生は、私たちが合併する最上学園の中等部の制服だ。そしてスタイルはいいのだが、毎回覆面をかぶってくる変人だ。今日の覆面は、虎だ。タイガーマスク。強そう。
「変態仮面!最近特売にいなかったのね」
私は彼のことを、親しみを込めて“変態仮面”と呼んでいる。彼も最初は嫌がっていたが、今はもうこのあだ名に何も言わなくなった。理由は知らないが、彼は毎回覆面をつけてこの特売に挑む。
そして私と特売品を一緒に奪い合う戦友だ。
節約生活を通して私は彼と特売仲間としてそれなりに、話す仲になった。素顔は見たことないが…………。
「よう、巴。最近忙しくてな」
と、180センチ以上の高い身長とスタイルのいい彼からは爽やかな透き通る声が発せられる。う〜ん、かっこいい声だ。
「変態がいなくて競いがいがなかったよ」
「変態仮面はいいが、変態って省略するのはやめてくれ」
と、表情は見えないが声で切実に訴えてきた。
「巴、今日が俺は特売への最後の参加だ」
急に、変態仮面は私を見下げて行った。タイガーマスクのせいで冗談に聞こえるが、彼は至って真剣なんだろう。
「そっか、ライバルが去るのは悲しいなぁ。…………最後に、仮面の下を拝みたかったわ」と、私は目線を変態仮面に向ける。
彼はバツが悪そうに、視線から顔をそらした。
ほーう。素顔は見せたくないのか。まぁ、秘密ごとは誰にもあるからね。残念だけどしょうがない。と、自分を納得させた。
「巴って、大津中だろ?今度、最上と合併される」
「気づいていたんだ」
「まあな。俺はモガ高に進学するし、その時はよろしくな」
最上学園高等学校、通称モガ高と呼ばれていることが多いが、巷では才能のある生徒が多い事からカミ(神)高と言われることもある。
「私たちの友情は始まったばかりってことね」
「そう言う事だ」
*************
私と変態仮面は、限定5パックの卵を手に入れ悦に入っていた。なんとその卵は5円ときた。価格われもいいところだ。
スーパーから出てきて辺りを見渡し、日奈子を探した。しかし、それらしい女子学生の姿は見当たらなかった。
「連れならあそこじゃない?」と、変態仮面は不良3人組に囲まれた日奈子を指差した。
日奈子はこの9ヶ月でさらに女性らしくなった。顔つきも可愛い顔から、綺麗になった。さすがこの世界の主人公だ。学校でも彼女は有名だし、街でも彼女は美人で有名だった。そして事件を引き起こす体質なのか一週間に一回は不良やらナンパやら囲まれている。
そして腕っ節の強い私は、彼女を毎回守っていた。
彼女が私と親友になったのも、神様……京太郎の導きなのもうなずけた。自分で言うのもなんだが、日奈子は私がいないと事件に巻き込まれてばかりだっただろう。
「持てって」と、彼に卵やもやしの入ったバックを押し付けた。
私は、日奈子の元へと駆け足で向かう。
「あの」と、不良たちに話しかけた。
「あぁん?」
不良1はガンを飛ばしてくる。
「巴!」と、日奈子は私にウルウルと瞳を滲ませてこちらを見る。
「おい!やばいぞ、こいつ、ジャイアンだ!大津中の剛田!」
「確かにその泣きぼくろは……!」
「ヤベェ!逃げるぞ!」
不良たちは私を見るなり逃げていった。
そう、私はこの数ヶ月で日奈子を守るために喧嘩をしていたら、何故か不良に恐れられる存在になった。ちなみにあだ名はジャイアンです。私は巴、ガキ大将。もっといい通り名はなかったのか、と訴えたいが時は遅かった。
「巴!ありがとう!」
日奈子は髪を揺らして私のもとに走ってきた。私は巴の背中をゆっくり撫でた。
「怖かったね。大丈夫?」
「うん、巴がいてくれたから」
可愛いなぁ!さすが日奈子。
「卵ありがと」と、私は日奈子を引き連れて変態仮面の元に向かった。
「おう。さすがジャイアンだな」
「ジャイアンはやめてって」
「巴も俺のこと変態仮面って呼ぶだろ。お互い様だよ」
「本名知らないんだもん」
「言ってなかったっけ?俺、わざと変態仮面って呼ばれていると思ってた」
そんな私の性格終わってないよ……!
「鞍部真秋だよ、名前は。あと、隣の子は?」
ほう、鞍部真秋。爽やかな名前だ。
鞍部真秋は、日奈子に体を向けた。日奈子は、鞍部真秋のタイガーマスク姿を見るなり固まった。日奈子は、私の特売セールにとき会うたびに鞍部真秋の覆面姿を遠目に見ていたが、こんな近くで見るのは初めてだ。
鞍部真秋の高身長とそのタイガーマスクの近くで見た威圧感は遠目より圧倒的だろう。日奈子は体を強張らせた。
「桜坂日奈子です……」と、言いながら私の後ろに隠れた。
「あら怖がっちゃったか」
俺そんなに怖いかなぁ、と鞍部真秋は呟いた。
「そりゃ、覆面被っている高身長の男は怖いに決まっているよ」
「いえ、睦月以外の男子になれていなくて」
と、日奈子は隠れながら言った。
睦月とは、日奈子の幼馴染のことだ。私と、睦月と、日奈子で3人で仲良くしている。ちなみに、睦月はモガ中(最上学園中等部)所属のため放課後のみの付き合いとなる。
日奈子は興味ない男の子はガン無視を決めるのだが、日奈子からこうやって自分のことを話すのは珍しかった。日奈子自身、鞍部真秋に興味が少なからずあるのだろう。
ふむ。これはいい兆候だ。日奈子が誰かと恋愛する兆しになるかもしれない。
「高校でも、日奈子をよろしくね。えっと……」
「真秋でいいよ」
「ありがと、真秋」
日奈子は私の陰からひょっこりと可愛い顔を真秋に向けた。
「真秋……くん。よろしくね」
決まった。日奈子の可愛い、子犬のような上目遣い。これで落ちない男はいないだろう。
「…うん」
鞍部真秋は、そっぽを向いた。覆面の下はきっと大赤面だろう。よかったな真秋よ、覆面をかぶっていて。
……もしかして、鞍部真秋が日奈子の候補者だったり?
だって、真秋はスタイルいいし、話した限りいい人そうだし。
なんて、淡い期待を抱きつつ私は真秋と別れ、日奈子とマンションに戻った。






