イケメン天気予報士 自称神
この顔からして、私は20歳に満たない学生だということは明白だった。この幼さは、中学生か高校生くらいだろうか。
というか、中高生で一人暮らしって。なんつー両親だ。剛田家の両親はかなり自由で放任主義ということが伺える。
というか、学校ってどこ?
………………………。
私は、考えるのをやめた。
気が向かないが、海外の両親に相談しよう。もうそれしかない。私は、ソファーにテレビと向かい合うように座った。スマートフォンと睨めっこをする。息を大きくはき、母と書かれている連絡先をタップし電話しようとする。
すると、急にテレビがついた。
リモコン踏んでいたっけ?と、私は立ち上がり、ソファーを確認したが何もなかった。驚くことにリモコンはテレビの横に並べてあった。
は?
急にテレビが………どうして?
『今週の予報です。橘さん〜お願いします』
放映されているのはニューズ番組だろうか。テロップには『 3月20日 13:00 』とでかでかと時間が映されており、女子アナらしき綺麗な女性が“橘”という名前を呼んでいる。
『はい、こちら橘です』
テレビ画面には天気予報士らしき、背の高いすらっとした男性が映された。はぁ〜、イケメン。と、私は画面を食い入るようにみる。
そして急にテレビが暗くなった。
驚く暇も与えず、先ほどのイケメン天気予報士がアップで映されている。いや、そんなアップにしなくても……。イケメンは嬉しいですが。
『お〜い、聞こえているか?』
あ、最近の天気予報士はそういうキャラで売っているんですね。
『お前だ、お前』
キャラ設定が凝っていらっしゃる。
『返事しろよ』
ほ〜。恥ずかしくないのかな、橘さん。
『剛田 巴』
「ゴフっ!!!!」
あまりのことで私は吹いてしまう。むせるように咳き込み。画面を見上げた。
『やっと反応した。返事しろよな』
「え、あ、はい」
『返事は一回』
「はい」
記憶喪失の次は、テレビから話かけてくるイケメン天気予報士。情報処理が追いつかない。
橘と呼ばれた天気予報士は、スーツできっちりとした格好でテレビの中に写っている。最初の爽やかな笑顔が嘘のように眉間にしわを寄せてこちらを向いている。
『巴、元気そうでよかった』
「はぁ、ありがとうございます」
『単刀直入に言う。君はこの世界の人間じゃない。そして俺はこの世界の神だ』
この人は何をいっているのか?テレビから人が話しかけているこの状況も飲み込めていないのに。
「頭大丈夫ですか?」
と、とりあえず思いついた言葉をかけた。
『ごほん。俺は、君をこの世界に呼び寄せたのもあることを頼みたくて』
「あること?」
『この世界の中心である桜坂日奈子の恋愛サポートをして欲しい』
あの、つまりは、私は恋のキューピットになるためにこの世界に呼び出されたと。
「嫌です」
はっきりと私は断った。
『ちなみに桜坂日奈子の恋愛が成就しないと君はこの世界から出られない』
私は数秒頭を悩ませた。記憶がないのに、連れてこられる前の世界に未練は一切ない。
なんなら、気ままな一人暮らしで、それなりにお金もありそうな家庭で、絶対評価で言えば可愛いこの体に生まれて、記憶喪失以外は今の状況に不満はない。
記憶喪失という不安はあるが。
「別に元の世界に戻る必要なんてないし」
『ふふふ。君ならそういうと思ったよ………!この世界の神である俺がその対策をしていないとでも?』
対策?この胡散臭い天気予報士は何をいっているのか。
『俺が設定した課題を達成しないと時間が進まなくなるようにした。つまり!君は、桜坂日奈子の恋愛の手助けをしないと一生この世界のこの時間に閉じ込められる!』
「何をいっているのかさっぱり……」
『百聞は一見にしかず』
その言葉を最後に私の意識は飛んだ。
*********
起きたら見覚えのある天井だった。びっくりして起き上がると、部屋のそこかしこにダンボールが積み上げられている。カーテンの隙間から刺す光が眩しくて、目を細めた。今は日中か。
って、この状況って!!
私は慌てて部屋を飛び出しテレビをつける。
テレビのテロップに『 3月20日 11:23 』と表示されていた。
3月20日 11:23………………
確かついさっきの天気予報士が出てきたときは、『 3月20日 13:00 』と書かれてたはずだ。
時間が戻っている…?
するとテレビがまた暗転し、さっきの天気予報士が眉間にしわを寄せて写っていた。
『信じてもらえた?俺がこの世界の神さまだってこと』
やはり信じがたく。夢かもしれないと思った私は、思いっきり自分のほっぺをつねった。つねったほっぺたは熱を帯びている。これは赤くなっているはずだ。しかもしっかり痛い。
『夢じゃないって』
「そのようね」
とりあえず何も知らない私よりかは、この胡散臭い天気予報士の方がこの状況を理解している。仕方ない、彼の話を一旦聞こう。
『この世界の主人公は桜坂日奈子。ちなみにこの世界は桜坂日奈子のために作られた』
なんつー壮大な話だ。
しかし、あの桜坂日奈子が主人公なのは納得いった。彼女は私が見たことある人物(街ですれ違った人しかいないけど)のなかで一際目立っていた。
「あんな可愛い子ならすぐに彼氏できるんじゃない?」
多分呼吸するだけで彼女に男は寄ってくるだろう。彼女がその気なら。
『容姿に関しては彼女以上に美しいと言える女性はほぼいないだろうな、この世界には。問題はそこじゃない、桜坂日奈子の性格にある』
そうかしら?可愛らしくて、性格に難ありって感じはしなかったけど。
「少し話したけどいい子じゃない?」
『そうだ、桜坂日奈子は可愛くて天使だ。でも、彼女は自分に自信がない。そして恋愛する気じゃないんだ』
あの可愛さで自分に自信がないだって?嫌味なのか。
放っておけば周りがはやし立てて、彼女もその気になって彼氏なんて取っ替え引っ替えになるだろうに。
『俺も数年彼女が恋愛する気になるようテコ入れしたけど全然しない。そして、彼女は自分の殻に閉じこもるばかりだ』
殻に閉じこもる?そんな子が私に「友達になって下さい」なんて話しかけるだろうか。
「そんな内気に見えなかったけど」
『そう、この世界で桜坂日奈子が初めて自分から好意を示したのが君だ!!そんな君なら桜坂日奈子の心の壁を壊してくれる!』
「あのぅ、私そっちじゃないです」
確かに、桜坂日奈子は可愛いし彼女への胸の高鳴りは否定できない。しかし、私の恋愛対象は男だ。それは神に誓える。
『好意っていうのは、友情だ』
「なるほど」
『桜坂日奈子が初めて好意を抱いた君には、彼女の恋のキューピッドになって欲しい!剛田巴にしか頼めない!』
「というか………そもそも、なんで桜坂日奈子は恋愛をしなきゃいけないの?」
『俺の気まぐれ』
私は拳を振りかざし、インチキ天気予報士の写っているテレビめがけ剛田の名に恥じないようなパンチの準備をする。
『待て待て待て!!!壊すな!説明をさせてくれ!』
「おん」
『俺はこの世界で最終課題を“主人公の桜坂日奈子と誰かが結ばれる”って決めてしまったんだ。その課題が達成されないと今みたいなことが起こる』
「え、つまり………」
『期限内に桜田日奈子が結ばれないとまた時間が巻き戻る』
今日みたいに数時間巻き戻るんじゃなくて、もしかしてもっと長い期間巻き戻るってこと?
「期限はいつなの?」
『4年後、高校卒業までだ』
ヘマしたら私は、永遠のモラトリアム説あるの?嫌だよ!大人になりたいよ!
「その最終課題の“桜井日奈子が誰かと結ばれる”って変えられないの?」
『そうだ、細かい課題は変えられるけどこの最終課題だけは変えられない』
「……使えない神様だな」私は小声で呟いた。
『おい!巴!聞こえている!』
流石に永遠のモラトリアムは厳しい。関係ないと言い張りたいが、これを知ってしまった以上言えなくなった。
「わかった、協力するよ」
『さすが巴!男前!』
現金な天気予報士。今までの高慢な態度はコロっと変えてにこやかな笑顔を私に向ける。
「それで、私は桜坂日奈子と誰のキューピッドになればいいの?」
『桜坂日奈子が結ばれる相手には候補がいる。そいつらと関わりはじめるのは一年後の高校生活が始まってからだ』
「一年間の余裕あるんだ」
『そう、この一年間で君は桜坂日奈子の親友になって欲しい。これは課題だよ』
課題………これをクリアしないと一年の時間が巻き戻るということだ。1日ならともかく、一年はこの年からしたら大きな期間と言える。
「課題のクリアの判定は?」
『俺基準』
もう一度、私は拳を振りかざし、インチキ天気予報士の写っているテレビめがけ剛田の名に恥じないようなパンチの準備をする。
『待て待て待て!!俺、優しい神様だから!判定ガバガバよ!巴は、桜坂日奈子とこの一年転校生として一緒に過ごせばいいってことだよ!』
ふむ。転校生として、自分に好意 (友情) を示している可愛い女性が一緒にいてくれる。しかも、記憶がない私にとって誰かの好意はすごくありがたいことだ。
『君の生活は神として保証する!』
ふむ。今までの友情も、何も空っぽな私からしたらかなりいい条件かもしれない。生活まで保証してくれるなんていい神様だ。
「うん、わかった」
『ほっ』
「そう言えば、私の記憶がないのはなんで?」
『記憶あると色々面倒じゃん?』
「こっちはすごく不便!」
『ハイハイ、じゃぁ代わりの記憶を明日入れておくから』
この神様、記憶操作もできるの?………敵に回しちゃいけない。と、少しだけ警戒する。
『俺は、橘京太郎。10時から18時までならこのテレビにいるから、たまに20時くらいまでいるし、その時はダメ元で話しかけて』
あ、神様も就業形態あるんですね。8時間勤務の残業ありパターンですか。
しかも、名前は思ったよりも普通だ。