記憶喪失になりまして
起きたら見知らぬ天井だった。びっくりして起き上がると、部屋のそこかしこにダンボールが積み上げられている。カーテンの隙間から刺す光が眩しくて、目を細めた。今は日中か。
ここはどこだ…?
どうしてここに?
記憶を探しても、原因が見当たらなかった。
ダンボールだらけ?ここは誰の部屋?
ダンボールをまじまじと見つめると、『サカタ引越しセンター』とでかでかと書いてある。全ての箱のそう記載されている。
誰かが引越ししてきた家?………私はどうして寝ているの?
ゆっくりと私は起き上がった。部屋に、ベッドが軋む音が響く。起き上がると、部屋はまた静寂に包まれた。
この部屋には誰もいないのだろうか?声を上げてみようかと思ったが、もし誰かがいたら……そう考えたら怖くなって黙ることにした。
また寝っ転がって、布団の中にうずくまった。布団の中に潜り込み今の状況を整理する。
どうしてこの部屋に……。もしかして、誘拐された?いや、誘拐なら手足を縛っている気がする。考えるが答えは見つからない。
そういえば、私ここに来る前何をしていたっけ?
あれ?
_________________記憶がない。
記憶が一切ない。自分の名前さえもわからない。自分の両親も、友達も。一切記憶がない。でも、これはベッドだってわかるし、ここが日本であるはず。そういう一般常識のようなものは記憶の片隅にある。自分の出身はわからないけど、日本の都道府県なら言える。自分の誕生日はわからないけど、一年は12ヶ月あるし、365日あるのも知っている。
…………自分のことに関する記憶がすっかり抜けている!?
数分間、目をつぶった。しかし、自分に関して何も思い出せない。少し怖かったが、この家には物音一つしない。ということは、自分しか居ない。決心し、ゆっくりと起き上がってドアに忍び寄る。音を立てないように、ゆっくりとドアを開けた。
広いリビングが広がっている。そして、自分が予想した通り誰もいなかった。リビングには4人掛けのテーブルと、ソファーにテレビ。3箱だけのダンボールが積み上げられていた。ダンボール以外はすっかり綺麗に片付いていた。
4人がけのテーブルから察するにこの家は、3人以上の家族のはずだがそれにしてはダンボールの数が少ない。
テーブルの上に、スマートフォンがあり私は慌てて駆け寄って手に取った。スマートフォン、を手に取ってスワイプをする。
あ、スマホの操作方法は覚えているみたい。と、安堵をする。スマートフォンはロックがかかっていなかった。
なんて不用心なんだ。この持ち主は……!
スマートフォンには、アプリがいくつか入っていた。写真に、電話に、連絡先に、ブラウザに、メッセージアプリ、他にもいくつかあった。まず写真フォルダを開いたが、何も保存されていない。そして、連絡先を開く。連絡先には、母、父。とだけしか入っていなかった。
この持ち主、友達いないの!?
一抹の不安とともに、メッセージアプリを開く。そのアプリ内には、父、母と名乗る人物とのチャットしかなかった。スマホの持ち主のアイコンをタップし、持ち主の顔写真の写った画像を見る。
その写真は、ピースした引きつった笑いのストレートの髪を垂らした少女が写っていた。背景は、きっと屋内だろう。少女の左目の泣きぼくろが特徴的だった。
気が強そう、この子。
アイコンを閉じ、チャットの名前を見ると
『剛田 巴』と、書いてあった。
名が体を成している!!!
しかも、剛田って、どこかで聞いたことある。なんだっけ、どら……なんとかモンに出てくる。あだ名が、ジャから始まる………、あの腕っ節の強い。下の名前は確か、武。と、頭を抱えた。
まった。もしかして。
押し寄せた不安とともに私は洗面所を探す。と、いうよりも鏡のある部屋を探す。近くにあったドアを開いたら運よくそこは洗面台だった。
鏡で自分をまじまじと眺める。見るに耐えない寝癖と、気の強そうな顔、そして左目に泣きぼくろ。
この写真私じゃん!!!
こんな、友達もいない腕っ節の強そうなジャイ●ンのような女が私!
私は、スマフォのチャットを確認した。
『イギリスについたわ〜!寂しいと思うけど、頑張ってね』と、母。
『巴、寂しいと思うけど来年には顔を出すよ!3年間一人暮らし我慢しておくれ!』と、父。
ダンボールが異様に少ないと思ったが、もしかして一人暮らし?
見た感じ1LDKに一人暮らしのようだ。
私の名前は、剛田 巴で、両親はイギリスにいる。そして、この感じから両親は数年そっちに暮らす。私は、記憶がない上に味方である両親さえいないの!?
神様、それって不幸すぎませんか!
部屋を、落ち着きなくウロウロし、ドアをかたっぱしから開けた。トイレに、お風呂に、洗面所に、キッチンに、自分の部屋。私の中にある常識でいえば、一人暮らしにしては豪勢な気がした。もしかして私のお家って少しは裕福!?と、一瞬テンションが上がる。
そして、ソファーの側に茶封筒が落ちており恐る恐るその中身を見ると、数十枚万札が入っている。
イエス!裕福!神様ありがとう!
冷静になろうとソファにうな垂れるように座ったがどうも落ち着かなかった。私はすぐに立ち上がって、少しだけ外に出ようと決心する。
私は思ったよりも楽観的で、落ち着きがない性格らしい。
幸い、外に出られるように下着もつけているし服装もそこまでだらしなくない。私は、床に転がっていた鍵を拾い上げ、スニーカーを履き、外に踏み出した。
スニーカーや靴から察するにもこの家には私一人しか住んでいない、それで間違いないだろう。
部屋から出て廊下に出る。廊下は広く、綺麗に内装されているマンションのようだった。ちょうど端っこの部屋だったので、進む方向はわかった。
エレベーターに乗り込み、一階に向かう。エレベーターがついて、エントランスを通り、マンションから出た。
空気はヒヤッとして気持ちいい。あの部屋にいると落ち着かなかったが、少しだけ外の空気を吸ったら気持ちが落ち着いた。戻れる程度に歩くと、コンビニが見えた。落ち着いたら気が抜けたのか、小腹が空き始めたのでコンビニで食料を買うことにした。
街を歩いて気づいたことは、この街の人は全員美しい。冗談じゃなく、本気で。
最初自分を見たとき、剛田巴なんて名前以外は裕福だし顔は気が強そうだが、そこそこ可愛い顔だと思った。しかし、自分の中で絶対的に見れば可愛いと思ったが、相対的に見たら自分は下の方だと感じた。
人が通るたびに、モデル?俳優?なんて考えてしまう。
記憶喪失だけでなく、自分の一般常識は少しズレているらしい。
コンビニに入って、カップ麺のコーナーで立ち止まる。“激辛!担々麺”と、いかにも辛そうで美味しそうなカップ麺を見つける。それを見ると一気にヨダレが出てきた。しかも最後の一個ときた。これは買うしかない。握りしめた一万円と反対の手でカップ麺を取ろうとする、と細くて白い腕と重なった。
「あ……」と、言葉が漏れる。
ほっそりとした白い腕の持ち主を見つめる。
陶器のような白い肌。瞳は少し垂れ気味で、ウルウルと瑞々しく輝いていた。まつ毛は綺麗にカールしている。髪の毛はふわふわと、美しく波打った明るい茶色だ。綺麗な髪の毛は、胸下まで伸ばしている。鼻筋はも綺麗に通っており、これは有名芸術家の彫刻か絵画なのでは?と考えたほどだった。
すれ違う街の人も美しいが、彼女以上に美しい女性はいないと言っていいだろう。
私はまじまじと彼女を見入ってしまった。彼女は、キョトンとした表情で私を見つめる。
「あのぅ…」と、弱々しい声で私に語りかける。
「あ、すいません。これどうぞ」と、私はすぐにカップ麺を手渡した。
「あ、ありがとうございます」
彼女は天使のような微笑みを私に見せた。その表情を見て私の胸は大きく高鳴った。もしかして私、そっちもいける……?
「いえいえ」と、私は彼女に答えた。
彼女は、一礼してカップ麺を両手で取った。その場を後にするかと思ったが、彼女は立ち止まって私を見つめる。
どうしたのだろう。
と、私も彼女を見つめ返す。あまりにも美しいため、芸術品を見るように私は見入ってしまった。
「剛田さん?隣に越してきた」
まさかのお隣さん!?知り合いじゃないみたいで、首の皮一枚つながる。
「1301号室の剛田です……」
「やっぱり!1302に住んでいる桜坂 日奈子です」
きゅうん!名前まで可愛い!
「挨拶の品、美味しくいただきました。ありがとうございます」と、髪の毛を揺らして深く礼をする。
ガッテム!会ったことあったのか……!私変なことしてないよね?
「喜んでもらえて何よりです。では私はこれで〜」と、私はそそくさとコンビニをあとにして、急いでマンションまで駆け抜ける。息を切らしながら、エントランスに入り、エレベーターに乗り込む。エレベーターが閉まろうとした瞬間、扉の間に勢いよく腕が伸びる。あの白くて細い腕だが、背筋が凍る。ホラー映画のようだ。
安全装置が作動してドアが開く。やはりその腕の主は桜坂日奈子だった。
「あの!」と、エレベーターに入るなり桜坂日奈子は声をあげた。
「はい!」と、私は驚いて声を張り上げる。
「友達になってください!」
と、彼女は土下座をするかのような勢いで頭を下げた。その圧に圧倒され、私は「はい!」と、二つ返事をした。
彼女のこわばった表情はみるみる緩み、最後は笑顔になった。その笑顔を見るなりに私の心まで癒される。可愛すぎる。
いつの間にかエレベーターは13階に着き私たちは家に向かう。ドアの前に着くなり、彼女は「また学校で!」と、また天使のような笑顔を見せて家に入っていった。
ん?学校?
学校!?