九話 シリル
「申し訳ありません、アランさん。あの子があんな態度をとるにも理由があって……どうか気を悪くしないでほしい」
そう言いながら椅子に座りなおすユーズ。
いやはや嵐のような女の子だった。
理由があってとは……いや今はそれより、
「別に気にはしていない。それよりもさっき言った、首飾りを壊して欲しいとはどういうことだ? 家宝ではなかったのか?」
「……ええ。仰る通り『狂獣の首飾り』は父が遺した我が家の家宝です。しかし、今の我が家にとってあれはもはや、不吉を呼び込む魔道具でしかありません」
深くうなだれるユーズ。
「それはあの子の持つ〝資質〟のせいか」
「──! さすがです、お気づきでしたか。
そう、あの魔道具は才能がある者でないと、その真価を引き出せない。つまりは適性者とセットでないと意味なさない物で……」
「その適性があの子に出てしまった、と」
なるほど。
ようやく話が見えてきた。
首飾りを盗んだ魔物は、自分ではそれを使えない事に気づき、適性があるシリルをしつこく狙っているという訳だ。
今後の危険を防ぐ為にも、首飾りを破壊してほしいということか。
「国には依頼しないのか? これだけの事件なら国軍も動くだろう」
「それは……! あの魔道具や娘の才が世に知れると、それはそれで危険が伴うのです」
──確かに。
俺が有名になるのを嫌うのもそれが理由だ。
スカウトが来るだけでなく害をなす者も現れる。
下手すれば最悪、命を狙われる危険性だってある。
「わかった。その依頼受けよう」
「おお……本当ですか! ありがとうございます!」
暗く沈んでいたユーズの表情に明るさが差す。
今の話を聞いて、なんだか人ごととは思えなくなった。
このままではこの親子はいずれ殺されるかも知れない。
放っておく訳にはいかない。
〜〜〜〜〜
コンコン。
俺は屋敷の一室をノックした。
例の娘──シリルの部屋だ。
「はい、どうぞ」
「失礼──」
俺が部屋に入るなり怪訝な顔をするシリル。
思わずドアを開ける手も止まる。
いったいなにが気に入らないのか。
「あら、アランさんでしたっけ。まだいらしたの。さっさとお引き取り願えませんかしら!」
皮肉たっぷりな敬語で話すシエル。
「そうはいかない、君のお父さんと約束したのでね。しばらくは護衛に就かせてもらう」
「──もうっ! パパは関係ないわ、私が必要ないって言ってるの!
……だいたい貴方、警護できる程強いの? 腰の剣以外はとても強そう見えない身なりだけど」
──ふむ、実力不足を疑ってるのか。
確かに俺はたいした防具はつけていない。自前の防御力だけで充分だからな。
見た目は頼りなく見えるのかも知れない。
それならば……
俺はポケットから、先程倒したワイバーンの爪を取り出した。
「これを割ってみてくれないか?」
「なに? この黒い物は?」
「ワイバーンの爪だ。いいから割ってみてくれ」
「……どういうつもりか知らないけどいいわ。割ってあげる」
──ガキン!
シリルは爪を割ろうと必死に試みるが、ヒビすら入らない。
「なにこれ?! おじい様の聖鉄の戦斧でもビクともしないなんて! 硬すぎるわよ!」
──いや、まさか戦斧まで持ち出すとは思わなかった。
だがその程度では、屈指の硬度を誇るワイバーンの爪を傷つけることはできない。
「少し見ていてくれ」
カッ!
俺は剣を抜き、爪を宝石状にカットした。
「そんなっ──! あれだけ戦斧でも叩いても割れなかったのに、剣で斬るなんて……!」
斬られた爪を手に取り、しげしげと見つめるシリル。
多角的に刻まれた爪は、光を浴びて本物の宝石のように、黒く輝きを放っていた。
「綺麗──。これが元はワイバーンの爪だなんて信じられないわ」
「詳しく知らないが、ワイバーンの爪は装飾素材として希少価値があるらしい。俺には不要な物だ。それは君にあげよう」
「え、いいの? ありがとう、アランさん」
ようやく年相応の可愛らしい笑顔を見せたシエル。
意外と素直な女の子だ。
「……あ、でも! 護衛は要らないわよ!」
そうでもなかった。
「シリル、君は冒険者になりたいのか?」
俺は冒険者の本ばかりが並べられている本棚を見ながら、そう聞いた。
「そこにあるのはおじい様の本よ。そりゃおじい様の冒険話を聞いて育ったんだから、冒険に憧れたわよ。昔はね」
「昔? 今からでも十分目指せる年齢だろう」
いきなり戦斧を振り回すくらいだ。絶対冒険者には向いている。
「……ダメなのよ私は。アランさん、あなたはいい人そうだけどお願い。護衛なんて辞めて帰って」
そう言うなり、立ち上がり部屋を出るシリル。
俺も後を追う。
帰れと言われても帰る訳にはいかない。
「……ちょっと、トイレにまでついてくる気?」
トイレか。
別室にて待つ。俺は耳が良いので聞こえてしまうからな。
「アランさん、ちょっとよろしいですか。シリルの態度について」
別室にてふいに呼び止める声。
ユーズだ。
「実は……貴方の前にも護衛を頼んだ方が居たのですが、あの子の目の前で魔物にやられ大怪我を負ってしまいました。それ以前にも似たような事があり、あの子はそれが自分のせいだと思っているようなのです」
──なるほどな。
守られることを極端に嫌がってるはそのせいか。
また誰が怪我させてしまうかも知れないと。
「親バカかもしれませんが、あの子は心の優しい子なんです。どうかよろしくお願いします……!」
頭を下げて立ち去るユーズ。
それにしても後になって前任者の怪我の話をしてくるとはな。
事前に言えば断られると思ったのだろう。不利な情報は先に出さない、ユーズの商人としての強かさを感じる。
いや、それだけ必死だということか。
……それにしても長いトイレだな。
「シリル、大丈夫か」
トイレの前で呼びかけても、ノックをしても返事はない。
まさか……
バンッ。
思い切ってドアを開ける。
──やられた。
トイレには窓があり、そこから抜け出されたようだ。
俺を危険から遠ざける為、一人で魔物と戦う気か──