五話 駆け出しの洞窟、内部
洞窟内部──
湿気に満ちたカビた匂い。
どこからかコウモリが飛び回る。
魔物の数は少なく、壁にスライムがへばりついているくらいだ。
「マップと比べて道が全然違う。やっぱりこの洞窟ダンジョン造り変えられてるよ」
マップと地形を見比べながら、リュカがそう言う。
確かに壁を削ったような跡がある。誰かの手が入った証拠だ。
「となると、ここを根城にしている者が居るってことだな。それも洞窟を造り変えられるくらい強力な奴が」
こうなるともうマップは役に立たない。
薄暗闇の中バスカルの持つ松明を頼りに進む。
いや、松明がなくても俺は見えるんだけどな。俺は目がいいんだ。
歩いていると後ろでリュカとバスカルが、ひそひそと話し合っている声が聞こえてくる。
「ねえねえ、さっき扉開けたの本当にスキルなのかな? アランって何者なの?」
「いや、それが俺もよくわかんなくって。ヤバかったっすね、さっきの開け方」
全部聞こえてるぞ。俺は耳もいいんだ。
やっぱりあれをスキルと言いはるのは無理があったか。
「この洞窟はかなり空気が悪い。危険かも知れない、気をつけていこう」
俺はなんとか話題を変えようと、二人に注意を促した。
いや、実際に気を引き締めた方が良さそうだ。
出入り口を扉で閉ざされていたせいか、この洞窟は非常に換気が悪い。
酸っぱいような匂いが鼻をつく。こういう匂いの元は大抵がコウモリのフンだ。
空気の流れが悪いと魔素も溜まり淀みやすい。そういった場所を魔物は好む。
この洞窟、思ったより危険かも知れない。
「きゃっ!」
突然リュカが盛大に転んだ。
ぬかるみにでも足を滑らせたかな。
暗くて見えてないと思ってるんだろうが、軽装の鎧の下からパンツがはみ出してるのが丸見えだ。
危険と言ったのはそういう危険のことじゃないんだが……。
「いったーい。なんかに足ぶつけた……あ! これ!」
リュカが足をぶつけたのは鍵のついた箱だった。
風体からおそらく宝箱。
「やったやった! ……あー、でもこれ鍵がかかってるね。アラン、これもスキルで開けられる?」
そんな便利なスキル持ってる訳がないだろう。
でも、なんとかはなる。
「わかった、やってみよう。宝箱を装った罠かも知れないので離れていてくれ」
バキン!
俺は宝箱を開けた。
もちろん鍵は力で壊した。
「開いたぞ」
「わー凄い凄い! ……え? これ鍵が引き千切れてる……?」
リュカは訝しんだ目でこちらを見てくるが、俺は目を合わさない。
スキルだスキル。納得してくれ。
「これ、なんだろう?」
宝箱の中に入っていたのは短い木製の杖。
先端には宝石のようなものがはめ込まれている。
「何かの魔道具かなー? どうやって使うんだろ? えいっ、えいっ」
──ボウッ
「きゃあ!」
杖を振り回すと、先端から火が出てリュカの鼻先をかすめた。
「あっつーい! 鼻、ヤケドした!」
「姉御、鑑定も済んでない魔道具を振り回すのはのは危ないぜー」
「うるさいわね、わかってるわよ。あー痛い……」
リュカの鼻が真っ赤だ。
最初はしっかり者のように見えたが、やはりまだまだ駆け出しだな。
とは言え火傷したままじゃ少し可哀想だ。
このままじゃ赤鼻のリュカなんて二つ名がついてしまうかも知れない。
「これを使うといい」
「あ、回復薬? アラン、ありがとう〜」
鼻に回復薬を塗りたくると、またたく間にリュカの火傷は治っていった。
「え! 一瞬で治った! なに、この回復薬!」
「高回復薬だ」
「高回復薬!? なんでそんな高価な物を持って……っていうか先に言ってよ、火傷なんかに使っちゃった! もったいない……」
回復魔法の使えない俺は、お守り代わりにいつも回復薬を一つ持ち歩いている。
けれど結局いつも使わないから別に惜しくはない。
火傷に使った方が有意義だろう。
傷も癒えたところで、気を取り直して俺たちは引き続き洞窟探索を再開する。
歩きながらふいに、リュカが俺の顔を覗き込んできた。
「ねーねー、アランって本当は何者なの?」
う……とうとう直接聞いてきたか。
「こんな高価な回復薬持ってるし妙な方法で扉を開けるし……もしかして以前どっかで支援職でもしてたの?」
「う……む。まあそのようなものだ」
「なるほどね! じゃあ支援職なら前衛戦闘はからっきしってことだね。私、さっきからドジってばっかだし戦闘になったら任せて。守ってあげる!」
返事を待たずに先頭に走り立ち、剣を振り回してはりきるリュカ。
しかし、いい加減ゴマかすのも面倒になってきたな。
最悪この二人には後で口止めすればいいか……
「うわぁ!」
バスカルが突然叫び声を上げた。
その声は洞窟内を反響し幾度も往復する。
その声の元に目をやると、巨大なトラバサミの様なものに挟まれていた。
──トラップだ。
重厚な鎧を着ていたおかげで怪我はない様だが、まったくドジな奴だな。
「動くなよ、今外してやる」
「すまねぇアランさん。……あっ!」
ガシャン!
──ダブルトラップだ。
今度は俺が挟まれた。
まったくドジな奴だな、俺も。
「大丈夫かアランさん!」
「大丈夫だ、怪我はない。今解除する」
トラバサミ状のトラップも力任せに引きちぎった。
「ひええぇ!」
「支援職ってそんな風にするものだったかな……?」
「そういう風に見えるだけだ。それより二人とも気づいたか? さっきのバスカルの叫び声に反応して、奥から何か聞こえてきたぞ」
「え? 全然聞こえなかった……」
確かに聞こえた。低く唸る声。
そしてもう一度耳を澄ますと聞こえてくるのは──気味の悪い咀嚼音。
何かを食い散らかしてる音だ。
そして先程、奥の方でチラッと見えた。
赤く光る不気味な目玉を──