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騎士団が勇者と共に帰還した。その発表は国内を素早く駆け巡った。だが、全土に拡がる頃には、首都では別の話題で持ちきりだった。
魔王が復活したわけでもなく、活躍の場も無いのだから仕方がない。
かき消した話題というのが、王家にとって一大事件だった。十三年前、身重のまま行方不明になっていた王妃が、子を産んでいたのだ。行方不明になったのは、国王が即位する前、王妃となる前であった。次期国王の寵愛を得ようとした側室、権力を獲ようとした貴族達の謀略によって嫌疑を掛けられ、城を追われてしまったのだ。その嫌疑は即位後に晴らされたが、肝心の王妃は見つからないまま時が過ぎていた。そんな王妃の忘れ形見が見付かったのだ、魔王復活時の保険である勇者よりも、大事になるのは当たり前だ。しかも、勇者の妹として生活していたと言うのだから民衆は湧いた。
「上京したのにこんな扱いでお前も災難だな!」
「いや、騎士団の方が災難だと思うけど…」
「否定はしない!」
騎士団の宿舎に間借りしていたヨシュアは、同室のフーケンと城壁の見回りに出ていた。初めは騎士の矜恃から、彼を邪険にしていた者も多かったが、野党討伐や訓練を共にしているうちに徐々に打ち解けていった。主人公補正だろう、とヨシュアは思っている。
「お前の村は遠すぎるうえに、なにもないからつまらん!娯楽がないじゃないか」
「そこがいいんだけどなぁ」
「村人全員顔見知りってのも面倒だ!好きなやつ被ったりするだろ!いざこざの三角関係!」
「三角関係って…」
「いや、待て!お前は被られる側だったな!」
豪快に笑うフーケンに悪気はない。思ったままを口に出す性格なのだ。
「色恋はすぐに噂になるし、俺は大人しくしてた!」
「お前が大人しくしていても、周りが放って置かないだろう!」
「そんなこと!…………ないよ」
「あったな」
「ない!ないったらない!」
「じゃあ、出発前の子は?」
「り、リリアはそんなんじゃ!姉貴分というか、幼馴染みだし…!」
「ほーう。何気に胸がでかかったよな!家庭的そうだったし!」
「フーケン!」
「怒るな怒るな!メリッサさんもいいと思うぞ!」
「メリッサさんはほら…」
「なんだ、それとも姫様か?」
「ミュシャは妹だ!」
「向こうはそう思ってないだろ?血も繋がっていないしな!」
「フーケン!」
「だから、怒るなって!お前のとこの領主の一人娘は?」
「サーシャ様は貴族だし…!」
「そうしたら俺も貴族だぞ?四男だが」
「あーもう!次から次へと!」
「うむ!リリアとかいう見送りの子だな!」
「なにが!」
「もし嫁にもらっても害がなさそうなのは!」
「害ってなんだよ!?」
「一つ!エルフの寿命は長い。愛した女を独りにするのは俺の心情に反する」
「メリッサさんな…」
「二つ!姫様はそもそもヨシュアしか見えていない。それに身分が違いすぎる」
「身分は俺もだろ…?」
「三つ!俺は領主になる気はないし、黒魔道はてんで駄目だ」
「黒魔道は関係ないよな…?」
「以上の事を踏まえ!リリアは遠くから見送るつもりだったろうし、泣くわけでもなく愛を告げるわけでもなく!なんと言うか、なあ!慎ましいと言うか、彼女の心情や体型を想像してしまうというか!」
「や!め!ろ!それ妄想だから!揉むような手付きをまず止めろ!心情だけにしろよ!それでも騎士か!」
「む、何を言う。騎士の前に一人の男だ!最近、父上にせっつかれていてな!」
「くそ、こいつ全然ブレない!」
肩を前後に激しく揺らしてフーケンの妄想を止めようにも、日々の鍛練の成果なのか影響を受けず、妄想は留まることを知らない。しかも、徐々に顔が緩んできている。
「よし、リリアの事を詳細に教え…おい、ヨシュア」
「なんだよ!何にも教えないぞ!スリーサイズだって、趣味だって!」
「スリーサイズは後で詳しく。で、あれはなんだと思う」
「あれ?」
「あれだ。謁見の間の辺り」
揺さぶられながらも一点を見つめ、フーケンは上を指差した。導かれるように見上げると、城の一部に黒いもやのようなものがかかっている。
「うそだ…」
「ヨシュア?」
それを認識したヨシュアは呆然とし、力なく肩から手を離した。フーケンの声も聞こえていないようで、取り憑かれたように見つめている。
「おい、ヨシュア!あれが何か分かるのか!」
「あ、あぁ!俺は上に行くから、フーケンは団長のところに!あれは魔物だ!」
揺さぶられ我に返ったヨシュアは、矢継ぎ早に言い放つと城内へ駆けていった。残されたフーケンも、予想外の言葉に理解が追い付かなかったが、慌てて詰所に向かったのだった。