表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/28

1-8

 ヨシュアが回復すると、すぐに首都へ向かうことが決まった。村全体で宴を準備しようにも日数が足りず、結局近しいもの達だけで行われた。

 そして、出立の朝。村の入り口には、人だかりができていた。勇者の旅立ちということもあったが、他にミュシャとメリッサも共に村を出ることになり、余計に混雑していたのだ。

 「じゃあ、行ってくる」

 「気を付けるのよ、ヨシュア。ミュシャはメリッサさんの言うことをちゃんと聞きなさいね」

 「分かってるよ!」

 「メリッサさん、よろしくお願いします」

 「はい。任せてください」

 どうしてヨシュアに着いて行くことになったのか。それはミュシャの出自にあった。彼女はヨシュアと血の繋がりがない。十三年前、宿屋へ駆け込んできた女性が産んだ子供だ。その女性は、ミュシャを産んですぐ亡くなってしまったが、ミュシャという名と一緒に形見を残した。植物や鳥など細やかな彫刻が施された懐中時計で、それを見かけた騎士団長が首都へ来るように懇願したのだ。

 ミュシャにとって、兄に着いていく絶好の機会だった。だが、さすがに両親の反対は強く、それならばとメリッサが名乗りをあげたのだ。エルフということもあって、弓も魔法も腕が立ち、尚且つ聡明な彼女に説得され、お目付け役として一緒ならと両親が折れた。

 「道中は騎士様達も一緒ですし、私が出来ることは少ないかもしれませんが」

 「いーや!メリッサさんが一緒に行ってくれるだけで俺達は安心だよ!悪いな、付き合わせちまって」

 「いいんですよ!ヨシュアくんの事も心配ですしね」

 柔らかく笑い、自警団のメンバーと語りあっているヨシュアをじっと見つめた。その視線に彼が気付くのは早く、軽く手を振ってみれば仲間達に囲われ見えなくなってしまった。

 

 

 

 思い思いに言葉をかけていく様子を、リリアは離れたところから見ていた。弟のトアは、ヨシュアの肩に腕を回して泣いているようだ。

 「違うことばっかりじゃない」

 あの後、すぐに出立が決まったが、二人は出来る限りあの場所で会っていた。それはヨシュアが望んだことでもあったし、リリアも少しでも楽になるならと夜に家を抜け出した。

 彼の話によれば、魔王復活の後、魔物が活発化。慌てて勇者の剣を発掘し、勇者探しが始まるが最初に立ち寄った村でヨシュアが引き抜く。ヨシュアは倒れることもせず、次の日には首都へ行くことになる。悪目立ちするのも良くないと、見送りは両親のみ。ミュシャとメリッサは、無理矢理着いてきて、領主の娘であるサーシャも途中で加わるという。

 今の状況とはまるで違っていて、リリアは遠くで困った顔をしているヨシュアを笑った。なにも心配することはない、と昨夜も慰めたところだ。

 「無事に渡しておきましたよ」

 「神父様!ありがとうございます。あれで良かったのでしょうか」

 「きっと大丈夫でしょう。きれいに刻まれていましたから」

 いつの間にか、隣に立っていた神父を不安そうに窺う。例の瓶は、次の日には彼の手によって加工され、まるで鍵束のように、数本が連なるアクセサリーになっていた。

 「でも、私は何も…気付いたらああなっていて」

 「それでいいんです。貴女の気持ちがそうさせたのでしょう」

 「そういうものですか…?」

 「そういうものです」

 ヨシュアの腰にぶら下がっている枝を見て、なんとも言えない気持ちになる。神父は満足そうな顔をしているが、リリアとしては何かをしたつもりはないのだ。

 「リリア!」

 「あ、ヨシュア」

 「では、私はまた」

 「はい、神父様」

 リリアに気が付いて駆け寄ってくるのが見えると、気を遣ったのか神父は人混みへと紛れていった。

 「邪魔した?」

 「大丈夫。それより、ミュシャちゃんの視線が痛い」

 「あー、うん。ごめん?」

 その殺気ともいえるものは、遠くからもよく分かった。ヨシュアも背中越しに感じているのか、申し訳なさそうに笑っている。

 「…気をつけてね」

 「リリアも。これから一ヶ月は特に」

 「はいはい」

 「ちゃんと聞いてよ」

 「聞いたよ。だから、大丈夫」

 彼らが首都に着く頃には、挨拶代わりにこの村は魔物に滅ぼされる。ヨシュアの前世ではそうなった。だが、状況が色々違っているので、どうなるかは分からない。だから、笑顔で彼らを送り出すのだ。余計な心労は必要ない。

 「リリア…」

 「いってらっしゃい。ここで待ってるわ」

 「帰ってくる頃には結婚してる?」

 「その話はやめて」

 思わぬ話題にリリアは顔をしかめた。最近は夜に家を抜け出していたものだから、家族からの期待が変に大きいのだ。

 「一人で居てくれると助かるなぁ」

 「え?」

 「なんでも。じゃ、行ってくる」

 喧騒にかき消された言葉を、へらりと笑って誤魔化した。いつかリリアがしたように、髪をわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜて、彼はミュシャ達の元へ戻る。

 そして、勇者として首都へ旅立っていった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ