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ヨシュアが回復すると、すぐに首都へ向かうことが決まった。村全体で宴を準備しようにも日数が足りず、結局近しいもの達だけで行われた。
そして、出立の朝。村の入り口には、人だかりができていた。勇者の旅立ちということもあったが、他にミュシャとメリッサも共に村を出ることになり、余計に混雑していたのだ。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けるのよ、ヨシュア。ミュシャはメリッサさんの言うことをちゃんと聞きなさいね」
「分かってるよ!」
「メリッサさん、よろしくお願いします」
「はい。任せてください」
どうしてヨシュアに着いて行くことになったのか。それはミュシャの出自にあった。彼女はヨシュアと血の繋がりがない。十三年前、宿屋へ駆け込んできた女性が産んだ子供だ。その女性は、ミュシャを産んですぐ亡くなってしまったが、ミュシャという名と一緒に形見を残した。植物や鳥など細やかな彫刻が施された懐中時計で、それを見かけた騎士団長が首都へ来るように懇願したのだ。
ミュシャにとって、兄に着いていく絶好の機会だった。だが、さすがに両親の反対は強く、それならばとメリッサが名乗りをあげたのだ。エルフということもあって、弓も魔法も腕が立ち、尚且つ聡明な彼女に説得され、お目付け役として一緒ならと両親が折れた。
「道中は騎士様達も一緒ですし、私が出来ることは少ないかもしれませんが」
「いーや!メリッサさんが一緒に行ってくれるだけで俺達は安心だよ!悪いな、付き合わせちまって」
「いいんですよ!ヨシュアくんの事も心配ですしね」
柔らかく笑い、自警団のメンバーと語りあっているヨシュアをじっと見つめた。その視線に彼が気付くのは早く、軽く手を振ってみれば仲間達に囲われ見えなくなってしまった。
思い思いに言葉をかけていく様子を、リリアは離れたところから見ていた。弟のトアは、ヨシュアの肩に腕を回して泣いているようだ。
「違うことばっかりじゃない」
あの後、すぐに出立が決まったが、二人は出来る限りあの場所で会っていた。それはヨシュアが望んだことでもあったし、リリアも少しでも楽になるならと夜に家を抜け出した。
彼の話によれば、魔王復活の後、魔物が活発化。慌てて勇者の剣を発掘し、勇者探しが始まるが最初に立ち寄った村でヨシュアが引き抜く。ヨシュアは倒れることもせず、次の日には首都へ行くことになる。悪目立ちするのも良くないと、見送りは両親のみ。ミュシャとメリッサは、無理矢理着いてきて、領主の娘であるサーシャも途中で加わるという。
今の状況とはまるで違っていて、リリアは遠くで困った顔をしているヨシュアを笑った。なにも心配することはない、と昨夜も慰めたところだ。
「無事に渡しておきましたよ」
「神父様!ありがとうございます。あれで良かったのでしょうか」
「きっと大丈夫でしょう。きれいに刻まれていましたから」
いつの間にか、隣に立っていた神父を不安そうに窺う。例の瓶は、次の日には彼の手によって加工され、まるで鍵束のように、数本が連なるアクセサリーになっていた。
「でも、私は何も…気付いたらああなっていて」
「それでいいんです。貴女の気持ちがそうさせたのでしょう」
「そういうものですか…?」
「そういうものです」
ヨシュアの腰にぶら下がっている枝を見て、なんとも言えない気持ちになる。神父は満足そうな顔をしているが、リリアとしては何かをしたつもりはないのだ。
「リリア!」
「あ、ヨシュア」
「では、私はまた」
「はい、神父様」
リリアに気が付いて駆け寄ってくるのが見えると、気を遣ったのか神父は人混みへと紛れていった。
「邪魔した?」
「大丈夫。それより、ミュシャちゃんの視線が痛い」
「あー、うん。ごめん?」
その殺気ともいえるものは、遠くからもよく分かった。ヨシュアも背中越しに感じているのか、申し訳なさそうに笑っている。
「…気をつけてね」
「リリアも。これから一ヶ月は特に」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてよ」
「聞いたよ。だから、大丈夫」
彼らが首都に着く頃には、挨拶代わりにこの村は魔物に滅ぼされる。ヨシュアの前世ではそうなった。だが、状況が色々違っているので、どうなるかは分からない。だから、笑顔で彼らを送り出すのだ。余計な心労は必要ない。
「リリア…」
「いってらっしゃい。ここで待ってるわ」
「帰ってくる頃には結婚してる?」
「その話はやめて」
思わぬ話題にリリアは顔をしかめた。最近は夜に家を抜け出していたものだから、家族からの期待が変に大きいのだ。
「一人で居てくれると助かるなぁ」
「え?」
「なんでも。じゃ、行ってくる」
喧騒にかき消された言葉を、へらりと笑って誤魔化した。いつかリリアがしたように、髪をわしゃわしゃと乱暴にかき混ぜて、彼はミュシャ達の元へ戻る。
そして、勇者として首都へ旅立っていった。