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教会の書斎では、丸い木札にぴったりと貼られた紙にリリアが次々と何かを描いていた。よく見ると何れも同じものが描いてある。
インク瓶で筆先を濡らし、慣れた手付きで筆を進める。不思議なことに、インクの色は透明であった。しかし、するすると描いていくうちに魔方陣の様なものが浮かび上がるのだ。それに何の疑問も持つことなく、彼女は作業を進める。これが、リリアの日課である教会の手伝いだ。
「今ある分で終わりにしましょう」
「はい、神父様」
神父は出来上がった木札に装飾用の額を取り付け、箱にしまう。彼女の手元に木札が数個残っているのを確認し、席を立った。返事をしたものの、集中しているのか彼女が気付いた様子はない。
一番奥の書棚から古めかしい本を取り出し、机に置いてあった箱を抱えリリアの元に戻る。その頃には、木札は最後の一個になっていた。荷物を置き隣に腰掛けると、出来上がったものに額をつけていく。
「ふう」
最後の木札を仕上げ終えると、彼女は筆を雑に置いて背伸びをする。その様子に小さく笑い、神父は先ほどの本と箱を差し出した。
「お疲れ様です。リリア、これを貴女に」
「え!?駄目ですよ、神父様!私は手伝っているだけですし、皆やっていることじゃないですか!」
差し出された物に、慌てて両手を突き出す。牧場を持つリリアの家を始めとする、店を営む者を除いた村の者達は何かしろ、教会の手伝いをしていると聞いている。彼女には配達があり、村まで降りているので、両親に手伝うように言われていた。
「リリア」
「いや、でも…」
受け取るように促され、困惑しながら神父と物を交互に見る。どう見ても古そうな本で、きっと貴重なものに違いないと感じ取っていた。
「リリア、これは貴女が持たなくてはいけません」
「私が?」
「はい。貴女が持つべき物なのです。よいですか、これを肌身離さず大切にお持ちなさい。必ず、必ず貴女の力になってくれるでしょう」
「わかり、ました」
どうしてこんなにも渡そうとするのか、意図はさっぱり分からない。だが、彼女の手を導きそれらを包み込ませると、安心したように笑みを浮かべるので、戸惑いながらも受け取るしかなかった。
「そこにポーチが入っています。それに入れてお持ちなさい」
箱を開けば、彼の言う通りベルトポーチが入っていた。細い革のベルトに通されたポーチも同じく革でできていて、本を入れる為だけに作られた大きさだった。
「ああ、そうだ。私の取って置きを教える約束でしたね。さ、行きましょう」
ポーチに本を納めると、神父はすぐに踵を返してしまった。急いでベルトをまき、リリアは彼を追い掛ける。普段は穏やかな神父の足取りは驚くほど軽く、彼女はずっと戸惑うばかりだ。
辿り着いたのは、教会裏にある小さな丘だ。麓には扉が付けられていて中に入れそうだ。そんな丘には桃の木が一本だけ植えられていた。
「さ、これを」
そこから持ち出してきたのは、水が入った瓶だった。牛乳瓶程の大きさで、小さな枝が数本浸けられている。
「あの、神父様これは…?」
「桃の枝です。随分前にあれから折れたもので、聖水に浸けてあります。それに刻めば普通の木札より魔除けが効くでしょう」
桃の木は魔除けに効くと言われており、聖水は魔物が嫌う物であった。確かに効果はありそうだとリリアは納得したが、難しい顔で瓶の中をまじまじと見つめる。
「この枝にですか?」
その枝は、普段描いているものより随分細い上に、平面がなかった。ここにどうやって刻めばいいのかと益々凝視してしまう。
「はい。大丈夫、本を読んでやってみてください。満月の夜にやるのがいいですよ」
「満月って…明日じゃないですか!」
「ええ。なので、今日はお帰りなさい」
「…そうします」
楽しそうに笑みを浮かべる彼に、多少顔をひきつらせ瓶を強く抱えた。