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剣から放たれた光が収まると同時に、ヨシュアは崩れるように倒れた。首都からの騎士達や家族が駆け寄るも、顔面蒼白で意識を失ったのだ。
兎に角その場は解散となり、彼の回復を待って今後の話があるという。きっと首都に召し抱えられるのだろうと、専らの噂だ。
「配達でーす」
「リリアさん!」
「おはよう、ミュシャちゃん。ヨシュアはどう?」
リリアは玉子やミルクの入った篭を前日分の空の篭と入れ換えながら、ヨシュアの妹であるミュシャを気遣った。聞いた話では、夜毎魘される兄を寝ずに看病しているらしい。
「うーん…意識は戻ってるんだよ?戻ってるんだけど…」
「けど?」
思い返しているのか、不安そうにスカートを握りしめミュシャは視線を下げた。
「虚ろなの。呼び掛けてもなかなか反応してくれないし。だと思ったら、急に震えだしてトイレに駆け込んで」
「そう…何か力になれることがあったら言って。ミュシャちゃんも休まないと。貴女まで倒れたらおじさんとおばさんが保たないわ」
「ありがとう、リリアさん。でも、兄さんの為なら苦じゃないの」
「そっか。…じゃあ、また明日」
静かに笑みを浮かべた彼女に掛ける言葉も見付からず、リリアは宿屋を後にした。まだ配達は他にも残っている。ミュシャから声がかかっても応えられるように、仕事は終わらせなければ。
「ジェリー、もう少し頑張ろうね」
「ぶるぅっ」
しっかりしなければと己を鼓舞するつもりで、荷台を引く馬を撫でる。ジェラルドという名のその馬は、嬉しそうに返事をしていた。
配達の最後は教会だ。ジェラルドを裏手に放し、食事を兼ねた休憩を取らせる。その間、リリアは教会の手伝いをしていた。もう十五年程前からの日課である。
「神父様、おはようございます」
慣れたように裏口から入れば、台所に黒のキャソックが見え声を掛けた。
「ええ、おはようございますリリア」
「今日の分です」
「ありがとうございます。そうだ、マーガレットさんからニンジンをたくさん頂いたので、ジェラルドに少しあげましょうね」
「ジェリー大喜びすると思います!」
「それは良かった。彼にはいつもお世話になっていますから」
そう微笑むと、彼はニンジンを数本手に取り外へ出ていった。残されたリリアは台所を後にし、礼拝堂へ向かう。
「どうかヨシュアをお助けください。どうか、どうか、平和な日々が戻りますように」
膝をつき、両の手を組んで深く祈りを捧げる。思い描くのは、配達の時にヨシュアやミュシャと交わした他愛のない世間話だ。ヨシュアが剣を抜いてからというもの、村は浮き足立っていた。それを悪いとは言わないが、倒れたヨシュアや疲れた様子の一家を考えると勇者の話は不安の種でしかない。
「リリア」
「神父様!」
静かに名前を呼ばれリリアは慌てて立ち上がる。振り返れば神父が椅子に腰掛け、こちらを見ていた。
「随分熱心に祈っていましたね。恋の悩み…いえ、貴女に限ってそれはありませんね」
「もう、神父様!私だって年頃ですよ!」
冗談に赤い顔で言い返す。祈りを捧げている間、彼の存在に全く気付かなかった恥ずかしさをそれで誤魔化していた。
「そうでしたね」
「神父様!」
からかうように笑う彼にはお見通しなのだと、諦めて隣に腰掛けた。祭壇の後ろに飾られたステンドグラスが、陽の光を透かしている。
「神の御業だと私は思いました。こんな小さな村で育った少年が勇者に選ばれるということは」
「神の、御業」
「はい。ヨシュアの様子は聞いています。剣を抜いたことで、何かしろの影響があったのでしょう。ですが、それはきっと試練なのです」
「…乗り越えられるでしょうか」
「分かりません。ですが、神は乗り越えられる試練しか与えません。難題が降りかかろうとも、乗り越えると信じておられるのですよ」
「私にできることはあるでしょうか?」
神父の言葉を噛み締め、リリアは静かに呟いた。真っ直ぐ彼を見つめ、答えを待っている。
「では、私の取って置きをお教えしましょう」
「お願いします!」
少しでもヨシュアの力になるならとリリアは意気込んだ。また、あの日常が戻るように。