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日課である配達と教会の手伝いが終わった昼下がり。私はヨシュアに呼び出され、村外れの小川に来ていた。
この間、木登り中に頭から落ちてから、様子がおかしい気がする。家族に話しても、友達に話しても首を縦に振る人は居なかったけれど。
「リリア!」
「サーシャ様にでも捕まった?」
「あー…うん。ごめん」
「大変だね、いつも」
どうりで約束の時間に来ないわけだと、肩で息をするヨシュアを笑う。彼はいつも誰かと一緒だ。サーシャ様は領主様のご息女で、ヨシュアの事を気に入って毎日遊びに来ている。身分が違うので、ヨシュアの家族は恐縮しているくらいだ。だが、彼女は身分なんて、歯牙にも掛けていない。
「その事についてなんだ」
呼吸が落ち着いた頃、あまりにも真面目な顔をしてヨシュアは口を開いた。こんな顔をしたのは、隣のメリッサさんのお風呂を覗いたと自白した時だろうか。エルフのお姉さんは凄かったらしい。知ったことではない。
「サーシャ様のこと?ついに婚約を迫られた?」
「いや、そうじゃなくて…」
「じゃあなに?またメリッサさんを覗いた?」
「ち、違う!」
「えー、本当に?」
歯切れの悪い言葉と慌てた様子。間違いない、こいつはまたやりやがったのだ。鉄拳制裁が必要かと拳を握りしめれば、勢いよく首を振った。
「本当だって!」
「じゃあ、なんで顔赤くしてるのよ」
「いや、思い出して…じゃなくて!じゃなくて!!」
怪しんでいれば、背伸びをしながら肩を捕まれた。そのまま深呼吸を繰り返して、最後に大きくゆっくりと息を吐いてからこう言った。
「俺、実は十八歳なんだ」
「よし、テーナ先生のところに行こう。後遺症が出たのかも」
予想外の言葉に、流れるように肩に置かれた手を掴んで村へと向かう。診療所はまだ開いている時間だ。
「リリア、話聞いて!」
「聞いてる。貴方はまだ十歳。私より年上だなんてよく言ったわ」
引き摺るように道を進むが、ヨシュアの抵抗が結構強い。まるで、散歩を拒否する犬のようだ。
「俺は十歳だけど、中身は十八なの!」
「落ち着いて。いい?貴方は宿屋の息子のヨシュア。十歳で、私の弟と同い年。妹が居るわ。可愛くて、お兄ちゃん大好きの妹が。きっとこの間、木から落ちて記憶が混乱してるのよ」
「混乱はしてる!でも、話だけでも聞いてくれ!頼むから!リリアにしか話せないんだ!」
どうにも理解不能な事を言っているが、その様子は必死そのもので、仕方無しに手を離した。
「話だけでも聞いてくれ!」
「信じるかは別だよ?」
「それでいいんだ。村の皆は簡単に信じちゃいそうだから」
「なあに?信じてほしいの?ほしくないの?」
話が矛盾していて、思わず笑ってしまう。これから話すことを信じてほしいのかと思えば、簡単には信じてほしくないと言う。
「俺もまだはっきりは分かってないんだ。だから、とりあえず話を聞いて」
「…分かったわ」
「ありがとう」
そのまま、どこかほっとした様子のヨシュアに手を引かれ、木陰に腰かけた。
そういえば、いつもヨシュアは、この小川の畔で空を見上げていた。何かある事に彼はここに来る。良いことも悪いことも整理するように。木から落ちる前から、ずっとこの辺りはヨシュアの考える場所だった。