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先日、俺は大変なことを思い出した。
「ヨシュア、石頭でよかったな!」
「父さんが気楽で良かったよ」
「そりゃあ、ニールの家があんだけ血相変えてくればな。お前も急に落ち着いたし、卵とミルク安くしてくれたしな!木登り様々だ!」
そう。俺は木登り中に足を滑らせて落ちたのだ。その後三日三晩寝込み、目覚めたときの衝撃といったら言葉にならない。
「しばらくタダにしてくれるって言ってなかった?」
「バカ野郎。木から落ちたぐらいでそんなことさせられるか!あっちだって商売だ。動物の世話だって大変なんだからな!」
「そりゃそうか」
滑り落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇ったのだ。俗に言うギャルゲ――恋愛シミュレーションゲームの世界に転生した。主人公の幼い頃のようだが、間違いないだろう。
「そうだ、薪割り終わったのか?」
「今から」
「…本当か?」
「頭打ってからサボってないだろ」
「本当に木登り様々だよ」
「どーも」
前世を思い出してから、実年齢の無邪気さは一気に消えた。演じるのも難しい。十歳の少年の中身は十八の男だ。そんな器用さは持ち合わせていなかった。
今の俺は宿屋の一人息子だ。そして、主人公だ。転生して、主人公というポジションに一番納得できた。どうりで、何もかも上手くいくわけだ。
「ヨシュア君、今日も薪割り?偉いねえ」
「マーガレットさん、おはよう」
「ええ、おはよう」
黙々と薪割りをしていれば、必ず村の人に声をかけられる。薪割りの時だけじゃない。いつだって、村を歩けば声をかけられたり、なにかもらったり、遊んでもらったり。兎に角、前の人生より人に懐かれる。人の好意をとても感じる。猛烈な好意を。
「精が出るね」
「リリア、おはよう」
「おはよう」
そんな猛烈な好意の中でただ一人、普通の人が彼女。一つに編まれた髪と気の強そうな顔つき。村で唯一の牧場の三番目。それがリリアだ。
「中におじさんはいる?」
「居るよ。配達お疲れ様」
「前のヨシュアとは大違い」
「成長したの!」
「…トアがごめんね」
「いいって。父さんも落ち着いたって喜んでる」
「たまたまそうなっただけじゃない。おばさんしばらく寝込んじゃったし…」
「母さんはたまたま」
リリアが謝ったのは、俺が木から落ちたからだ。彼女の弟のトアとふざけていた最中だった為に、家族総出で謝りに来たのは記憶に新しい。
「それでも競争しようなんて馬鹿言ったのはトア」
「男には無茶な勝負も必要なの」
「ガキがよく言うよ。まあ、何かあったら言って。話くらい聞けるから」
「ありがとう」
「じゃあ、また」
「また」
卵とミルクが入った篭を抱え直して、彼女は家に入っていく。小さい頃から配達が彼女の仕事で、お姉さんが外に嫁いでからは看板娘となりつつある。因みに、お姉さんは気立てもよくて美人だ。俺の妹が産まれたときも、母さんが忙しいときには面倒をみてもらった。まあ、それはいいとして。
「やっぱりリリアしかいないよなー」
正直に言おう。俺は前世の事を打ち明けたい。リリアに思い出したことをすべて話したいのだ。どうしてかって、簡単なことだ。彼女だけが、普通だからだ。他の人に言ったところで、変に信じられてしまいそうと言うか、なんというか。すんなり信じてほしくはないという矛盾がある。
兎に角、今は薪割りをさっさと終わらせるしかない。でないと、今日も妹に捕まり、領主様のご息女に捕まり、それで一日が終わる。まだ、前世の記憶を整理するということも出来てない。リリアに話そうにも、まだ先になりそうだ。