万能超人はなんでもできる
朝、いつものようにレイはベッドを抜け出す。
魔道式エレベーターに乗り居住区最下層へ行く。
このエレベーターもレイが考案したものだ。
ギアがカタカタと音を立て、レイを最下層まで運ぶ。
レイは最下層につくと、エレベーターホールにあるドアを開ける。
そこは広い空間が広がっていた。
部屋は魔法による人工光で明るく、水の流れる音がしていた。
レイはニコニコとほほ笑む。
「野菜できてるかなあ?」
独り言を言いながら部屋に入るとミノタウルスが出迎える。
「レイの兄貴、おはようございます!」
「どう? プラントは大丈夫?」
「へい、今のところ問題なく魔道式ポンプも稼動してます」
そこはレイの実験場の一つだった。
その内容は世界の数百年先を行くものだった。
部屋には広い生け簀が設けられ、そこには魚が泳いでいた。
その上には魚の出すフンなどを栄養として野菜が育っている。
光は人工光。水は魔道式ポンプでくみ上げられシャワー状に野菜に散布される。
野菜によってある程度浄化された水は、砂利や貝の殻、陶器の破片、それと強い光でさらに浄化され生け簀に戻る。
水量も水の温度も24時間完全管理。そこは野菜工場だった。
それだけではない。野菜だけではなく、同時に魚の養殖までするアクアポニクス工場だったのだ。
井戸のポンプもこの施設で稼動している全自動魔道式ポンプの副産物でしかない。
プラントの中央には大きなトマトがあった。ただトマトと言うにはやけに大きく、数百の実がついていた。
レイはトマトをもぎって口に入れる。
「うーん、まだちょっと薄味?」
不味くはない。むしろ上等な部類だが、レイはまだ不満らしい。
「栄養素の解明はまだ余地ありですね」
この辺はまだ手探りだ。いろいろと試す余地がある。
レイは10歳のころにこの装置を開発した。
本当ならこの装置の研究を進め、王国の食糧問題を解決できていたはずだ。
だがこれを見たレイの父親は理由らしい理由を提示することなく装置を焼却。この装置はお蔵入りになってしまった。
「魚は?」
水槽には様々な種類の淡水魚やエビが泳いでいる。
「はじめは死んでしまう個体が多かったんですが、今は問題なく稼動してます。コツをつかんだんですかねえ?」
コツをつかんだのではない。濾過槽や水自体にバクテリアが発生した事によって生物分解が進んだのだのだが、それはレイたちにはわからない。
砂利などによる濾過も行っているが、レイたちはあくまでフンなどを物理的に除去するために行っている。まだこの世界には微生物の知識も生物濾過の知識もないのだ。
「魚が呼吸できるように水を上から落として空気を混ぜるところまではよかったんだが……まだ先は長そうだ。まったくこの程度もわからないとは自分がふがいない」
「兄貴は充分すぎるほどやっていると思いますが……」
ミノタウルスは呆れる。
魔族に農業を持ち込んだだけでも充分なのに、そのやり方は人間と比べても新しすぎる。
戦闘員だったオークやミノタウルスも今ではレイの下で労働者として働いているほどの革命を起こしたのだ。
そもそも魔族が人間と争う原因は食料の乏しさのせいである。虫を生きたまま食べるような生活水準なのだ。
ところがレイのおかげで食料の生産量はうなぎ登り。もう食料をめぐって人間と争う必要もない。
だが当のレイはその凄さに気づいていない。
「ここが成功したら、近所の沼に浮島浮かべて大規模にやってみような」
「今やってることの方が難しくね!? 順番が逆じゃないですって!」
レイは「えー、なんでー?」という顔をしていた。
「……いえ、兄貴はそのままでいてください」
ミノタウルスはその日、大人の階段を一歩上がった。
ツッコミを入れるのがバカバカしくなる存在は確かにここにいるのだ。
レイがプラント視察を終え、廊下を歩いていると斧を持った女性がやって来る。
シルヴィアだ。
「オーク王、来い」
くいっとアゴで来る用にうながされる。
たいへん失礼な態度だが、レイは怒りもせずについていく。
連れて行かれたのはシルヴィアの私室。
寝るのはレイの部屋なのでベッドがない。レイには納得がいかない部屋だ。
「シルヴィア……今日もやるのか?」
「無論だ」
そう言うとシルヴィアは私室のバスルームに入っていく。
スルスルと布がすれる音がしていた。
なお事案ではない。絶対に違う。
しばらくすると少女の姿になったシルヴィアが出てくる。
「ど、どうかな?」
ほほを真っ赤に染めたシルヴィア。その姿はゴスロリ。長い黒髪のウィッグまでつけている。
「うん」
レイはいろいろと衣装を確認する。
お約束ならばここでラッキースケベの一つも発生するところだが、レイのその目には一切の邪念がない。
レイは胸元のひらひらとした飾りであるジャボを手に取る。
「うんかわいい。でもこれを直した方がもっとエレガントになるかな? 袖止めものデザインも変えようか」
「そ、そうかな? えへへへへへー♪」
シルヴィアは普段は体育会系姐御で通っている。
だがその正体はかわいいもの大好きお化けである。
またレイもかわいいもの大好きお化けである。
たまたまレイに人間のファッションをたずねたところ意気投合。以来、レイがシルヴィアの衣装を作って秘密のファッションショーをする関係になっている。
「シルヴィアは元がかわいいからなあ。とてもいい作品ができるよ」
「か、かわッ……あわわわわ!」
シルヴィアは顔を真っ赤にする。
シルヴィアは女の子なのに漢として扱われている。
シルヴィア自身も最強の姐御として振舞うのになれてしまっていた。
だからあまり容姿を褒められなれてないのだ。
「うん? どうしたシルヴィア?」
「……なんでも……ない」
とシルヴィアはそっぽを向く。初々しいやりとりである。
だがやたら初々しいやりとりがされていると、ドアからカリカリカリカリと音がしてくる。
「くーん、くぅーん、きゅーん!」
かりかりかりかりかり。
「きゅうううううううううううん!」
かりかりかりかりかり。
「ぴみゃあああああああああああ!」
かりかりかりかりかり。
「………………」
レイは無言でドアを開ける。
するとガバッと何者かが飛びかかってくる。
何者かはペロペロと顔をなめてくる。
「ずるいー! 私も! 私も服欲しいー! きゅうううううううううううん!」
それは少女モードのアリシアだった。
アリシアはレイに抱きつきペロペロ顔をなめる。
事案発生。
「わかった、わかったって! 服作ってやるから! それやめなさい!」
「うわーい!」
アリシアはピコピコとバンザイすると、シルビアの方へ振り返る。
「シルヴィアちゃんかわいいねー♪」
「ば、バカ、お前。なんだよ!」
顔を真っ赤にしたシルヴィアがあわてまくってタコ踊りをする。
アリシアはそれを気にせずレイと飛びつく。
「わたしもかわいくしてー!」
じたばた。
「わかったアリシア。でもシルヴィアの服じゃなくて、お前に似合うやつな」
「うん!」
しゃきーん。と、アリシアの目が輝く。
しっぽふりふり。耳ピクピク。顔はツヤツヤである。
「ずるいです!」
さらに声がして眼鏡娘が入ってくる。アーヤである。
アーヤはふわふわ浮きながらジタバタと手足を動かして抗議する。
そこには死霊の王リッチの威厳など存在しない。
「私もレイ様の作った服着たいー! シルヴィアちゃんみたいにかわいくなりたいですー!」
「ねえ、ほとんど霊体のリッチに服って必要なの? ねえ必要なの?」
レイは混乱している。
「完成したら魔法で同じもの作ってコスチュームチェンジするからいいんです!」
「わかった! わかったから!」
「もーやめてー!」
なだめるレイと「かわいい」連呼を浴びせられて顔を真っ赤にして悶絶するシルヴィア。
本当に不器用である。
そしてもう一人。
「ん」
レンがぶんむくれている。
「レン、怒ってる?」
「ん!」
怒っているようだ。少し涙目である。
「……レンも服作る?」
「ん」
『よきにはからえ』である。
わかりにくいが笑顔になった。
「……わかった。ちゃんとみんなの分も作ってやるから」
「うわーい!」
こうしてレイの仕事がまた増えたのである。