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父との記憶

 それは遠い昔。父と子の記憶。

 ギリギリ人間と言えるであろう人相の父親が子に怒鳴り散らした。


「ええい、この出来損ない! 単騎で包囲戦もできぬものが我が嫡男とは。貴様のようなやつは死んでしまえ!」


 子は真剣に謝罪する。


「すません父上! 敵戦力たった1万の包囲戦は魔力の制御が難しゅうございます。砦ごと消滅させてしまう可能性がございます! 敵の数が10万ならば全力を出すことができるでしょう」


「なッ!」


 ひくっと父親の顔が青白くなった。

 額から脂汗の雫がたらりと落ちる。


「くだらぬ言い訳をしおって! 貴様のようなやつは我が家に必要ない! 弟のために腹を切るのだ!」


 なぜか父親は足早にそこを離れてしまった。少年は父との会話をあきらめ戦場に向かった。

 また別の日のことが思い出される。

 それは領地とは関係のない遠い町で邪竜の群れによる襲撃があったときだった。


「ええい、貴様は邪竜による襲撃もどうにかできぬのか! このクズめ!」


 父親が容赦なく男の子の顔に拳を打ち付ける。

 鈍い音が響き、口から血が垂れた。


「すいません父上。そんなことが起きてるとは知らなかったのです。今から邪竜の群れを葬ってきます!」


「え……今から? っていうか、できちゃうの?」


「はい! これから転移魔法で東の街に飛んでドラゴンを討伐してきます!」


 少年は休めの姿勢で声を張る。それは傍目からは親子の会話には見えない異様なものだった。


「て、てんいまほう……ではなく! 貴様にはがっかりだ!」


 父親は地獄の底を見てきたかのような顔をしている。

 まるで息子ではなく化け物を見ているような目だった。


「申し訳ありません父上!」


 男の子は休めの姿勢のまま謝罪した。

 また別のある日。


「この岩を切るまで家に戻ってくるな! いやそこで腹を切れ!」


「はい父上」


 スパッ!

 岩を一刀両断。そして爆発。

 岩は塵も残さず消滅する。

 父親は顔を真っ赤にして激怒していた。


「……どいつもこいつも俺をバカにしおって」


 次の瞬間、父親の拳が顔を直撃した。

 少年はその拳の軽さに軽く絶望した。

 自分はどうして……そこでパチッと目が覚めた。怒りのあまり。


「嫌な夢を見てしまった」


 レイは目覚めから最悪の気分だった。

 レイはメタリア王国の西にあるアルヴァ伯爵家の嫡男として生まれた。

 本来なら伯爵を継ぐ身分である。

 だが家を飛び出して……その後いろいろあって料理人になった。

 そしてさらにある事件で奴隷にまで堕ちた。

 父親が自分に冷たく当たるということに対して不満に思ったこともある。

 だが今ならわかる。父親は自分を憎んでいた。いや、父親は自分を恐れていたのだ。

 かと言って怒りを持つなというのも無理な話である。

 そこまでレイは達観してはいない。


「まったく、今さら親って年でもないだろうが」


 と、独り言を口にすると、股の間ですうすうと寝息を立てるゆるキャラフォームのアリシアとシルヴィアを発見する。

 顔になにか当たっているなあと思ったら、アーヤとレンがひっついている。

 アリシアは無防備なままピコピコと足を動かしている。

 シルヴィアもしっぽが揺れ、アーヤは「ケーキ、ケーキ」と寝言を言い、レンはなぜか点滅していた。

 本当にこの魔王軍は大丈夫なのだろうか。レイは心配である。


「なるほど……これは父性的なものの目覚めだな」


 レイは納得した。

 大人としてレイがこの魔王軍を守ってやらねばならない。

 ……勇者から。いや世界から。

 レイは身を起こすとアリシアをなでる。

 アリシアの足がピクピクと動く。

 レイはシルヴィアをなで、アーヤとレンもなでる。

 そして起こさないようにベッドからそっと抜け出した。

 レイは食堂に行く。朝食タイムは配下のオークが担当してくれている。

 レイの教育を受けたオークたちは今では高度な調理技術を持っているのだ。

 レイを見つけたオークが声をかける。


「あれ? レイ様。昼の仕込みですか?」


「いんや、ちょっと道具を取りに来ただけ」


「なるほど。いつもの『研究』ですか」


 レイは暇な時間を使って研究をしていた。

 王国にいたときは禁止されていたものだ。

 とは言っても危険なものではない。もっと生活に直結したものだ。

 レイの研究は魔王軍の生活の質を向上させているのだ。


 レイは自分のロッカーから道具を取ると研究室に行く。

 研究室には褐色の肌を持ち耳の尖った女性がいた。

 ダークエルフのシェルミーである。


「レイ様。今日も続きですか?」


「おう、ようやくこいつができたぜ」


 レイは研究室にある自分のデスクに行く。

 そこには金属製のレバーとバラバラななにかのパーツが鎮座していた。


「鍛冶屋からパーツが届いた。こいつをこうやって組み合わせれば」


 レイが組み立てるとやはり妙な物体ができあがる。


「じゃあ実験しようか」


 そう言うとレイは、ダンジョンの中にある井戸へと歩く。

 レイは井戸にあらかじめ用意したフタをつけ、組み立てた機械をその上に取り付けた。


「んじゃ、やるぞ」


 レイはレバーを何度も押し込む。

 すると、ざあっと機械の口から水があふれ出てくる。

 水くみは重労働だ。それがこんなに楽になるなんて。

 シェルミーはこんな便利なものを見たことはない。


「はは……レイ様。本当にできてしまいましたね」


 シェルミーはもう空笑いするしかない。

 戦いしか能のなかったオークに料理を仕込み、それでいながらオリハルコンをへし折る腕力を持つ。

 それだけでも異常なのに発明まで。それも人間の世界にもない発明だ。

 この男、どれだけ底が知れないのだ。


「実は作るのは二度目でさ。だから成功するとは思ってたんだ」


「二度目……それじゃあ、最初のこいつはどうなったんです? こんなすごいものが発明されたって話は聞いたことありませんが……」


「あー……。10歳のころの話だからなあ。『ガキのくせに生意気だ』ってその場で壊された」


「は? バカなんですか?」


「そういう文化の国なんだよ。そのときはむくれたもんだが、今ならわかる。壊した連中は、こんなよくわからないものに生活を脅かされてる気持ちになったんだよ」


「人生なんて前に進むしかないのに……寿命の長いダークエルフだって同じですよ。それなのになんて無駄なことを!」


 シェルミーはまるで自分のことのように怒っている。


「だよな。でも俺の周りにいた連中は前に進むのが怖かったんだ」


 少ししんみりしすると、アダルトフォームのアリシアがやって来る。

 ようやく起きたらしい。


「はっはっは! 四天王最強の男よ。今日も精を出してるな! (訳:ごはんくだちゃい)」


「これは魔王様。では料理をお持ちいたしましょう(訳:ちょっと我慢しろ)」


「ふふふ、貴様の料理を楽しみにしているぞ(訳:おなかへったー。はやくー!)」


「ではご報告がございますので、他の四天王の皆様もお呼びください(訳:じゃあ、みんなつれてきて!)」


「うむ、あいわかった(訳:はーい!)」


 あやしげなやりとりが終わると、レイはシェルミーに後を頼み厨房へ向かう。

 スクランブルエッグを作って玉座の間に持っていくと少女姿のみんなが待っている。


「レイ! ごはーん!」


「はいはい。スクランブルエッグ。茹でじゃがいもと一緒にどうぞ」


「はーい!」


 みんなでご飯を食べる。

 レイはこの時間が好きだ。

 なんだか癒やされる。


「ねえねえ、レイ」


「なんだアリシア?」


「井戸でなにやってたの?」


「あー、ポンプを設置してた。水を汲みやすくする装置だ」


 むしゃむしゃとアリシアは食べながら考えている。

 するとニコッと笑う。


「えらいえらい」


 アリシアは手を伸ばしてレイの頭をなでる。

 レイはふふっと笑った。

 もうその頃には嫌な夢のことは完全に忘れてしまっていた。

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