お散歩
レイの称号「オーク王」が「グレート・オーク王」に変わってから数日後、レイは悩んでいた。
誰も人間だと信じてくれない。
確かにレイは美形ではない。それは素直に認める。
だがどこがオークに見えるというのだろうか。
オークは王都ではよく豚顔の化け物と言われている。だが実際はイノシシの顔だ。
でもレイには全身を覆う毛は生えてない。モフモフではない。
さすがに違う生き物だろうと思うのだ。間違えるならオーガとかではないだろうか?
そんな悩める25歳の足にポンッと手、いや前足が添えられる。
振り向くと白いマルチーズ……いや魔王アリシアがリードをくわえてしっぽをふっていた。
アリシアはリードをくわえている。
「魔王様……お散歩ですか?」
「うん!」
魔王アリシアのお散歩は四天王「豚王地獄」レイの大事な仕事である。
レイがリードを持つ意味はまったくわからないが、とりあえず仕事なのである。
まずリードをつける。首輪だと落ち着きのないアリシアが引っ張って危ないので、胴輪である。
そしてアリシアとの散歩に繰り出す……ところだが、お散歩メンバーが次々と増える。
シルヴィアもアーヤもレンも胴輪をつけて散歩に混じる。
なぜ胴輪が必要なのか。それは誰にもわからない。
「百歩譲って牛さんのシルヴィアはいいとしよう。なんでUFOと幽霊に胴輪!」
「いいじゃないですかー! アリシアちゃんとシルヴィアちゃんだけずるいー!」
「そうだそうだ! マスターのいじわる!」
なぜか抗議される。まさに理不尽で不条理である。
めげずにレイはお散歩に繰り出す。
だがやはり素朴な疑問がある。
「つかさ、みんな元の姿で普通に散歩すればいいんじゃね?」
少女がその辺を歩いていても誰もおかしく思わないだろう。
楽しくその辺で遊べばいいのだ。
むしろリードをつけたUFOと幽霊の方が違和感がある。
「レイ様いいんです!」
「マスターいいの!」
いいらしい。
魔王だとは誰にも気づかれず、レイたちは外に出る。
外には草原が広がっていて、眩しいほどの日差しが照りつけていた。
「アーヤ、日に当たっても平気か?」
お化けに日差しはマズかろうと思ったレイは質問する。
「はい。私はハイ・リッチなので平気です」
ぽよんとアーヤが揺れる。
レイはとりあえず頭をなでる。
アーヤは広い意味で幽霊のはずだが、普通に触ることができる。
その手触りはすべすべもちもちして、かといってスライムとも違う独特の肌触りである。
「えへへへへー♪」
それを見ていた三人から抗議の声が上がる。
「あー、アーヤずるい! ねえねえレイ、ボール投げてー!」
「私もー! ほら、レイ、ボールで遊ぼうぜ!」
「マスター、ボール」
アリシアたちがきゃっきゃっと笑っている。
「はいはい。リード外すから待ってろ」
レイはリードを外すとボールを投げる。
放物線を描くボールを四人は追いかける。
一番早いのはアリシアだ。
ボールをくわえてダッシュする。
それをシルヴィアが追いかけ、その後ろをアーヤとレンが追いかける。
「まってー」
「マスター、追いつけない」
アリシアはスピードを増し、草原を駆ける。
直線では牛のシルヴィアが怒濤の勢いで迫っていくが、アリシアは素早く方向転換し、シルヴィアを引き離す。
「にゃあああああああああああ!」
すっかりテンションを上げたアリシアがさらにスピードを増していく。
そしてその進む方向はなぜかレイへと変わる。
「ぴにゃああああああああああッ!」
それはフェンリルの突撃だった。テンションがMAXのアリシアは土がめくれ上がるほどのスピードでレイに迫る。
子犬くらいの大きさでも普通の人間、いやオークですらもひとたまりもないだろう。
だがレイはバフッと受け止める。人間業ではない。
「もう、危ないなあ」
「うにゃ?」
アリシアはしっぽをふる。
これだけなら楽だったのだが。
「ぶもおおおおおおおおおおおおおッ!」
止まれなくなったシルヴィアの声が響く。
レイはシルヴィアも受け止める。
シルヴィアはカタカタと震えながらレイにひっつく。
「激突死するかと思ったぜ……」
「あのなあ、シルヴィア……少しスピード落とそうぜ」
「ちょっとテンション上がっちゃって。えへへへへ」
シルヴィアにお説教していると、今度はゆっくりとアーヤとレンも来る。
「うわーん、待ってくださーい!」
「マスター、おいてかないでー!」
二人は突撃こそしないが、レイの体によじ登る。
「はいはい。帰ろうか」
「はーい!」
こうしてお散歩は終わるのだ。
絶対に少女姿で普通にピクニックでもすればいいと思うのだが、それでも彼女たちはゆるキャラでのお散歩にこだわるのだった。
そして夜。食堂の仕事を終えたレイは少女姿のアーヤとダンジョンにいた。
前回の不法侵入事件。
それは実に奇怪な事件だった。
記憶処理をする直前に男は「自分はダンジョンにいたはずだ!」とわめき散らした。
だがダンジョンから居住区へ転移門で侵入するには魔王もしくは四天王の身分証が必要。
身分証がなければ転移門が出現しない仕様になっている。不可能なはずなのだ。
「やはり、わかりません……」
少女姿のアーヤが額にしわを寄せて考える。
「アーヤでもあの騎士がどこから入ってきたかわからないのか……。それは深刻だな」
ハイ・リッチの深遠なる知識を持ってしてもわからない。それはハイ・リッチを超える魔道士か、古代文明の英知か、それとも別な力かもしれない。
どちらにせよ厄介である。
「レンはなんて?」
アーヤが聞いた。古代文明の兵器であるならレンが専門である。
「アーヤと同じでわからないってさ」
「レンでもわかりませんか……。私の魔法ならたとえ勇者でも侵入するのは難しいはず。たとえ侵入されるとしても、その前に警報システムが鳴るので別の場所にみんなで逃げることができます。私の警報システムをかいくぐって侵入するのは、たとえ勇者でも不可能のはずです」
「レンの警報も別にあるんだろ?」
「ええ、レンのは古代文明の警報システムですので解除は不可能です。痕跡も皆無なので、どうやって侵入したかもわかりません」
「そうか……。引き続き調査と警戒よろしく」
「はい。それで……レイ」
「どうした?」
「あの……フルーツの入ったケーキが食べたい……です」
「ああ、わかった。あとで作ってやる」
レイはアーヤの頭をなでる。
「えへへへへ♪」
アーヤはうれしそうにしていた。
レイはそれを見て、少しだけ本気になろうと思った。