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英雄

 それは罪の記憶。

 魔王軍との戦争は熾烈を極めていた。

 戦闘による怪我。

 感染症の蔓延。

 酒と麻薬に浸かった兵士たち。

 衛生状態は悪くブーツを脱ぐと皮膚が剥がれる。

 風紀の乱れによる殺人。

 味方の都市に略奪を仕掛けるほどの物資の枯渇。

 食料は少なく、薄い豆のスープが三日前に支給されただけ。

 兵は骨と皮だけの姿に。

 楽しみなどなにもなく、はした金で味方であるはずの人を殺す地獄。

 傷に蛆がわき、兵はくだらない理由で死ぬ。

 レイたちは勇者ではない。

 ただの亡者の集団だった。

 それでも人間は戦闘をやめなかった。

 魔王を殺してもなお、魔族を皆殺しにすると宣言した。

 憎悪は伝染し、事件は起こった。

 本当に、言葉通り無害なはずの獣人の村を焼いたのだ。

 消し炭になった村を見てレイは呆然としていた。

 獣人はただの農民。

 ただ魔王領に生まれたというだけだ。

 それなのに、大司教は殲滅を宣言した。

 魔王側は皆殺し。

 一人残さず殺す。

 それが命令だった。

 ああ、わかっていた。

 レイはわかっていた。

 世界に恩賞が足りなかったのだ。

 魔王の死によって騎士の武勇を発揮する場がなくなってしまうのだ。

 あとに待ち受けるのは人間同士の殺し合い。

 だから人は魔族の皆殺しを選んだのだ。

 教会を煽って大義名分を用意し、死ぬべき種族を選んだのである。

 だから……英雄は剣を取った。


「諸君! 我らはまた勝利した! さあ魔族を一人残さず殲滅するのです!」


 前線までわざわざやって来た王侯貴族や大司教。

 このときが最期の機会だった。

 彼らは死んだ目の騎士たちを鼓舞した。

 レイは無表情で近づく。


「ああ! ほまれ高き英雄レイ殿!」


 レイは剣を抜く。


「え?」


 剣は大司教の喉を切り裂いた。

 そのままレイは剣を振りかぶり頭めがけて振りかざし、魂を刈り取った。

 大司教の法衣ごと切り捨てると、次は王に向かい走る。


「乱心したか英雄よ!」


 近衛騎士が立ちふさがる。

 もう言葉はレイに届かなかった。

 レイは飛び上がると近衛騎士を踏み台にして王の前に着地する。


「き、貴様ぁ!

我は王……ぞ……」


 すでに剣は王を貫いた。

 致命の一撃。

 だがレイは剣を抜くとさらに王を袈裟斬りにした。

 誰が見ても即死だった。

 近衛騎士は呆然としていた。

 一瞬で王が殺された。

 その事実だけで戦士喪失した。

 そして最後に。


「ミヒャエル!

貴様だけは許さん!」


 殲滅作戦の総責任者だった勇者。

 かつてレイとともに魔王を倒した勇者。

 勇者の剣に認められた男。

 レイはその眼前に迫る。


「狂ったか! レイ!」


 ミヒャエルこそ王を洗脳し、愚かな殲滅戦に引き込んだ元凶。

 そのミヒャエルが勇者の剣を抜く。

 だが……。


「勇者の剣が重い……」


 ガクッと腕が下がった。

 今まで一度もなかった現象に戸惑うミヒャエル。


「なぜだ! なぜ勇者の剣が!」


 だがレイには関係なかった。

 レイはミヒャエルを袈裟斬りにした。

 ただの兵士の剣で。

 かつての真の勇者はただの人間に成り下がり、英雄と呼ばれた男に斬られた。

 ミヒャエルもひと目で死んだように見える姿でそこに放置された。

 レイは肉塊になった王を見下ろし、王冠を拾う。


「アイン。次の王はお前だ」


 レイはアインと言われた男へ王冠を投げる。

 アイン。

 魔王軍殲滅作戦に従軍した王子。

 アインは王冠を受け取ると目を伏せる。


「……王と大司教は先日討ち果たした魔王の呪いでお隠れになった。

ご遺体は呪われたため、ここに埋める。

この地は呪われた。以後、近づくことは許されぬ。

ここに集った勇敢な戦士たちよ。

この日のことを口に出したものは魔王の呪いによって命を落とす。

二度と口に出してはならぬ。

呪いにより重篤な被害を出した我々は魔族の殲滅を諦める。

遠征は終わりだ。

王都に到着次第、国王、大司教、そして勇者ミヒャエルの葬儀をする!」


 レイはアインの肩をそっと叩いた。


「じゃあな。二度とお前の前に顔は出さない」


「……レイ、お前こそ真の英雄だ。

御前のお陰で万の兵が命をつないだ。

それなのに俺にはなにもできない。

なにもしてやることができない!

頼む、頼むからせめて居場所くらい教えてくれ!」


「……俺は消えたほうがいい」


 そのままレイは歩いていく。

 その姿が消えるまで騎士たちはレイの背から目を離さなかった。

 戦争は終わったのだ。

 名誉も正義もない戦争が。

 最後にアインは宣言した。


「勇者ミヒャエルは呪いにより死亡。

レイは生死不明。

呪いを受けた疑いがある。

レイを見つけ次第、中央に連絡をしてほしい……」


 これが王、大司教、勇者が死に、英雄レイが消えた日の出来事である。

 死亡した三人はその場に埋められ、勇者ミヒャエルの功績は誰もが知るところになった。

 だが……アインにも誤算があった。


 誰にでも動画が投稿できるサービスが世界に生まれたこと。

 魔族への憎しみを消すことができなかったこと。

 そして……死んだはずのミヒャエルが聖剣と共に復活し、虐殺をはじめたこと。

 しかもそれを民衆が讃えたこと。

 そして気づいたときには他の国の王までミヒャエルに洗脳されていた。

 そしてレイは指名手配されていた。

 なぜかすべての出来事がアインの頭を通り越していく。

 ああ、これは陰謀なのだ!


 アインは、レイを探していた。

 取り返しのつかないことをさせてしまった。

 だが……それでも。

 それでもミヒャエルを止められるのはレイしかいないのだ。

 今度こそ、今度こそ、真の英雄に謝罪せねば。

 レイと共にミヒャエルを滅しなければならない。

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