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プロローグ

 大きな大きな白い犬がおなかを見せている。

 全長十メートルはあるだろうか。

 しっぽはピルピルと揺れ、おまたはカッ開いていた。

 真っ赤なリボンをつけた顔はしょぼんとしている。

 目をうるうるさせて、鼻をぴすぴす鳴らす。


「ぴいいいいいいいいい。ふにゅうん。ふにゃあああああああん……ふにゃん!」


「……魔王様。哀れっぽい声を出してもダメです。というか女の子なんだから、おまたを広げない!」


 男が犬をたしなめる。

 男の名はレイ。犬は【滅殺万魔】アリシア。魔王城の主である。


「ひみゃああああああん! ぴいいいいいいいいい!」


「どこからその声出してるんですか! 魔王様はあのフェンリル狼の一族なんですよ! 少しは自覚を持ってください!」


 ……世界を飲み込む狼である。巨大なマルチーズにしか見えないが。


「やあああああああん! レイ、なんで辞めるっていうのぉー!」


 バタバタと足を動かす。完全に駄々っ子である。


「あのね! いきなり魔王軍四天王に任命されたら誰だって辞めますよ!」


「やだあああああああああ! レイがやめたらつまんない!」


「だって俺……」


「やああああああああああん! ぴみゃあああああああああ!」


「俺は料理人なんですよ!」


 そう、レイは料理人。それも大陸の端にあるメタリア王国の宮廷料理人であった。

 そんなレイはとある事件の刑罰として奴隷の身分に堕とされたのである。

 冒険者に買われ、魔王城前で荷物運びをしていたところ魔王軍に捕獲され、それ以降は魔王軍で料理人をしている。

 そんな悲惨な境遇のレイは最近思うのだ。

 ヤケに待遇良くないかと。料理人に出す給料ではない。


「いいじゃん。レイがいないと魔王軍まとまらないし。それに料理が不味くなるの! 楽しみが減るのー!」


 そう、魔王軍の料理は不味かった。

 カラフルな芋虫に塩をかけただけ。(動いてる)

 かび臭いにおいのする謎のキノコを焼いただけ。

 トドメはダンジョンの廊下を走る虫を手づかみで新鮮なうちに。

 素材の味を生かした料理と言えば聞こえはいいが、アク抜きも下味も出汁も取らない激マズ料理。

 刑務所で出したら即暴動確定レベルの臭い飯だったのだ。

 レイは三日耐えた。

 幸いレイをつかまえたオークたちは非常に紳士的で、捕虜を虐待するような連中ではなかった。

 だから三日も我慢した。だが四日目の朝、レイはブチ切れた。


「おどりゃあああああッ! マズいんじゃあああああッ! 俺に作らせろおおおおおおおッ!」


 そのまま鉄格子をひん曲げ檻の外に出る。


「お、おい! 嘘だろ。それはドラゴンでも曲げられないオリハルコンの鉄格子。あいつ人間か!」


「俺に料理をさせろおおおおおおおおおッ!」


 さらにレイは食堂に堂々と侵入。

 鍋と包丁を引ったくり、調理をし始める。


「……ま、待てー!」


 レイを追ってきたオークが見たもの。

 それはひたすら芋を潰し、川海老に衣をつけているレイの姿だった。

 レイは衣をつけた川海老を大量の油で揚げる。かき揚げだ。

 オークたちはその香ばしさの前にしばし我を忘れた。


「さあ、食え」


 レイは黄金色のかき揚げに塩をかけ、オークに差し出す。


「に、人間の食べ物など……くっころー!」


 オークはあまりの美味しさに白目をむいた。


「な、なんだ。この食べ物は! サクサクして、中の海老はこんなにも香ばしく、まさに天国!」


「ふふふ、さあ、つぶした茹で芋もあるぞ。食うがいい」


 悪い顔をしたレイはオークたちに芋を差し出す。


「い、いいのか……こんな贅沢をして」


「ふふふふ。人間の世界ではこれは普通だ!」


「な、なんだってー!」


 オークたちは驚愕のあまり顔を歪ませた。

 オークたちは顔を見合わせ、そして一斉に平伏した。


「え、なに? どうした?」


「伝説のオークキング様とはつゆ知らずご無礼をいたしました!」


「いやどう見てもにんげん……」


「見た感じオークかなとは思っていたのですが、判断ができず申し訳ありません!」


「にんげ」


「我々を救う、伝説のオーク王が貴方様です!」


 レイはその後も必死に「オークじゃない!」と言ったが、誰も信じてくれなかった。

 レイはとりあえず食堂に就職を決めたんだと納得することにした。

 そして食堂でひたすらかき揚げを作っていると女性の声がする。


「なにこれ美味しい!」


 20歳くらいの女性。魔王アリシアであるのだが、まだレイはそれを知らない。


「これを作ったのは誰だ?」


 アリシアは先ほどとは違い威厳のある声で言った。

 すると近くにいたオークが跪く。

 レイは「おい、やめろ! ごまかせ!」と手を振るがもう遅かった。


「オーク王レイ様です」


「ふむ、オーク族か。なるほど。ふははははは! 気に入った!」


 笑いながらアリシアは行ってしまう。

 その後、アリシアの正体を知ってしまったりなどを経て、レイはついさきほど四天王を任命されたのである。

 そして話は冒頭に戻る。


「おいしいごはん! ごはん! ごはん! ぴにゃあああああああああッ!」


 魔王はジタバタと足を動かす。

 そのときだった。


「魔王様! 人間が攻めてくるそうです!」


 オークが入ってくる。

 レイは呆れた。

 玉座には股を広げた駄犬ではなく……人間であれば20歳前後の女性が足を組んで座っていた。

 頭にはツノ、背中からはコウモリの羽。その顔は冷酷そのもの。まさに【滅殺万魔】アリシアだった。

 魔王は酷薄な笑みを浮かべる。


「四天王との会合を邪魔するほどの話か?」


「は! 魔王城近くの森にゼンダ王国の斥候が現れたそうです!」


「そうか。ふふふ、人間を恐怖に突き落としてくれようぞ。レイ、オーク軍を警戒に当たらせろ」


「御意に」


 レイは呆れながらも演技につき合う。

 ホント見栄っ張りなのだ。


「では貴様は下がっていい」


「はッ!」


 と、オークが出て行った瞬間、ぽんっと音がして魔王は15歳くらいの少女の姿になる。

 その顔は愛嬌があり、お気に入りのふわふわワンピース、しっぽふりふりの銀髪犬耳娘アリシアだった。


「あー、つかれたー。レイ、いつもの通り適当に宝箱置いて帰ってもらって」


「了解です。それで魔王様。俺、故郷に帰って小さな店をやろうと思うのですが」


「だめー! レイのごはんだいすきー!」


 魔王はパタパタと両手を動かす。

 レイが呆れていると、玉座のドアが開く。


「あー、つかれたー」


 25歳くらいの背の高い女性が入ってくる。

 牛のようなツノが頭から生え、いかにも邪悪そうな板金鎧を着て、さらに片手で巨大な斧を持っている。

 ぽん!

 だが部屋に入ってきた瞬間、こちらも15歳くらいの女の子になる。

 短パンにシャツを着た赤い髪のショートカットの女の子である。


「レイー、今日のご飯なにー?」


 認めたくはないが、彼女はミノタウルスや獣人を支配する魔王軍四天王の一人。【暴虐戦士】シルヴィアである。

 さらにシルヴィアに続いてもう一人が入ってくる。


「くくく、美味そうな魂だのう」


 骸骨。そのまま骸骨である。ただしその姿は本能にある恐怖を揺さぶる。彼女はいわゆるリッチ。あらゆるアンデッドの頂点に立つ【魂喰らい】のアーヤ。

 これもぽん!

 やはり15歳くらいの黒髪の眼鏡っ娘になる。


「つかれましたー。レイ様。甘いもの作ってくださーい……」


 アーヤは空をふわふわ浮きながら足をパタパタ動かす。

 さらにもう一人。巨大な戦闘用魔道人形が部屋に入ってくる。


「ガガガガガ……ツカレタ」


 ゴーレムや魔法生物の王。【殺戮機械】レンである。

 こちらもぽん!


「マスター……つかれた。お肉食べたい」


 なぜかレイを「マスター」と呼ぶ青い髪の無表情娘。他よりも少し小さい。

 魔王と三人はレイを見つめる。

 そう、一点の曇りもない瞳で。


「うっ……。今日は獣人軍が狩ってきたお肉と、デザートは木苺のケーキです」


「うわーい!」


 四人は大喜びだ。

 魔王軍四天王最強と噂される男【豚王地獄】レイ。その実体はオークたちで運営する食堂のおっさんである。

 彼は魔王軍の胃袋をつかんでいたのだ。

 魔王がレイの腕をつかむ。


「……やめないでね」


 アリシアはくーんくーんと鼻を鳴らす。


「わかりました。でも夏は休ませてくださいね!」


「うん、一緒に田舎へ行こうね!」


 アリシアはニコニコとした。


「あ、私もー! どうする? 新しい水着作る?」


 シルヴィア。


「私、日の光は嫌いですけどがんばります!」


 アーヤ。


「あるじさまについていく」


 レン。


(お父様、お母様。私は……この魔王軍が心配です)


 レイはしみじみ思うのだ。

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