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第7話 工作と交錯

「ふむふむ、なるほどね。つまりは私が理奈を呼んでくれば良いと?」

「あぁ、お願いできないか?」

「もし嫌だっていったら?」

「ここで自害する」

「ちょっ、あんたその包丁どこから出した!?」

「鞄の中だ」

「四次元ポケット……なにえもんなの……」

「なんかすっげぇデジャヴなんだけど」

「まぁ、願いは聞き届けたわ。放課後、家庭科室裏にしっかり呼びつけておくわよ」

「本当か!? ありがとう…!! いつかお返しはする!」

「期待せずに期待しとくね。まぁ、お礼は理奈のうれし涙で許してやるわ。いっつぷらいすれす! じゃ、私はこれで~」


 そう言って、佐野は自分の教室へ帰っていった。

 友人の涙をプライスレスというのはどうなんだというツッコミはさておき、これで準備は整った。武器――佐野みゆりによる誘導を手に入れたわけだ。


 あとは戦術。どんなに相手より優れた武器を持っていて、無敵だと思われるほどの兵器を持っていたとしても、聡明な頭脳から導かれる戦術には敵わない。

 戦術を制す者は戦争を制す。違うか? 違うな。


 とにかく! アドリブでやってたら俺の精神は恐らく保たない。何故かなんて聞くまでも無いだろう。俺は気が弱いからだ。頭がきっと真っ白になる。


 そこで「台本」と言う名の戦術を組むことにした。今日の授業はどうせ始業式とホームルームと掃除で終わる。授業と呼べるほどの授業は存在しない。となればその全ての時間が戦略タイムだ。考えに考え抜いた台本(戦略)で臨めばきっと大丈夫だ。


 そんな根拠の無い自信が俺を満たした。









「え? 放課後?」

「うん」

「えぅ~……」

「大丈夫、私を信じて」


 柊矢を家庭科室裏に呼びだそうと思ってたのに……まさかみゆりに先手を取られるとは……。


「でもなんで? わざわざ放課後にそこで言わないといけないの? ここで言えばよくない?」

「だから私を信じなさいって」

「うーん……」


 悩ましい。一体何がどうなっているのか。


 しかし、いくら考えてもわからず、ついには考えが堂々巡りしてきたので一旦全ての思考を放り投げた。

 だが、これは由々しき事態である。そのことだけは、私の本能が警鐘を鳴らすかのように叫んでいた。


「理奈」


 そんな私を見て、みゆりはいつもとは違う、優しい声音でふわりと私に笑いかけながらこう言った。


「大丈夫だから」


 その言葉には全てが詰まっていた。私を安堵させるため。納得させるため。そして何より、私を思っての言葉だった。


 そんなの……こう言うしかないじゃない。


「わかった。信じるよ」

「うん!」


 これで爆撃はお預け。まぁ、明日にでも先手を取っておこう。

 明日こそは必ず。




 そうして、午前の始業式が終わり、ロングホームルームが終わり、大掃除が終わり、迎えた放課後。


「みゆり~」

「ん?」

「ん? じゃないよ。いくんでしょ?」

「あ~、私ちょっと用事あるからさ、先に行っといてよ」

「え……」


 ――なにそれ、ちょっと失望だよ。わざわざ呼び出しを断念してまでみゆりに時間を託したのに。


 とは言えなかった。今まで私のことに親身になって考えてくれたんだから、計画を全部知っているみゆりがここに来て訳の分からない行動に出るとは考えられなかったから。


 だからやっぱり――信用してみることにした。

 ここまで私に時間を割いてくれたみゆりに、恩返しになっているか分からないおんがえしをするために。そして何より、自分のために。


「わかった。先に行って待ってるね」

「うん、私もすぐに向かうよ」


 みゆりが教室の方へ戻っていく。しかし、いつまで経っても教室のドアが開くことはなかった。


 みゆりが不意にこちらへ振り向く。

 また、あの笑顔だ。ふわりとした柔和な笑み。


「頑張んなさい!」


 その笑顔から紡ぎ出された言葉は激励の言葉。幾度となく私に浴びせられてきた言葉。鬱陶しいとも感じたあの言葉。

 しかし何故だろうか。今はその言葉がやけに心地よかった。


「……頑張る!」


 刹那、鮮緑の風が私とみゆりを駆け抜けた。季節は冬だというのに、その風は妙に暖かかった。

 それはさながら、新たな門出を祝う女神の息吹のように。


 その風に感化されたのだろうか。何故かは分からない。分からないけど私は走っていた。無性に早く行かなければならない気がしたから。行きたくなってしまったから。


 そうして私は――家庭科室裏へ、あの想い出の場所へ導かれるように駆けだしたのだった。


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