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第4話 天使の涙

「で? どうするの? よりを戻したいの? 戻したくないの?」


 まぁ、用も無くここに来るだけってのはないよね。そりゃそうですわ。

 みゆりがここに来た理由は「クリスマスなのに友人と楽しむこともなく家に居座ってるだけのあんたをいい加減ひっぱたきに来た」らしい。


 いや、確かに自分でもウジウジしてたとは思う。


「ほーら、答えて」

「戻し……たいです」

「やっと言えたね」


 ずっと言葉に出来なかったその言葉。胸の中にひっそりと存在していた言葉。でも、どうせ叶わないからと胸の内に仕舞っていたその言葉は、口にしてしまえば案外どうと言うこともなかった。


 それは、私の紛れもない本心だからだろう。息をするように繰り返すと、これ以上無いくらいにすっと私の中に染み込んだ。まるで、鳥が大きく羽を広げ飛び立つように。立派なヒレを持つ魚が、海中をスイスイと不自由なく泳ぐかのように。


 気づけば、雨が降っていた。外ではない。部屋の中に。

 じゃなきゃ、私の視界がこんなにぼやけるはずがないのだから。

 目頭がじんわりと熱くなってくる。雨が止む気配もない。


 そして、静寂を切り裂くようにして、嗚咽が漏れ始めた。

 情けない。気持ちの一つを吐きだした程度で何を。みゆりを見習え。いつも笑顔のあのみゆりを。感情を揺るがすな。みゆりを見て―――


「辛かったよね」


「今まで、我慢してたんだもんね」


「自覚……しちゃったんだよね。どこかでまだ夢の話だと、そう思ってたんだよね。でも、もう怖がらなくて良いんだよ」


「もう――――楽になって良いんだよ」


 感情が沸騰するように溢れた。色々な感情が入り乱れる。


 悲哀、劣情、嫉妬、虚無感、喪失感、脱力感――そして、安堵。


 上も下も右も左も分からなくなる程に感情の濁流に流される。

 もがき足掻(あが)くことすら出来ない。息が苦しい。胸が痛い。

 けれど、何故か少し安心する。二つの相反する感情が私の心を支配していた。


 その時、みゆりが私を抱きしめた。ぎゅっと、強く。


 あぁ、なんて安心する温かさなんだろうか。私はこれ程のものにずっと包まれていたというのに――


「痛い、痛いよみゆり。骨折れちゃう」

「うん、あんたを壊すつもりで抱きしめてるからね」

「もう……」


 耳元から私のものではない嗚咽が漏れている。肩には雫が落ち、セーターに染み込んでくるのがはっきりわかった。


「もう、どうしてみゆりが泣くのよ」

「仕方ないでしょ。あんたのことが自分のことに思えるくらい心配してたんだから。……一緒に泣くくらい許してよ」

「もう……みゆりって本当に……ありがとう」

「うん、うん」


 互いに嗚咽混じりの言葉。それでも、いやそれだからこそこんな状態になるまで本音をぶつけられたのだろう。言えたのだろう。吐き出せたのだろう。胸に秘めていた、自分ですら認めたくなかったこの想いを。


 二人の涙は、まるで宝石のように輝いていた。それはまさに想いの結晶。思い続けることの大切さを、(ことごと)く表した結晶。


 そんな美しくも儚く、壊れやすい結晶が二つ、そこに生まれたのだった。


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