第0話 終わりの始まり
「すまない。もう……別れよう」
なんの前触れもなく私の頭を思い切り鈍器で殴ってきたのは、そんな衝撃的な一言だった。
「理由は……聞かないでくれ」
あまりの衝撃に私は呆然と立ち尽くす。頭の中は不透明な白に侵され、手足から感覚がなくなる。血の気が引いていくのが自分でもはっきり分かった。
自分の意識が光の届かない深海のような場所に落ちていく。救いの手を差し伸べる者は……いない。
思えば、その後の彼の言葉など、既に聞こえていなかったのかもしれない。
「……ごめん。………じゃあ…」
「あっ」
そう言って彼はその場から立ち去っていく。
私の小さな嘆きは、当然のように彼の耳には届かない。――届かせようとしていない。
遠くにいってしまう。
いつも一緒にいた彼が、手の届かない、いや……一生目にすることの出来ない場所に行ってしまう。そんな気がした。
去って行く彼の背中は、いつもより大きく見えた。思わず背中に向かって手を伸ばす。
その手は、湿りけたっぷりの空気を掴んだだけだった。
虚しく空を切ったその手は、途轍もなく重かった。まるで、腕に鉛を巻き付けられたかのように。
深緑の葉を茂らせた大木が、慰めるように私を影へと隠す。凪ぐ灰色の風が、私をすり抜ける。
そうして、五月蠅い蝉の音に嘲笑われる惨めで錆びたモニュメントが一つ、空に咲く花火に照らされ、ひっそりと佇むことになった。