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世界を撃った少女  作者: 機乃 遙
世界を撃った少女《The Girl Who Sold the World》
5/9

 焼け落ちた屋台骨をくぐり抜けて、チューズデイとウィルの二人は旧研究所の中へと入っていった。

 研究所の中は、外から見て想像したとおり。焼け落ち、溶け出し、冷え固まった廃墟だった。コンクリートと窓ガラスの破片とがそこここに散乱し、床を灰色に染めている。一歩踏み出すたびに、ガラスがバリバリと音を立てて割れた。

 そうして進んでいる間、チューズデイはサングラスのフレームに触れてスマート・グラスを起動。周辺の解析(スキャニング)を開始した。周囲の敵を捜索していたが、しかしこれといって反応はなかった。正真正銘、そこはもぬけの殻だったのだ。

「ねえ、ウィル。あなたはここで何をされていたわけ? バイロンの計画に心当たりは?」

 クリアリングを行い、進みながらチューズデイは問うた。

「何って……。言ったはずだ、僕にはよくわからないって……。僕にはこの施設に押し込まれたときの記憶しかない。だから、どういう理由でここに連れてこられたかは分からない。むしろマギーのほうが詳しいぐらいだよ。アンジーがあなたを殺すための訓練を受けてたなんて、知らなかったし……」

「じゃあ質問を変えましょう。あなたは、ここで何をしていたの?」

「訓練と検査をさせられてた……と思う。いつもは檻の中に閉じこめられていて、呼び出されたときだけ、外に出してもらえるんだ。それ以外のときはずっと檻の中だよ。檻の外に出されると、見知らぬ部屋に連れてかれるんだ。そしてベッドの上に固定される。身動きが取れなくなって、そして、投薬が始まる。VR没入装置を取り付けられて、あとは戦闘訓練だったり、不快な映像を何時間も見させられる。戦場を追体験させられるんだ。……わかるでしょ? 無人機(ドローン)脳をつなげる技術と同じだよ。脳に信号を送って、色々な経験をさせられる」

「そして、そこで戦闘訓練をさせられた、と」

「うん。でも、ときおり現実空間でもやらされたよ。子供同士で殴り合いをさせるんだ。負けたほうは、翌日呼び出されて、どこかにいってしまう」

「ぞっとしないわね」

 チューズデイは吐き捨てるように言って、歩を進めた。

 彼女は思ったのだ。自分の過去と、ウィルの境遇が似ていると。チューズデイもかつて薬物投与と洗脳実験により記憶を奪われ、名もない殺し屋としてCIAに操られてきた。ウィルも同じだ。記憶を無くし、兵器として人間以下の扱いを受けていた。彼女は自分の過去をウィルに重ね合わせてしまっていた。同情など覚えない、無慈悲な殺し屋だったはずの彼女が。

 やがて通路が重なり合う交差点にさしかかり、そこから開けた部屋に出た。そこには黒く焦げ付いたデスクトップ端末と、焼け落したスクリーンとがあった。相変わらず人気はなく、ただ焦げ臭い匂いと、ツンと鼻につく消毒液の香りだけがしていた。

「じゃあウィル、そういう実験をさせられた場所がどこかは覚えてる?」

「残念だけど、土地勘はないんだ。移動するあいだ、僕らは護衛の傭兵たちに囲われるんだ。僕らより、ずっと背の高い男たちに。そのせいで何も見えなかったよ。……でも、場所を見ればわかると思う」

「じゃあ、しらみ潰しにその部屋を探すしかないわけか」

 チューズデイは重いため息をついた。

 広がるのは、黒く焦げ付いた、墓標のような土地だけだ。楕円形の黒いシミと、筆で一色塗りつぶされたような黒い壁。そればかりがあって、それ以上は見えたらない。端末の残骸らしきものもあったが、どうやらそれは爆破かなにか物理的破壊を施されたようだ。粗い金属粉末が机上にあるばかり。証拠品には到底なりそうにない。つくづくここには何もなかった。


 それからしばらく進んだところで、チューズデイは地下へと通じる階段を見つけた。それは瓦礫に入り口を封じられていたが、一通りのスキャニングをしていたので発見することができた。

 チューズデイとウィルは、二人がかりで瓦礫を持ち上げ、何とか人一人通れるだけのスペースを確保。腰を屈めて、その内部へ足を踏み入れた。

 中は電灯も無く、真っ暗だった。

 チューズデイは、構えていたクリス・ヴェクターを背に回すと、キンバーの四五口径(フォーティファイヴ)を右手に構えなおした。片手ではキンバー・ロイヤルⅡを、左手にはフラッシュライトを握った。ライトを構えた左腕を土台に、キンバーを固定。警戒したまま、チューズデイは歩を進めた。

 もっともそこにヒトの反応は見られなかった。アヴィエーター・サングラスの形状をしたスマート・アイウェア。それに搭載されたスキャニング機能はあくまで簡易的なものである。だが、それでも生体反応、熱源反応、動体反応の検知ぐらいは可能だった。その証拠に、チューズデイには先ほどから足下を這いずり回るネズミの姿が見えていた。

 ――危険があるとしたら、それは光学迷彩を展開した無人機(ドローン)だけど……。

 最悪の状況を想定しながら、彼女は進む。ウィルを背に、カバーしながら。

 そして、ようやくチューズデイはそれらしき場所を見つけだした。

 黒く酸化した鉄の柱。子供の腕が通るか通らないかという間隔で配置された、巨大な鉄格子。かつてそれは白かったようだが、いまでは燃え殻のような黒と灰に支配されていた。

 足を止め、チューズデイはフラッシュライトで照らし出す。その光景を見て、後ろに控えたウィルは少年らしい反応を見せた。チューズデイの影に隠れ、こっそりとその鉄格子を見たのだ。

「……ここだ。間違いないよ。ここだ……ここだよ!」

 ウィルは思わずワルサーを構える。その手は震えていて、とても訓練の成果は見えなかった。

「やめなさい。ここにはもうなにも無いわ」

 とっさにチューズデイは左手を添えて、ワルサーをおろさせた。我が子をたしなめる母のように。

 だが、次の瞬間にはチューズデイがフラッシュライトとキンバーを構えなおした。理由は明白。なにかがアイウェア上に反応したからだ。

 フラッシュライトの尻でサングラスのフレームを叩く。視界はワイヤーフレームによる再構成表示に。白と黒で描かれる簡素で無機質な空間に変化する。

 動体反応有り。それは足下ではなく、中空にあった。少なくともネズミではない。では、迷い込んだ鳥か? コウモリか? それも違う。

「何かいる。……追うわよ、ウィル」

「追うって、なにを?」

「ターゲットにつながる何かよ」

 そう言うと、チューズデイはウィルの手を引き、動態反応の方へと駆け出した。


 ビンゴだ。

 動態反応を追った先にあったのは、一つの部屋だった。そこにはかつて高度な電子錠があったようだが、焼け落ちたいまでは意味を成していない。ブーツの底で蹴破ると、ホコリ臭い室内が姿を現した。

 まるでそこだけ火災を免れたような部屋だった。どす黒く焦げ付いたドアとは裏腹に、内部は白く洗浄されたよう。消毒液のような匂いが強烈に鼻につき、焦げ臭さを忘れさせるほどだ。中央には大きめの寝台があり、そこには革のベルトが五つ。両手足と首のぶんだろう。そして、枕元からインカムらしき別様のものが飛び出していた。それがインカムとは異なるとわかったのは、そのイヤマフの部分から長く伸びた()のせいだ。銀色に輝くそれを見れば、すぐにでも音を聞くためのものではないとわかった。

「これ、あなたが使っていたVR装置じゃないの、ウィル?」

「だぶん、そうだと思う……。ここだよ、間違いない。ここにアンジーと僕らはいたんだ」

「ここに、ね」

 針の伸びたインカムに一瞥をくれてから、今度はその近くにあった扉へ。どうやら隣に続く別室のようで、そこからはマジックミラー越しに実験室内を一望することができた。研究員が被験者の状態を監視するための部屋だったのだろう。

 だが、その証拠はもはや見当たらなかった。ここの操作端末もまた、何者かによって物理的破壊を受けていたからだ。ハンマーか何かで打ち付けられた跡と、爆破された痕跡が見える。操作卓は黒ずみ、もはや原型を留めていない。

 ――でも、なにか手がかりは……。

 黒ずんだ操作卓に触れ、その焦げ跡を削り落としてみる。ダメだ。群青色のプラスチック板が見えるきり。何も見当たらない。

「ウィル、この部屋に他に心当たりは? あなたをイジってた連中は、何をしてた?」

「僕らはこっちの部屋には入れなかったから、わからないよ。……でも、そうだ。何か紙を持ってたのは覚えてる」

「紙?」

「うん。僕らを縛り付けてた連中、板みたいなのに紙を挟んでた。ペーパーメディアなんて時代遅れだから、よく覚えてたんだ。たぶん一緒に燃やされたかもしれないけど……」

「データよりアナログなメディアで機密を保存するのは、たしかに間違ったやり方ではないわね。……ウィル、『華氏451』は?」

「なにそれ?」

「紙が燃え始める温度よ」

 そう言うや否や、チューズデイは大急ぎで周囲を荒らしてまわり始めた。

 幸いにもこの部屋には、そこまで火の手は回ってきていない。何者かが意図的にデジタルメディアを破壊した形跡はあったが、しかし紙媒体なら残っているかもしれない。

 監視部屋(モニタルーム)の戸棚を開ける。そこには焦げ落ちたプラグや、例の針の予備――あるいは破棄予定のものか――が並んでいた。そしてその奥に見つけたのだ。紙片を。

 それは大部分が黒ずんで粉状になりつつあった。だが、端のページ番号とホチキス留めされた部分。そして、タイトルらしき文字列だけは読み取ることができた。

 手に取り、その文字列に目を向けたとき、チューズデイの背筋にゾワリと悪寒が走った。

 そこにはこう書かれていたのだ。


 〈SATURDAY〉


 その直後、再び動体反応があった。今度はかなり近い。アイウェアはその動体が何であるかまで検知することができた。

 無人機(ドローン)だ。

「ウィル、腰を低くして! 逃げるわ!」

 紙片を投げ捨てると、キンバーを手に。チューズデイはウィルを後ろに押しやった。

 ――最悪のケースだ。これは……。

 サタデイ。破棄されたはずの、〈デイ計画〉六人目の実験体。チューズデイの姉妹。その計画が、いまだ続けられていたというのか?

 巡回用の警備ドローンだった。小型の四枚羽根と、九ミリの機関拳銃を備え持つ小型兵器。その動作ランプが暗がりで妖しく光っていた。赤色は、異常発見の合図だった。

 一撃。トリガーを引いて、威嚇射撃。だが、その相手は威嚇などものともしない。相手は人ならざるものなのだから。

 フラッシュライトをドローンのカメラへ。せめてもの目くらましをすると、二人は大急ぎで実験室を飛び出した。


     *


 無人機(ドローン)

 それが戦場を支配するようになったころには、もうチューズデイは第一線を退いていた。

 もっとも彼女が最後の任務を遂げたときには、すでに無人戦車(ドローンタンク)や、人工筋肉マッスルアクチュエータによる人造の猟犬(キメラ)は試験投入の段階にあった。だが、それもあくまで実験段階だ。戦場に普及し出したのは、それから五年あまりが過ぎたころだった。

 だから、チューズデイには無人機との戦いはわからない。むろん、職業柄それについての知識はある。特にバイロン社の製造するマシンは、有機体と人工知能を要する有機無人機だ。特殊な水槽で人工授精した品種改良済みの哺乳類――それは筋肉を摘出するためだけに、それ以外の部位のほとんどを意図的に退化させられている――を育成し、ある程度成長したところで屠殺。必要な部位(パーツ)を摘出し、マシンに組み込む……そういう代物だ。

 水棲生物の筋肉であろうが、それを戦闘機の翼に結合させれば、空を飛ぶようになる。科学の叡智は擬似的な生命の製造に成功していた。

 そしていま、チューズデイが目にしているのは、まさにそれだった。


 暗闇の中、チューズデイはウィルの手を引き、走った。聞こえるのは反響する銃声。かつて洞穴に潜んだゲリラ兵(ドブネズミ)たちは、その反響する爆音に耳をやられるため、ナイフと小口径の銃を好んだという。

 だが、無人機にそれは関係ない。

 狭い瓦礫の中を飛びすさぶのは、一機の小型航空機。四枚羽根を高速回転させながら、その中央には短機関銃(サブマシンガン)を備えている。銃口からマズルフラッシュを瞬かせながら、それは赤外線でチューズデイの姿を追っていた。

 耳鳴りがひどかった。瓦礫の中で反響する九ミリの連続発射。それは彼女の耳に残響を残し、頭痛をも与えた。

「頭を下げて! とっとと出るわよ!」

 この状況で、まともに無人機とやり合えるはずがない。

 チューズデイはただウィルの手を引き、走った。銃弾が上着の裾をかすめたが、気にしている余裕もなかった。

 やがて外から光が漏れるのが見えた。チューズデイはウィルを抱き抱えると、そのまま光の中で文字通り飛び込んだ。

 キンバーを右手に構えたまま、彼女は光の中へ飛び込み、背中から着地。左手で受け身をとる。と同時、右手のキンバー・ロイヤルⅡを真向かいに構えた。その先には、二枚羽根(ドローン)の姿があった。

 一発、二発、三発。無人機械に人殺しのセオリーは通用しない。残弾ありったけ撃ち込んだ。キンバーはホールドオープン。それと同時、二枚羽根はその翼をもがれ、無惨にも銃弾を四方八方にまき散らしながら墜落した。

 だが、それで終わったわけではない。予備弾倉(マガジン)を装填する。

「ウィル、ここから出るわ」

「でも、アンジーのことはなにも――」

「そうでもないわ。それに、私が依頼されたのは少女の殺害と、あなたの護衛なのよ、ウィル!」

 ハンドガンを手に、再びチューズデイはウィルの手を取った。


 ウィルの手を取ると、チューズデイはクルマに向けて走り出した。

 林のそばに停めたアウディRS3は、特に変わったようすもなくそこにあった。変化があったとすれば、風に揺れて落ちた葉がボンネットに散乱していたことぐらいだろう。

 キーレスエントリー。運転席に転がり込む。エンジンスタート。クラッチを踏みつけ、ギアを――

 と、チューズデイはすぐにでもその場を離れるつもりだった。だが、ウィルはそうではなかった。

 林の向こうには、いまだ二人を追う無人機があった。おそらく先ほど襲撃してきた機体と同型、偵察用の小型ドローンだろう。すくなくとも主要の攻撃部隊ではない。彼らの任務は、後続する主要部隊に標的の位置情報を善達することだ。じきに追っ手は強力になる。だから、チューズデイは今すぐにでもここを出たかった。

 だが、ウィルはクルマに乗り込むこともなく、助手席のドアを開け放ったまま呆然としていたのだ。

「ウィル! 逃げるわよ、乗りなさい!」

 しかしウィルは茫然自失。チューズデイの言葉は耳に届いていない。

「……アンジー、どうして……?」

 そのとき、吐息を漏らすようにウィルはつぶやいた。

 そして彼の視線の先に、チューズデイは見たのだ。一人の少女の姿を。

 ふたりのいる位置から五十ヤードほど離れた先。木立の中にたたずむ一人の少女。肩より短い赤毛に、そばかすの残った白い肌。あどけなさの残る幼い顔つきと、それとは裏腹に死人のように冷め切った青い瞳。無感情な表情は、まるで自律機械のような無機質さを有していた。

 ――アンジー。

 その言葉に、チューズデイも黙っていられなくなった。彼女はシートに投げたクリス・ヴェクターを取り上げると、車外へ。頬付けで構えると、銃口を赤毛の少女に向けた。

「ウィル、あの娘が例の――」

「アンジー、どうしてここに! 研究所はどうなっちゃったんだ! ……君は、予告どおり僕を殺しにきたのか?」

 だめだ。ウィルの頭にチューズデイの言葉は入っていない。彼は完全に自分と、アンジーの世界だけに入っていた。

 チューズデイには、まだ状況が理解できなかった。ただ一つわかっていたのは、そこに突然現れたのは、紛れもなく殺害目標(ターゲット)、アンジーであるということだ。ウィルもそう認めている。間違いなかった。

 ――だったら、やることは一つ。

「下がりなさい、ウィル!」

 チューズデイはヴェクターを構えたまま、射撃開始。当てる気のない威嚇射撃を敢行しながら、ウィルの前に立ちふさがった。そして彼の安全を確保するや、アンジーめがけてトリガーを引いた。ターゲットが向こうから現れたのだ。やることは一つ。殺し屋として、殺すのが彼女の仕事だった。

 だが、チューズデイの放った四十五口径弾は、すべてアンジーを貫くことはなかった。

 ――おかしい。

 疑念が頭の片隅をよぎったが、油断をしている暇はない。

 弾倉が空になったヴェクターから手を離すと、スリングは肩にかけたまま、彼女は腰に差したスタームルガー・MkⅢを抜いた。そして、不断に銃撃を行いながら、ゆっくりと目標へとにじり寄った。

 そして、そこでやっとチューズデイは確信した。そこにいる彼女(アンジー)は、彼女自身ではないと。精巧に作られた虚像(ホログラム)だ。

 チューズデイの放った弾丸のうち、その一つがなにかに衝突した。するとまもなく、それは電磁迷彩(ECS)が晴れるようにして姿を現した。

 四枚羽根に、内蔵型減音器インテグラルサプレッサーを装備したサブマシンガン。それが雷光をまといながら墜落していくではないか。

 ――アンジーじゃない。アレは擬態した無人機(ドローン)だ。

 四枚羽根は再び残りの残弾をありったけまき散らしながら墜落。そして、そのとき、まき散らされたうちの一発がチューズデイの右太股を貫いた。ウィルの盾になるようにして前に出た、それゆえの誤算ゆえだった。

「くっ……!」

 弾丸が肉を裂き、直後には大地に弾痕を穿った。貫通したのは幸いだが、被弾したことに代わりはない。久々に感じた痛みだった。

 スーツの下に着込んだ下着インナー型のスマート・マッスル・スーツが危険を感知。止血機能をすぐに作動させ、貫通から一秒後には彼女の肌をキツく締め上げた。だが、その痛みにチューズデイは耐えきれなかった。

 ――肉体の老化が、もうこんなに進んでいるのか。

 思わず片膝立ちになり、杖代わりにヴェクターのストックを突いた。出血が芝生の上に滴り落ちる。無人機は撃破できたが、

「あの……チューズデイ、僕は……」

「いいからクルマに乗りなさい! ……すぐに戻る」

 息をあえがせながら、彼女は応えた。

 ぐっと力を込めて、立ち上がる。痛みに耐えながら、彼女は墜落した無人機に一瞥をくれた――と、そのときだった。

 赤い髪の少女が見えたのだ。

 肩よりも短い、透き通った赤毛。そばかすの残る白い肌に、青く冷え切った瞳。遠く林の向こうにその影は見えた。

 一瞬、チューズデイはまたドローンかと疑った。ならば撃破しなければならない。杖代わりにしたクリス・ヴェクターを持ち上げると、リロード。頬付けで構えた。

 だが、その少女は何か口にしたかと思うと、陽炎のようにして消えてしまったのだ。

 むろん、彼女がなんと言ったのかはわからなかった。それどころか、その少女を目にしたことさえチューズデイにはおぼろげだった。痛みと出血が見せた幻想にさえ思えたのだ。

「チューズデイ、乗ったよ!」

 助手席からウィルが叫んでいる。

 その言葉にハッとさせられた彼女。チューズデイは、地に染まった足を引きずりながら、運転席に戻った。

 アクセルを踏みつける右足は、どこか力なく、弱々しい加速を与えていた。 


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