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世界を撃った少女  作者: 機乃 遙
Opening Act :
2/9

B-part : A New Career In A New Town

 荒れたアスファルトの路面を切りつけ、タイヤは甲高い音を鳴らした。ベッドの上で女が嬌声でもあげるようなスキール音。サスペンションが軋んで、湿った空気が揺れる。そして音は連鎖するようにして、薄汚れた夜の街にこだましていく。

 その荒々しい運転でクルマを乗り馴らしているのは、男ではなく、女だった。

 漆黒のアウディRS3セダン。それは、こんなスラム街には似合わぬクルマだった。フロントウィンドウ以外はすべてスモークグラスで、まるでVIP待遇。そのクルマだけが、通りから浮いて見えるほどである。

 しばらく街路を走らせてからドライバーの、“女”は路地裏にクルマを止めた。ちょうどゴミ箱の隣で、街灯の近くだった。もっともその灯りは小刻みに明滅を繰り返し、誘蛾灯となって羽虫をおびき寄せるばかりだった。

 そんな路地裏の暗がりでは、ガラの悪そうな黒人の少年たちが手巻きタバコを吸いながら言葉を交わしていた。砕けた英語は、一聴しただけでは聞き取れぬほど砕けていた。

 彼らは、その異質な高級車に好奇の眼差しを向けた。だが、ドライバーの女は何も応えず、またスモークグラスが互いを断絶させていた。ただ少年たちは、「妙なクルマが停まっている」とだけ囁きあった。無理もない、ガソリン車で、しかもアウディだ。このスラムにはそぐわない。

 しばらくすると、そんな薬物中毒者(ジャンキー)のあいだをかき分け、一人の男がやってきた。ヒスパニック系の、明らかに不法移民らしき男だ。彼は片手にファストフード店の紙袋をもち、必要以上に周囲を警戒していた。目深に被ったパーカーのフードは、彼の顔を隠そうと必死だった。

 それから男は件のアウディを見つけると、小走りで車体へと近づいていった。そして運転席側のスモークグラスをノックすると、焦った様子で舌打ちした。口の中ではガムを噛んでいるようで、唾液が泡の音を立てた。

 まもなくパワーウィンドウが下がった。車内からFMラジオの音がこぼれ落ちた。

 漆黒の内装(インテリア)の中に、女の姿がぼうっと浮かびあがった。その女は黒のスーツを着込み、顔はアヴィエーター・サングラスで隠していた。頭髪は白髪交じりの栗色で、肩のあたりでゆるくウェーブがかけられている。パサついた毛先は、年相応という雰囲気でもあった。

 もっともカーナビの灯が女の顔を妖しげに照らしたが、その全貌を明かすことはできなかった。女の素顔はどこにも見えない。ただその女がかなり年をとっているということだけは、なんとなく彼にも察しがついた。それは女の落ち着き払った態度だとか、ほうれい線が深く入った頬や、首筋のシワであるとか、すれた栗色の髪であるとか。ともかく色々な判断材料があった。しかし、実体は闇に包まれているように思えた。

「あっ、えぁ、ア、アンタが噂の運び屋か……?」

 男は、女と目を合わせぬまま言った。禁断症状だろうか、彼の声は震えていた。

「そうよ。あなたが連絡を寄越したジェイ?」

「そっ、そうだ。……約束通りだ。こっ、これを届けてくれ。場所は事前に連絡したとおりだ」

 と、彼は先ほどから抱きしめていた紙袋を差し出した。ファストフード店のロゴとキャッチコピーの書かれた、ごくふつうの紙袋だ。まだポテトの残り香がする。袋の側面では、マスコットキャラクターが両手をあげて飛び跳ねていた。

「き、きき、聞いたぜ。アンタ、かっ……金さえ払えば何でも届けて(﹅﹅﹅)くれるんらろ……?」

「ええ、そうよ。金さえ払えば、ね。……用意はあるの?」

「さっ、さ、サウス・アヴェニューの、ガソリンスタンド裏にある。こっ、コインロッカーに。その中にカギが、鍵が入ってる。要求通りのカネだ」

「前金は?」

「それだ。そこ。その紙袋の、なかだ。か、確認しろ」

 ガサゴソと物音。開くと、袋の中から植物性油と塩のにおいが広がった。

「たしかに。確認したわ。引き受けましょう」

「た、たた、たのんだぜ。……しかし、ウワサの運び屋が女とは。し、しかも――」

老婆(ババア)だっていいたいの?」

 そのとき、シフトレバーに置かれていた手がサングラスに向かった。クイと下げられたレンズの合間から、その女の顔が現れた。

 くすんだ白い膚、たるんだ目元。ぱっと見ただけでも、五十代中盤か後半ぐらいには見えた。しかし、その青く冷えきった眼光は、決して衰えてなどいなかった。獲物を狙う、狩人の瞳だ。

「ちっ、ちげえよ。……ただ聞いたんだよ。あっ、アンタが、む、むかし、政府(CIA)の殺し屋だったってハナシ。……お、大昔。まだ無人機ども(ドローンズ)が飛び回ってない、時代に。世界中の裏社会で暗躍した女殺し屋だって。こっ、ここ、コードネーム『ルビー・チューズデイ』……都市伝説だよ。カネさえ払えばどんな任務だってやってのける最高の殺し屋だって……。そのウワサが本当なのかと思って」

「引退したCIAが、こんな小金稼ぎをやっていると思う?」

「……そ、それもそうだな。すまん、忘れてくれ。とっ! ともかく! 気をつけてくれ。アイツの家には、イヌがいるからな」

「イヌ、ね……。ご忠告どうも」

 パワーウィンドウがあがる。スモークグラスが女の顔を完全に消し去った。

 そしてアウディはエンジンを蒸かすと、静かにその場を後にした。一袋のハンバーガーを手にして。


 次にアウディが停まったのは、それからおよそ四十分後のことだった。スラムを抜けた先の高級住宅街。丘の上に立った邸宅が、その届け先だった。

 時刻はすでに午後九時過ぎ。宅配便には少し遅すぎる時間だった。だが、彼女には関係のない。

 “女”は邸の手前にある低木近くにクルマを停めた。そして彼女は紙袋の中身を確認。そのなかにはいくつかの荷物が入っていたが、そのうちの一つが写真だった。 

動画印刷(ビデオ・プリント)が施された、一枚の写真。そこには白いアルマーニのスーツを身にまとった一人の男が映されていた。浅黒い肌に、恰幅のいい体格。禿げ上がった頭と、趣味の悪い十八金のネックレス。それが今回の届け先、ダビッド・ボルローニだった。

 確認を終えると、彼女はクルマのキーに手を伸ばした。だが、一瞬だけエンジンを切るかどうか迷った。というのも、垂れ流しにしていたラジオから懐かしい曲が流れていたからだ。

 デヴィッド・ボウイのA New Career In A New Town。古めかしい電子楽器の響きが、彼女の耳にいっとき過ぎ去った時を思い起こさせた。

――そうね。私は、もうずっと素性を上書きし続けてきた。

 ためらいは、しかし彼女の意志を歪めるほどのものではなかった。キーを回し、エンジンを切る。ノスタルジーから仕事へ切り替えるように。


 それから彼女は、紙袋を片手に歩き出した。通りは先ほどのスラムとは打って変わって平坦に整備されていた。

 上着の裾を揺らしながら、彼女はボルローニ邸へ向かう。クスリでも売って儲けたのか、それとも脅したカネで建てたのか。どちらにせよ、豪奢な家だった。アメリカン・ドリームを体現したような、血塗られた上に立つ豪邸。周囲は塀に囲われていたが、それでも高い屋根が顔を出していた。

 そしてまず“女”の前に現れたのは分厚い門だった。邸の正面玄関。鉄製の厚い門には、左右の柱に悪趣味なガーゴイルが立てられていた。見れば、その眼球にはカメラのレンズがあった。監視カメラだ。

 もちろんカメラに写るわけにはいかない。彼女はカメラの死角に立つと、そこから強引に柱をよじ登り、壁を乗り越えた。そして壁の頂上に立ったところで、彼女はかけていたアヴィエーター・サングラスに触れた。

 とんとん、とサングラスのフレームに軽く触れる。その直後、彼女の視界にはワイヤー・フレームが表示された。サングラスのフレームに内蔵されたカメラが周囲の状況を認識。さらにそれをCGで再構成、レンズの上に描出したのだ。暗視(NV)モードと解析(アナライズ)モードを同時に起動。ボルローニ邸の全容を明らかにする。

 そうして解析を終えると、彼女はようやく依頼人の言っていたイヌがなにか分かった。

 門を抜けた先にあるのは、広い庭だ。芝が一面に広がり、足下をセンサーライトが照らし出している。生け垣には花々と、定期的に水をまき散らすスプリンクラー。その奥に、二つ眼を炯々とさせるものがあった。CGで再構成された表示画面には、その瞳が真っ白く写っていた。黒目も白目もない、暗視カメラのような瞳。その二つ眼の持ち主は、先ほどのガーゴイルのような置物ではなかった。筋肉質の四脚を備えた猛犬だ。

 それは確かにイヌのように見えた。だが、サングラス内に仕込まれた小型スキャナーの回答はそうではなかった。肉塊であるはずのイヌから、多量の金属反応が検知されている。視界上では白く濁って見えるのだが、その濁りとは、そのイヌが有機物ではない(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)と示していた。

 ――有機無人機(ドローン)か。

 その姿を見て、思わず“女”は歯噛みした。

 ドローンの、それもキメラ体だ。見かけはドーベルマンのように見えるし、確かにその血肉の七割以上はナマモノだ。しかし、残りの三割は異なる。その大部分を占めているのが、その脳髄だ。生の脳は一部を残してかき出され、量子通信同期型の人工知能(AI)を載せられている。またその四肢を支える骨や筋肉も、防腐処理を施された人工筋肉や、チタンフレームにすげ替えられていた。つまり、それはゾンビだ。血肉を残して、機械にすげ替えられた人工の番犬。

 その多くは、死亡した軍用犬などをオリジナルとするらしいが。おそらく、ここにあるものは違うだろう。保健所で殺される寸前だったドーベルマンでも連れてきて、無理矢理に改造を施したと見える。その根拠は、イヌの耳が無いことや、血肉の痛めつけられた跡からわかった。元軍用犬にしては、あまりにも仕事がお粗末過ぎるのだ。

 ――イヌがいるとは、そういうことだったのだ。

 これは想像より厄介な仕事だと、彼女は内心毒づいた。小金稼ぎのマフィア殺し。売人の手伝い。その程度だと思っていた。だが、少々厄介なことになっていた。

 彼女は壁から飛び降り、芝生に着地した。その瞬間、聞き耳を立てていたようにドーベルマンが振り返った。

 即座に臨戦態勢へ。四脚がすっと持ち上がり、その体躯を支える。もはや感覚センサに成り下がった鼻を鳴らし、縫い閉じられた口から無言の咆哮をあげた。そうして本能に従うようにして、海馬に括り付けられた戦闘知能(AI)の指示通りに飛びかかってきた。

 “女”は、そのイヌに対するように身構えた。左手に紙袋を持ち替えて、右手をジャケットの内側にやる。シャツの上から革ベルトで吊った拳銃と、足首の挿したナイフ。彼女はそのうちのナイフを、ナイフシースより引き抜いた。片刃のコンバットナイフは、ブラック・コーティング。鈍く黒光りし、月光を反射した。

 飛びかかる機械犬。白く濁った瞳が、月明かりを犯すように宙を舞った。それに呼応するようにして、“女”はナイフを突き立てる。

 一瞬だった。刃はイヌの頭部を突き刺していた。頭部の、それも機械化された鋼色のところだけを貫いていた。その手応えは肉を貫いたというよりも、鉄を打ち付けたような感触に似ていた。

 びくんっ、と電撃が流れたように四肢をのたうつ。イヌはその一瞬だけ動きを見せたが、直後には死んだように動かなくなった。それが彼にとって正しい姿だった。無理矢理に筋繊維を動かされた剥製ではなく、死体としての姿が。

 “女”はそのイヌを芝の上に寝かせると、丁寧にナイフを抜き、ナイフシースに刃を戻した。血は一滴も流れず、代わりにエンジンオイルのような粘性の液体があふれ出た。

 ――ここで眠っているといいわ。

 胸元で静かに十字架を切る。

 “女”は再び玄関を見やった。これで門番は片付いた。

 

 彼女にとって潜入とは、造作もないことだった。カラダに染み付いた感覚が、すべてを成功に導いている。

 庭を抜けた先の玄関には、監視カメラが一台吊り下げられていた。“女”はそれを避けて通ると、再び安全を確認。屋敷裏の窓辺にまわった。

 窓にはセキュリティのケーブルが走っていた。警戒作動状態では、誰かが予告なしに扉を開くと、警報が作動。警備会社と警察に通報が行くという仕掛けである。だが、それらセキュリティについても彼女は熟知していた。

 彼女はブーツに挿したナイフを取り出すと、その切っ先をサッシに深く滑り込ませた。そして、その刃を静かに、かすかに上へズラした。ケーブルを切ったのだ。それで警報システムへの接続は切断された。

 窓を持ち上げ、彼女はボルローニ邸内へ侵入。警報は無言を貫く。

 ちょうど屋敷の裏側は、バスルーム近くの廊下に通じていた。灯りはついていない。間接照明も無し。月明かりが仄かに差し込むのみ。静けさがすべてを支配していた。

 化学繊維の絨毯を踏みしめながら、“女”は壁伝いに奥へ。息を殺し、腰を落とし、気配を殺しながら先へ進んだ。

 そしてバスルームを抜け、ベッドルームの入り口までたどり着いた、そのときだ。

 ゴソリ、と物音がした。それから衣擦れの音も。言葉にもならない、男のうめき声。それから床を踏みしめる音。あくび。ベッドルームから聞こえてきていた。

 ――ボルローニは起きている。

 “女”はそう確信すると、即座に作戦の変更を決断した。

 屈めていた腰を上げる。そして紙袋を軽く持ち上げたかと思うと、そのままベッドルームへと直進。ちょうど扉から出てくる男と鉢合わせた。

「なっ、おまっ……!」

 間違いなく、それは今回の目標、ダビッド・ボルローニだった。

 彼女はボルローニに息をする暇さえも与えなかった。紙袋を構えたまま、“女”はナイトガウン姿のボルローニの、その脇腹に右手を滑り込ませた。

 そして次の瞬間、破裂音が響いた。その炸裂は、紙袋の中から弾丸が飛び出した音だった。

 一瞬の出来事だった。彼女は右手を紙袋に突っ込んで、そのまま中にある銃のトリガーを引いたのだ。四十五口径(フォーティファイヴ)、サプレッサーを装着した民生品のガバメント・クローン。そこらの小売店で買える、ありふれた銃だ。そこから吐き出された弾丸は、ボルローニの腹に大穴を穿ち、なぎ倒した。

 それから“女”は勢いそのまま、ボルローニの巨体を壁に押しつけると、もう一発、二発と銃弾を浴びせた。腹に一発。心臓に一発。そして眉間に一発。押しつけた銃口を離すと、ボルローニは力なくその場に倒れ臥せった。

 ――届け物はちゃんと地獄にたどり着いたようだ。

 サングラス越しに死体を確認。もう息はなかった。

 だが、生きている者はいた。

 ベッドルーム。シーツの中から衣擦れの音がする。すぐに彼女は、その音のする方向へ拳銃を向けた。

 おおかた予想は付いていた。

 ベッドから這い出てきたナイトガウン姿のボルローニ。それだけで察しがつく。シーツの中でふるえていたのは、ボルローニ夫人だった。

 彼女はシーツとマットレスの隙間から亡き夫の姿を目にするや、条件反射的に手で口を塞いだ。そして吐き気を拒否するように死体から目を逸らした。

「申し訳ありません、ミセス・ボルローニ」と、銃を向けたまま“女”は言った。「しかし、これはそういう仕事なんです。マフィアの人間と婚姻を交わした以上、いつかはそうなると予見していたでしょう? ……ミス、私はただ旦那さんに届け物を届けた。それだけの話しなんですよ」

「なんて……なんてひどいこと……あなたは……いったい……?」

「ただ運び屋ですよ。ときおり副業もしますけどね。払いのいい顧客がいればの話ですが……。今回ミスタ・ボルローニはツイてなかった。恨むなら、金を払った新興成金をどうぞ」

 言って、銃口を向けたまま、“女”はミセス・ボルローニへと一歩近づく。

 そしてシーツを剥ぎ取ると、彼女はおびえる夫人に寄り添うようにして、そっと顔に手をあてがった。だがそれは、決して未亡人を憂うためのものではなかった。

 夫人の右手に這うようにして、“女”の手が近づいた。そして彼女は、夫人の右手に四十五口径を持たせたのだ。

 もちろん、ボルローニ夫人も反抗しようとした。しかしそのような素振りをした瞬間、殺されると直感した。その“女”の放つ殺気が、そう脅迫しているように思えたのだ。

「そうです。あなたは賢い女性だ。そのまま、銃を握って。構えて……ええ、そう」

 “女”の手が夫人に寄り添い、未亡人への最後の慰みを与える。四十五口径は二人の女の手に寄り添われ、ミセス・ボルローニの額に押し当てられた。

 ミセス・ボルローニの褐色の膚に、熱を帯びた銃口が突きつけられる。

「さあ、旦那様はそちら側です。わかるでしょう、私が言っている意味」

「あなた……あなた、なんてこと……あなた……! いったいあなたは、誰なの……? どうして……どうしてこんなこと……! 死にたくないわ!」

「チューズデイと。かつてはルビー・チューズデイと呼ばれていた。でも、今はそんな名前は存在しない。……仕事ですよ。ちょっとした、副業です」

 次の瞬間、パスッ……という銃声が室内に小さく響いた。


     *


 報酬は確かにあった。サウスアヴェニューのガソリンスタンド裏、コインロッカーの中身。そこには丸められたドル紙幣が袋詰めされて入っていた。

 アウディで乗り付けたその“女”は、カネだけ受け取ると、その場で証拠となる紙袋の類に火を付け、燃やし始めた。燃え殻は近くのゴミ箱へ。ただの消し炭になっていた。

 そうして彼女は、再びアウディに乗り、モーテルを探して走り出した。

 その途中、彼女はカーステレオでラジオを聞き続けていた。FMは、ひたすらハードロックを垂れ流していた。どこかの誰かが殺されたなどという話は、誰も口にしていなかった。

 ステアリングを握りしめる彼女の手は、ひどく落ち着いていた。人一人殺した後などという様子はない。ただ、一仕事終えて帰ってきたというだけに見える。老いた容姿のせいもあるが、もはや彼女はただの仕事帰りの事務員にしか見えなかった。しかし、事務員にしてはいささか眼光が鋭すぎただろう。

 夜のハイウェイを飛ばしながら、女は眠気覚まし代わりのタバコを吸った。ジョン・プレイヤーズ・スペシャルの煙がシートに染み着いていった。


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