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哀愁カニバリズム  作者: 原田昌鳴
8/18

【8】


 目的の生け贄集落とは、キャンプ場と市街地とのちょうど中間の、島の一番標高の高いところからひょいと細い横道に入り、数分下りたところに、本当に孤立した状態でひっそりと存在していた。

 小さく開けた谷に民家の瓦屋根がへばりつくように並んでいるのが林道の先にかすめ見られた。

 世帯数三、四十戸ほどのその集落は、その名も手縄村という。

 手に縄とはいかにも自虐的じゃないか。

 そもそもこの手縄村の異様さは、集落に入ってすぐに目につくほど露骨なのだった。家々はどれも平屋で、しかもどの家も三メートルはあろうかというほど高いコンクリート塀に囲まれていて、塀の上から屋根がちょいと覗いている程度なので陽が入らぬし、絶対に外から中が見えぬ。それはいかにも「覗くな!」と家自体が言っているかのようである。自分には、人肉を食すところを人に見られてはならぬからこんな異様な塀を設えたとしか思えぬ。いや、ここは隠れキリシタンが逃げ込み入植した村であるから、元始、この塀は人目を避けてキリスト教を信仰するための目隠しとして設えられたのかもしれぬが、しかし現代は信仰の自由、リベラル、フリーダム、という社会体制なのだからこんな陽の当たらぬ塀はぶっ壊してしまって差し支えないはずである。そのほうが明るい家庭を築けるはずである。「なのになぜ?」と考えると、自然と人肉に行き着いてしまうのだ。

 高い塀に囲まれた路地はどこも車やトゥクトゥクがやっと一台通れるほどの細さであり、まるで要塞に両脇を囲まれているようで、凄まじい圧迫感である。通り抜ける風がヒュルルルルルと、ハイトーンで耳元をかすめ過ぎる。北向きの山間にあるもんだから真昼だと言うのに影に覆われている。とにかく陰気くさい。

「不気味だね、ウッホッホ、良いね良いね、画になるよ、この村」

 梶川が言うには、ちょうど明日が豊年祈願祭であるということであったが、祭り、という雰囲気はどこにもなく、ましてや誰一人出歩いていないので、村人すべてが息絶えたのかと疑いたくなるような静けさ。そんな中、発狂野郎・梶川とぐったりした自分を乗せたトゥクトゥクがボボボボッという間抜けな音を方々の壁に反響させながら村の中を駆けめぐる様は、やはり浮いている。

 まずは下見だ、ということで村中を隈なく駆けめぐっている最中も、結局誰にも出会わなかった。それはそれで奇妙なのであるが、この島の人間に恐怖を抱いている自分とすれば、人を見ない分どこかホッとした気持ちにもなる。人を喰っている事実が怖いのではない。人を喰っている人間の存在が怖いのである。自分が拉致され、殺され、喰われる対象になってしまうのではないかという不安が、昨日から心の奥底で絶えず震えているのである。

 こんな不気味な集落にも、公園があった。

 集落を抜けて細い山道を登り始めるその坂の麓に公園があるのだが、なんとその公園は綺麗に整備され、ゲートボール用なのかなにやらロープでコートが象ってあり、使用感のあるバスケのゴールもあり、公衆便所の電灯の電力源はなんとソーラーシステムであり、風見鶏が集落を見下ろすように設えてある。ああ、やっと出会った生活感。自然に笑みがこぼれちゃう。良かった良かった。やっぱり人など喰わないよ、だってゲートボールに汗を流すような健全な村人なんだもん、もしかしたら本日はゲートボール全国大会などがあって、村人は全員大会に出場、もしくは応援に出かけているから人っ子一人見かけないのではないの? そうかもね。

 そのようにポジティブに思考を持って行き、無理矢理安堵していると、梶川が自分に持たせていたリュックの中からビデオカメラを取り出してテープをチェック、巻き戻し、それを自分に手渡し取扱の説明をしたと思ったら、

「そんじゃあまず、村の様子の撮影しようか。僕が運転するから、君は後ろから進行方向にカメラを向けてこの村を撮って。オッホッホ、わかった? あらら、良い天気」

 と上機嫌でトゥクトゥクのスロットルを吹かした。

 いよいよ仕事でっせ、と自分も多少の意気込みを憶え後部座席に乗り込むと、いざ出発。撮影開始。しかし、やはり梶川は昂揚し発狂していて、その声がすべてマイクロフォンで拾われている。それで良いのであろうか、とアシスタント心がうずいたので梶川の肩をポンポンと叩き「おっちゃん、その声入っちゃってるけど、いいの?」と訊くと、梶川は一旦停車。そして不機嫌そうに「もぉ~、ダメだよぉ~、僕の指示通りに動いてよ~、流れるように村を撮りたいんだからぁ。画が撮れてれば良いの。後でBGM付けるからそれで良いの。もぉ、もっかい公園からやり直しっ!」と、来た道を戻って再び公園に来た。

「いい? 僕がOKって言うまで黙ってビデオ回しててよぉ。むふっ」

 撮ってやってんのになんで怒られなくちゃならねえんだ、と通常ならばむかつくところであるが、これも仕事、自分は梶川のアシスタントに違いないのでご主人様の言うことは絶対、確かに梶川、しっかりと撮る段取りを計算していたのであって、そこはさすがだわ、と反省した自分は「ああ、ごめんごめん」と簡単に謝って撮影再開となった。ぐるぐる、ぐるぐる、うひょ~、ぐるぐる、うひょ~、と梶川は村の中を駆けめぐった。自分は一応集中し、きちんとビデオのモニターを見て撮影。なんの問題もなく順調に撮影は進んだのだった。

 が、突如、事態は一変した。

 村人が、いたのである。

 そこは雑草の生えた小さな畑が棚田のように並んだ村の外れにある森の中。梶川の発狂につられ、自分もついつい奇声を上げながら撮影をしていたのであるが、ああ、もう村から外れたな、そろそろUターンかな、なんて思いつつ見ていた四角い液晶モニターに、すっと真っ赤な鳥居が映り、その奥の広場の一カ所でぎゅうぎゅうになって座っている白装束の数十人が、こちらを見ている画が飛び込んできたのである。

 なぜそこまでハッキリとした画が見えたかというと、梶川が、なぜかその場で停まってしまったからである。

「あらららら、おっちゃん、まずいんじゃない? いかにも密会って感じよ」

「オッホッホ……」

 自分たちも固まっていたが、同様に白装束たちも固まっていた。

「イッヒッヒ……。あの~、祭りがあるって聞いたもんだから、ちょいと屋台で焼きそばでも食べようかなぁ、なんて思っちゃって、オッホッホ……」

「あ、あの、自分はその、金魚がすくいたいな、ってことで……」

 鎮守の森に、我々の嘘が白々しく響いた。

 すると、ぎゅうぎゅうの真ん中に座っていたつるっ禿げのじいさんがのそっと立ち上がり、鋭く細い目でこちらを凝視、座ったままのじいさんばあさんを手で払い除けながら道を作り、ゆっくりとこちらに向かってくる。ああ、もうダメだわ、と自分は観念した。

「祭りなんかないとよ」

 我々の前に立ちはだかったじいさんは、至極低い声でそう言った。震えたような声だった。

 すると、座ったままの大勢が「祭りなんかないと、そんなもんないと」とつるっ禿げの言葉を反復、それはやがて奇妙な笑い声に変わり、辺りはじいさんばあさんの声のうねりで異様な雰囲気に包まれた。

「おぃ、わいどま、なぬしちょっと! うぉ? なに撮っとると?」

 立ちはだかるじいさんに撮影を咎められると、自分は言い訳に窮し、とっさに出た言葉が「ワタシ、台湾人ネ、ニホン、イイトコネ、オモイデニ、ビデオトルネ」であった。

「わいどまぁ、さっき金魚すくいがしたいゆうとらんかったと? 流暢な日本語で」

 自分は笑顔で首を傾げ、日本語のわからないふりを貫いていると、梶川が援護のつもりかハチャメチャなことを言う。

「おいおい、ダメだよ、なにビデオなんか撮ってんの? こいつ、いっつもこうなんすよ、ビデオ馬鹿、そう、ビデオ馬鹿の留学生。毎朝自分のうんちまで撮っちゃうの。オッホッホ……、そうそう、日本人の糞尿が日本式農業にもたらす臨床効果、なんてのを専門にやってる留学生、オッホッホ。にしてもあいつ、嘘つきやがったな、いやね、あのでかいホテルの姉ちゃんがね、この村で祭りがあるから行ってみな、楽しいよ、焼きそばおいしいよってんで来ちゃったんだけど、僕、嘘つき嫌い、嘘つき許さない、オッホッホ……」

 さすがにじいさんも呆れたような顔に変わり、その隙をついて梶川はエンジンを始動、瞬く間に我々はその場から立ち去った。

 背後で、座ったままの大勢の、日本語とも欧米語ともわからぬ土臭い祈りのような声が響いていた。


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