【6】
「なんでこんな辺鄙な所の、しかもバンガローなのよ、おっちゃん」
こう訊く自分に梶川はもっともらしく説明をする。
「そりゃあ君、念には念を入れてるわけよ。もしも例の集落の人間が襲いに来ても、ここならわからないでしょ。まさかバンガローに泊まってるなんてわかりっこないよ。もしわかってもこんなに辺鄙なところまで追ってこないでしょ?」
「そうかなあ? 来るときゃ来るよ。現代にゃ車があるんだから。それに犯罪者だって都会に逃げ込むのが常ってもんよ。紛れたほうがわかんないじゃん。しかもここには我々以外誰もいないんだから、向こうにすりゃあ安心して襲いに来れるよ。殺されてもきっと三日四日は発見されないな」
「君はまだわかってないの? 僕ら殺されてもきっと発見されないよ」
「なんで」
「だって彼ら、僕たちを喰っちゃうじゃないの」
「あ、そっか。そりゃ見つからねえわ」
「オーッホッホッホ!」
「ガッハッハ!」
笑ったは良いが、自分は心も体も疲れ果てていて、日が暮れたことにもしばらく気がつかなかった。
十二畳ほどの広さのバンガローの中は、なぜか三つの窓すべてにカーテンがなく、電気など点ければまるで中年動物園、外から我々が丸見えである。確かに人里離れていて人気など皆無であっても、それではやはり落ち着かない。しょうがないので自分はシャワーを浴びて、大便かまして、買ってきたカップラーメンを食ってさっさと寝ようと思っていたが、豪雨はなおも続いており、箱形のシャワー室はバンガローから二十メートルも離れており、なんと、トイレはそこからさらに十メートルも離れていて不便極まりない。この豪雨では傘を持たない我々はそこまで辿り着くことができぬ。辿り着いてシャワーを浴びても、帰りに再びびしょ濡れである。
ならばせめてエアーコンディションでも、と梶川を促すと、むかつくことに、
「ええっ? 君寒いの? 僕暑いぐらいだよ、蒸し蒸ししちゃってさぁ。君は寒いかもしれないけど、僕は暑いの。だからエアコンはつけないのが僕ら二人にとっては最良の選択なんだよ。ウホッ、自分のことばっかり考えてると、生け贄にされちゃうよ、協調性だよ、協調性、オーッホッホ!」
と抜かしやがる。完全に金をケチってそう言ってやがる。
寒さと怒りで震えがとまらなかったが、とにかくこんな辺鄙な所で梶川といざこざを起こし、自分一人出て行くことになっても困る、それに現時点ではまだ仕事というものをしてはいない、男たるもの、一度仕事をすると決めたのだから逃げるわけにはいかん、と、自分は怒りをぐっと我慢し、シャワーはあきらめて、大便はバンガローの裏でかますことにしたのであるが、もうすでにそこには梶川のものと思われる活きの良い大便がへばりついていた。ああ、大便すら梶川と寄り添うのか。
……夜も九時を回り、梶川はぐしゃぐしゃの原稿用紙をテーブルに広げ、なにやら原稿を書き始めた。ちらっと覗くと、恐ろしく角張った字で『首長族よ、奮起せよ!』と六十年代のアジビラのような雰囲気のタイトルが見えた。
『過去数年に渡るフィールドワークにおいて私は、タイ北部からミャンマーにかけて分布する首長族の首が、現在人類学者の間で定説となっている長さよりももっと長い、およそ2mまで伸ばせるのではないかということを……』
そのような本文もちらりと見えた。
このように忙しい梶川を横目に、自分はガスコンロで湯を沸かし、カップラーメンをすすり、煙草を一服し、蚊取り線香の臭いのする布団に潜り込むと、ものの数秒で深い眠りに落ちたのであった。