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哀愁カニバリズム  作者: 原田昌鳴
2/18

【2】


 いざ出発という時になって、ちょっと不測の事態が起こってしまい、すぐに自分は南に電話をしなければならなかった。梶川から鹿児島までの交通費が現金書留で送られてきたのであるが、同封されたメモによると、なんとその交通手段とはバスだったのである。

 午後九時、新宿を出発。博多駅到着は日付が変わって翌日の正午過ぎ。博多バスターミナルから午後一時半の便に乗れば鹿児島着が午後六時。ざっとこのような手順。割引が利くので、すべて往復で買うこと。………

 自分が編集者である南に文句を言うのは当然の成り行きである。九州の末端まで窮屈なバスで行きたがる者がどこにいるのだ。しかし南が言うには、今回は梶川に渡した経費の中にアシスタントの諸費用も含まれているので、交通手段がバスだろうが飛行機だろうが、そんなことはこちらの知ったことではなく、すべては梶川の算段である、と言うのである。

 自分は梶川の吝嗇ぶりに動揺した。

 遊びのつもりで引き受けたに違いないが、面倒くさいことこの上ない。が、一度引き受けたことであるからには行かないと男が廃る、と自らを無理矢理奮い立たせた自分は、そんなこんなでバスに乗り込み、乗り換え、とうとう薩摩の国、鹿児島までやって来た。チケットを買う度に領収書を「梶川漫歩」でもらうのであるが、それがまんまと梶川の罠にかかっているような心持ちがして腹立たしかった。

 夕陽を浴びながら路面電車に乗り込み、メモに記してあった鹿児島駅付近の指定の宿まで行くと、公民館のような無機質な二階建ての建物の中から優しそうな腰の低いおばあちゃんが出てきて、自分を部屋まで案内した。おばあちゃんは良さそうな人なのであるが、部屋はオンボロであった。畳の沈みかけた六畳の部屋で、破れかぶれのふすまは容赦なくマンションやらピザ屋やらのチラシで補修され、十四型ブラウン管テレビの上のデジタルチューナーには埃が山積している。清潔感があるのは手ぬぐいの掛けられた急須だけ。訊くと、一泊千円という激安。ならばしょうがない、というか、布団もテレビもポットもあるだけに、値段のわりには素晴らしい宿かもしれない。それに自分が宿代を払うわけではないので、まあ文句も言えないのである。

「梶川さん、フェリーでいらっしゃるそうですが、十一時を過ぎるとのことですよ」

 とおばあちゃんは言った。

「いつも車のような、バイクのような乗り物でいらっしゃるんです」と言うことから、梶川がこの宿の常連であることが知れた。

 窮屈極まりないバス移動で疲労困憊であり、飯を喰らうことすら面倒だったが、極限の空腹ということで近所のコンビニまで行ってカップラーメンとビールを買って宿に戻ってくると、窓の外からプアーンという汽笛の音が聞こえた。顔を覗かせると、闇夜に竜宮城のような派手な電飾が浮かんでいる。それは鹿児島市内と闇夜に隠れた桜島とを結ぶ客船であった。

 やっと鹿児島らしい風情を感じることができた自分は、ビールのおかげもあり、知らぬ間に眠っていたのである。


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