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哀愁カニバリズム  作者: 原田昌鳴
17/18

【17】


 ほれみれ、梶川のトゥクトゥクもちゃんと停車してある。

 やったやった、ひとりぼっちじゃない! 

 自分の心はすっかり浮き足立ち、また安堵し、どれほど己が心細かったかを思い知るのであった。集落に人の気配がしなかったのも、きっとみんなこっちの祭りに参加しているからだ。

「なんだよ、まったく。二部制ならそう言ってくれよ」

 しかし梶川の吝嗇ぶりも脳裏に浮かぶ。奴、自分を誘いに来なかった。自分を一人公園に置いたままにして楽しみを分け与えなかった。心の部分での吝嗇は金に対するそれよりも悪である。ヤな奴だぜ。自分は笑顔で梶川とサルに文句を言ってやろうと考えていた。

 そんな浮き足だった心に再び妙な暗雲が差したのは、人々の笑い声だと思っていたものが、どこかで聞いたことのある不協和音だと気づいた時からである。その声は、昨日密会から逃げ出す時背中に聞いた、あの土臭い祈りの声に間違いないのである。背中にゾクッと寒気が走り、足が止まり、頭脳が妙に冷静になった。

 ゆっくり近づいて行くと、鳥居へと続く入り口を塞ぐように停車された梶川のトゥクトゥクは、フロントガラス全体がクラッシュ、蜘蛛の巣を張ったような模様に破壊されていた。

 自分はとっさに地面に伏せた。よくわからないが、姿勢を低くしなければと考えた。そして停車してあるトゥクトゥクの横までほふく前進で到達すると、注意に注意を重ね、車体の下部から鳥居の奥の広場に目をやった。

 内部が見える。

 内部の光景。そこには既視感があった。

 広場には、昨日の密会に参加していたらしいじいさんばあさんがいるのであるが、本日も全員が巫女のような白い恰好をしていて、井形の木組みからそそり立つ巨大な炎を中心に輪になって座り、パチパチパチパチ、変則的なリズムで手拍子をし、何語かわからぬ、デタラメなお経のような歌を昂揚した調子で歌っている。輪から離れた隅っこではよぼよぼのじいさんが、見かけによらぬ強い力で和太鼓を叩いて調子を整えている。

 なにが既視感かといえば、焚き火と、それを取り囲む白装束のじいさんばあさんの間で、昨夜のごとく素っ裸の梶川とサルが奇声を発しながら踊り歩いていたことである。

 そして今日はもう一人、彼らと共に全裸で踊っている者がいる。サルと同じく貧相な裸体、眼鏡、三つ編み。誰かと思えば、それは間違いなくミスきびなご、五反田富子だった。

 獣のように猛々しい炎を中心に全裸で踊る三人。その三人を囲み手拍子と声で調子づける奇怪極まりない白装束たち。

 やがて、太鼓がダダンッと締められ、それを合図に地べたに座った白装束の大勢が、天に向けて大きく腕を伸ばし「くみぬぅ、くみぬぅ、きたれりぃ、うぎぃ、うぎぃ、きたれりぃ、わらぬくみぃ、わらぬくみぃ!」などと意味不明の言葉を絶叫しながら、ぐいぐいと尻を動かし、炎と、その奥の森とを繋ぐ一本の道を開けた。すると昨日自分たちに撮影を咎めたあのつるっ禿げのじいさんが満を持して輪の中から立ち上がった。じいさんは炎の円周を全裸で踊る者たちに近づいた。そして手に持っていたしきびの枝で富子のケツをピシャリと叩き、叩かれるたびにウッホと一跳ねする富子を、開けられた道へと誘導し始めた。のろまな馬を急かすように、じいさんは富子のケツを何度も叩く。富子は何度もウッホウッホと飛び跳ねる。やがてじいさんと富子は、奥の林の中に消えていったのだった。

 何が起きるのであろうか……。炎が、自分の顔に熱を伝える。自分はいつのまにか中腰になり、トゥクトゥクの前輪の上に顔を出し、この様子を凝視する体勢をとっていた。

 しばし後。

 じいさんが手にたいまつを持って登場。さきほどから意味不明の言葉を発し続けている白装束の老人たちを制するように両腕を大きく広げる。

 そして、

「くみぃ~、きたれりぃ~! き~た~れ~りぃ~!」

 と天に向かって絶叫した。

 間もなく、林の奥からおばけのような野郎が登場した。胴体が幾重もの枯れ葉に覆われ、その顔は真っ白いおたふくのような微笑みの面を被り、やはりしきびの枝を手にしている丸い野郎である。まことに異様なことこの上ない。ボディが禿のじいさんの倍ほどもあり、その威圧感がこの鎮守の森を征服している主のようにも見えた。

 このおたふくの登場に、白装束たちは発狂の度合いを強めた。

「うぎゃぁ~、くみぃ~! くみぃ~!」

 白装束たちの発狂には、もはや涙も混じっていた。

 おたふくは横綱の土俵入りのごとく不器用に四股を踏みつつ、ゆっくりと輪の中心にある炎の方へと近づいていく。しかしその四股は、面のおかげで滑稽に見える。周りを取り巻いている大勢がそんなおたふくに勢いをつけるべく、両手をおたふくに向かって突き出しひらひらひらひら揺らしながら、再びお経のような歌を力強く歌い始める。太鼓が絶え間なく連打される。

 調子づいたおたふくは、キョロキョロと辺りを見回しながら飛び跳ねる。

 四股を踏んだり飛び跳ねたりと、なにかともったいぶっていたおたふくもじいさんに促されてようやく炎に近づいた。そこでは未だに全裸の梶川とサルがウッホウッホと踊っていた。

 こちらから見た限り、梶川とサルは終始笑顔であり、完全にラリっているようである。じいさんはそんな二人のケツを富子にやったようにしきびの枝でピシャリと叩き、輪の外に追い出した。もはや踊ることをやめられないのか、梶川とサルは今度は白装束のまま取り乱す老人たちの外周を踊り周るのであった。

 さて、円の中心では驚くべき事が行われようとしていた。

 じいさんが天に向かって大声でなにか叫ぶと、白装束たちが再び複雑な手拍子を開始。じいさんの叫ぶ後に続いて、同じく全員が叫ぶ。そしてじいさんは、キョロキョロしつつ飛び跳ねていたおたふくの枯れ葉に、なんと、持っていたたいまつの火をかざしたのである。

 火が小さな破裂音を立てながらおたふくの胴体を覆っていく。枯れ葉だけに火はあっという間に巨大に成長し、辺りはいっそう赤々と色を増した。

 巨大な火に巻かれたおたふくは狂ったように走り始めたが、白装束たちが行く手を阻み、行き場を失った。おたふくの「ぎゃぁぁーー!!」という叫び声が、この光景を一層狂気に見せた。白装束たちはその声を掻き消すように祈りを絶叫した。

 自分は、音を立てないようにして後退し、立ち上がって駆けだした。

 火だるまになったおたふくの中身が五反田富子であろうことは明白であった。きっと「くみぃ」とは「神」のことであろう。梶川のアシスタントをしていれば、そんなことぐらいすぐに察しがつく。つまり五反田富子は生け贄となり、神となったのである。そしておそらく、この秘密を知ってしまった梶川とサルも、富子に続いて生け贄にされてしまうのである。これはもう死んだ者の肝を喰らうなどというレベルではなく、神をも喰らう、狂気に満ちた極悪非道のカニバリズムに間違いないのである。

 悲鳴から逃げるように、自分は必死で走り続けた。

「がられる……、がられる……」

 と、意味を知らない言葉をつぶやきながら……。


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