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哀愁カニバリズム  作者: 原田昌鳴
16/18

【16】


「そいじゃが去年のは不味かったねぇ、あれ、内地の学者だった? 脂も乗ってなかったねぇ。じゃどん牛よりぁうまかよ。で? 今年は? ああ、ホテルの? ミスきびなご? あらら、残念だねぇ、なんか余計なことでも言ったのかねぇ。でもおいどま楽しみぃ、若い肉はおいしいよぉ。ほんのこて? 楽しみぃ!」

 冷たい風が吹き来るようになり、昼寝も少々寒いわ、とぼんやり目覚めた自分にこのような会話が聞こえたのは、梶川が去ってから四時間も経過してのことであった。

 ひょいと状態を起こすと、ちょうど滑り台の横で立ち話をしていた、鍋をかき回していた割烹着姿のおばちゃん二人が自分を見た途端に目をかっ開き、大きく開けた口に手をあてた。

「あいやぁ、しもた。がられる……」

 がられる? 一人のおばちゃんが恐怖に怯えた表情でそう言った。するともう片方のおばちゃんが、

「大丈夫よ、この兄ちゃん、台湾人ってよ。言葉わからんよ」

 と怯えたおばちゃんを励ますように言った。二人は、こちらを振り返りつつ、鍋を抱えてそそくさと去って行った。

 公園を見回すと、どうやら祭りも終了したらしく、おっさんが五、六人でテントの骨組みを軽トラックの荷台に乗せようとしている他は、バレーボールを使ってバスケのドリブルをする少年が一人に、大きな柴犬が一匹いるだけである。ぼんちゃんの影もない。もちろん梶川もサルもいない。あれから四時間が経つというのに、いったい奴らはなにをしているのであろうか。自分が寝ていることを良いことに、二人でラブホテルなどにしけこんだのではなかろうか。それならそれで結構である。でもこの島にそんなホテルがあるのであろうか? まあとにかく、祭りの終焉をもって今回の仕事は終了であって、あとは梶川に領収書を渡し経費を精算、ギャラ五万円を頂戴し、一緒に鹿児島に渡るなり一人で東京に帰るなりすれば終わりである。この際だから、桜島観光などして帰ってやろうかな。それ良いね。黒豚、薩摩揚げ、芋焼酎、良いね。食って帰ろう。ギャラも頂くことであるし、贅沢しよう。と、想像は膨らみ、ぐぅ~、と腹が鳴った。その音に反応したのか、突如柴犬が滑り台の先っぽで体育座りをしていた自分に向かって突進して来て、自分を押し倒し顔をガンガン舐める。自分は犬に罵声を発しながら必死に抵抗していたのであるが、ふと、犬にこのようにされるのと、サルにされるのとではどちらが良いだろうか、どちらがマシだろうか、ということを想像してしまった。激しく食らいつく犬の吐息の中で、サルの吐息を想像してしまう。サルが自分にべぇ~と出した舌が、ぐるぐると脳の内側を廻った。

 やがておぼろげながら結論らしきものが浮かび上がりかけたその時、バスケの少年が走って来て「こら、ポチ、止めろ!」と柴犬を叱責し、自分を救出してくれた。少年は力のない笑顔でこちらに笑いかけた。自分も力無く笑った。寸止め、というか、一番楽しいところの一歩手前で夢から覚めた気分であった。

 それにしても一向に梶川が帰ってこないので退屈でしょうがない。バスケの少年も、愛犬が自分に強姦まがいの行為をしたことによって居心地が悪くなったのであろう、再度自分にペコリと頭を下げ、犬共々仲良く坂を下っていった。

 もはや公園にひとりぼっちである。どんよりと曇った空が公園の寂寥感を一層際立たせ、自分を孤独に思わせた。

 さすがに遅くないかい? あれからもう五時間近くが経過したよ。

 自分はやっと立ち上がり、焦燥感満点の競歩のような歩き方で公園を後にし、集落内へと梶川を探しに出かけたのだった。

 夕闇に包まれると、この集落の奇妙さは抜群である。

 なにしろ塀が高いので、家々の団らんの灯りが路地に漏れることがなく、暗闇の中に小さな街灯がおぼろげにぽつんぽつんと立っているだけで、生命の気配を感じることができぬ。見回しても猫の一匹すらいる気配がない。

 そしてまたこれ、不気味な音がするのである。海から吹き上げる風が木々を揺らす音、雷鳴が轟いているような「ゴウ、ゴウ」という音々が集落に反響し、弱気になった自分の孤独感を煽るのだ。

 早く梶川を探さなければ。

「どこに行きやがったんだ、ぬめぬめ野郎」と、そう口にしながらも、自分の足はまっすぐ鳥居の方へと向かっていた。

 鳥居に続く道は両脇に畑があるだけだから、当然街灯もなく真っ暗なはずであろうが、なぜか道の先の、その上に浮かぶ背の低い雲がほのかに赤く色づいている。例の雷鳴のような音も、近づくにつれて和太鼓を叩いているような音に変わってきた。その音は規則性を持っており、数秒に一度鳴っている。その音に紛れ、ずっと拍手のような音が鳴っていることもわかる。

「え? 盆踊り?」

 せっせ、せっせ。自分は競歩からほとんど小走りになっていた。緩やかな右カーブを曲がると、ついに鳥居のある、そこだけが鬱蒼とした森になっているあたりに近づいたのであるが、その鎮守の森はまるで内部から激しく燃えているように全体が真っ赤であった。

 そこまで来ると、人々が笑っているような声も聞こえてきたので、自分は「祭りやってんじゃん!」と叫び、足を緩めた。


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