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哀愁カニバリズム  作者: 原田昌鳴
12/18

【12】


 M島三日目。

 前日同様快晴。今朝のキャンプ場には前日のような活況はなく、遠く波の音と、ピヨピヨと鳴く野鳥の声が聞こえるばかりである。

 昨夜サルに叱責をされ、自分のへたれ具合に情けなさを感じた自分は、快晴につられてどこか吹っ切れた気持ちがし、「よおし、本日は人喰い村に潜入して不合理な村人の悪事を暴いてやるぞ!」とまでは思わないが、テラスに出て体操が出来るほどに精神的な回復を感じていた。野鳥と共にピヨピヨ言いながら前屈などしていると、なんとなく野鳥の諸君に応援されているような、背中を押されるような気になったので、自分はお礼のつもりでアクロバティックに関節を鳴らしてあげることにした。

 通常は鉄棒を使用するのであるが、今日はテラスの欄干の太い丸太に軽い助走をつけて飛びつかまり、助走の勢いを使って丸太の下から体を向こう側へ投げる。ちょうど体が一文字になった時に丸太につかまる両腕にグッと力を入れ、全身は逆に力を抜くと、背中の骨が伸びるようになってバキバキバキッと鳴った。鳴ったのを確認したらすかさず手を離し地面に着地。この技は少しでもタイミングを誤ったり怖じ気づいたりするとケガをする難易度の高い技である。

 その技を見事に成し遂げた自分に対して、野鳥の諸君はピヨピヨピヨと歓声をくれた。

 歓声に手を振っていると、梶川のテラスにジャージ姿のサルが登場した。サルは頭を掻きながら携帯電話で誰かと話していたが、自分を見るなり小さく「うわっ」と驚き、頭を掻いていた右手で小さく自分に手を上げた。反射的に手を上げてしまったようにも思えるが、奴なりの「おはよう」のつもりなのだろうと自分は理解し、自分も小さく「おう」と言って手を上げた。

 サルの電話は仮病を使って仕事を休むために上司にかけているものと思われるが、なかなか休みのOKが出ないようで、ぎゃあぎゃあ言いながら悪戦苦闘している。そのうち、

「うぎゃあ、ああっ、腸がぁ、腸がぁ、曲がってるぅ! ああっ、痛い痛い痛い! 完全に曲がってるぅ! うぎゃぁ、痛い痛い! 曲がりきってるぅ~!」

 と強引に電話を切ったようだった。腸が曲がっているのは当たり前だろうが。誰だって腸は曲がっているのだ。まさか捻転を装っているのか? それとも猿という種は、腸が直線的に収納されているとでもいうのか? アホである。

 あまりに卑怯な言い訳を繕ったサルにその辺のところを問うと「卑怯? あんたに言われたくない」とキッパリ言われてしまった。どうも昨日の叱責を境にして、自分はサルよりも立場が弱くなっているように感じられる。それではいかん。だいたいサルを同行させてやることを提案したのは自分なのである。そこで威厳を取り戻すべく自分は訊いた。

「なにをもめていたのだ? なにかあれば自分が解決してやるから遠慮無く言いなさい」

「あんたに言っても解決できるわけないでしょ。どうやんのよ」

「例えば、父親役になって、娘がどれほど重篤な腸捻転かを説明したり、だな」

「あんたバカ? 誰がいい歳して親に電話してもらうのよ。しかも親は厚木よ、バ~カ」

「なんだと貴様……」

 このサルめ言わせておけば、と、握った拳が震えたが、確かにサルの言うことも間違いではないので、自分はそれ以上サルに言い返すことができず、唇を噛んだまま立ちつくした。

「下手な父親役をやるぐらいだったら、富子を連れて来いっての」

 独り言のようにサルはそう言った。

 え? 富子?

「富子とは、早乙女かすみのことか?」

「はぁ? 五反田富子に決まってんじゃん。ていうかあんた富子のこと知ってんの?」

「眼鏡をかけたフロントの姉ちゃんだろ? 我々を芸能プロダクションの人間だと思っていたぜ」

「はぁ。あの子、かっぺだからね」

「で、富子がどうした?」

「今朝来てないんだってさ。無断欠勤よ。電話にも出ないって」

「バカ富子だな」

「あんたと同類だよ。逃げりゃ良いと思っちゃってさ」

「おまえだって仕事から逃げてるじゃねぇか」

「うるさいわね。その代わりに撮影の仕事やってあげんだから、ガタガタ言わないでくれますぅ?」

 そう言うとサルは昨日のように自分に舌を出し、「おじさま~」とほざきながらバンガローの中へと戻っていった。


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