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哀愁カニバリズム  作者: 原田昌鳴
11/18

【11】


 道中、自分は隣で不機嫌にしているサルにむかつきながらも、仕事がなんなのかを訊くと、むすっとしたままサルは「ホテルでベッドメイクしてんのよ」と言う。まさかと思い「この島で一番でかいホテルか?」と訊くと、案の定「そうよ、チッ」と舌打ちをした。

 バンガローに到着するとサルは自分のホテルが管理するキャンプ場だけに驚きの声を上げたが、バンガローに入ろうとする自分になんとも生意気な口をきいた。

「あんたは奥のバンガローに行ってよ。私とおじさまはこのバンガロー、あんたはあっち」

 生意気具合も増してきて腹が立つが、こいつの言う通りにしておけば自分が取材に行くこともない、梶川の近くにいなくても済む、つまり喰われなくて済む、という利点に気づいているので、むしろ喜んで奥のバンガローに行ってやろうという気である。しかし当然奥のバンガローの鍵を持っているわけもないので、サルに「ホテルまで鍵を取りに行ってこい」と命令すると、サルは「はぁ」と深く溜め息をつき、なにやら文句らしいことをもごもご言いながら奥のバンガローの裏側へと消えて行き、間もなく内側から玄関を開けて姿を現した。

 驚く自分を見てサルは、

「このバンガローだけ、こっそり裏側の窓の鍵を開けてんのよ」

 と言う。

 なぜだ、と訊く自分に、

「時々ここにガンジャやりに来るのよ」

 と。

 ガンジャとはなんだ、と訊く自分に、

「あんたバカ? マリファナに決まってんじゃん」

 と吐き出すように言った。なんたる不良猿。

「南国なんかじゃ普通よ。暖かいから育つのよ、草が。あんたおじさまと沖縄で会ったんでしょ? そんぐらい知ってて当然だと思うけど」

「沖縄には一度も行ったことがない」

「え? じゃなんでおじさまはそんな嘘ついたの?」

「そのうちわかるよ、サル」

 なにも知らないサルを交えミーティング。サル、全容を知ったらさぞ驚くことだろうと思ったが、取材の目的を知っても意外に冷静で、話の所々で「楽しそ~」などと抜かす。どうやらサルはこの島の出身ではなく神奈川県厚木の出生だというのであるが、マリファナの育つ環境に惹かれM島に移住して半年、人を喰う生け贄集落のことなど一度も聞いたことがないと言う。

 まあサルもこのように興味があることだし、自分はいなくてもオッケーね、と梶川に問うと「ダメダメ、いなくちゃダメだよ」と断固として自分に帰京のオッケーを出さない。

「なんでよおっちゃん」

「拉致されたら困るからよ。男が二人というのがポイントなのよ。見てよ、この子はこんなに可憐でか弱くて、簡単に拉致できちゃうでしょ? この子も取材に連れて行くけど、やっぱり君もいなくちゃ困る」

 サルは「可憐」とか「か弱い」とかいう言葉に感動しているらしく、目を潤ませている。それでは一緒に居たくもないサルを連れてきた意味がないではないか、と自分は目が血走ってくる。

「それに、せっかく僕が高いお金を出して君をここまで連れてきたのに、もったいないじゃない」

 ああ、やはり金か。

「僕がっておっちゃん、その金は経費でしょ? 南からふんだくったんでしょ?」

「人聞き悪いなぁ。経費取るのだって大変なんだから。企画通すために何度も打ち合わせしてるのよ? それも仕事のうちなんだから」

「仕事つったってさぁ、何度も言ってるけど拉致されて殺されちゃ意味ないじゃんか。おっちゃんとこいつだけが死ぬんなら良いけどさぁ、こっちは死にたくねえんだよ」

「死ぬわけないよ、人を喰うなんてのは迷信迷信、実際にやってるわけないでしょ。僕がちょっと大げさに言っただけだよ、怖がっちゃってさぁ、オッホッホ」

「ああ、そうかい、それだったら拉致もされねえってことだから、どっちにしろ自分は用無しだぜ。それにこいつだって自分が一緒だったらイヤだって言ってることだし……」

 自分がここまで言うと、突然サルが激昂した。ゴリラに変身するのではないかと自分は身構えた。

「キィッ! 意気地のない野郎だねぇ! あんたそれでも男? せっかくおじさまが連れてきてくれたのに、さっきから聞いてりゃあなんなのよその態度っ! あんたが引き受けたんでしょ? だったら最後までやり通しなさいよ! 人のことをサルだサルだって言っといて、あんたが一番サルじゃないっ!」

 ああ、むかつくではないか。サルにサルと言われるとは。梶川もこのサルの叱責に拍手してやがる。ああ、むかつく。

 ……しかし、である。

 確かに自分は一度仕事を引き受けたのである。来てしまったのである。男たるもの、やはり業務を全うすべきではないのか。このままなにも全うせず逃げてしまったら、本当にサルになってしまうのではないか。自分はこのように自問自答し、煩悶した。そして、恥ずかしながら、考え直すに至ったのであった。

「わかったよ、わかったよ、おっちゃん。行くよ。でもあれだぜ、命の危険を感じたら逃げるぜ?」

「そう、それでいいのよ。逃げて逃げて、オッホッホ!」

「チッ、世話の焼ける男」

 サルは「べぇ~」という具合に、自分に向けて舌を出した。

 それを見た瞬間、自分はなぜだか急に居心地が悪くなった。こちらに向けて舌を出すサルの態度に、なんというか、自分に対する親近感のようなものを感じたのである。ミーティングを行い、自分に対して心からむかつき、叱責し、と、そうしているうちに敵対心が雪溶けしたかのようである。舌を出し、人差し指で目尻を下げるという行為は、ある程度気心の知れた相手じゃないと見せることができない無邪気な行為だと自分は思うのである。

 さっきまでいがみ合っていたはずなのに、サルとの精神的な距離感というものが計れなくなってしまった自分は、ミーティングが終わるとすぐに「んじゃ明日」と早口に言って梶川のバンガローを後にしたのであった。


 夜、自分はうなされた。翌日から始まる人喰い祭潜入のプレッシャーからか、悪い夢を見てしまったのだった。

 銀色の無精髭を生やした、肌の黒光りするじいさんがタキシードで正装、ナイフとフォークで時折皿をカタカタと鳴らしながら上品に肉を召し上がる。

「うむ、このもも肉はやはり旨い。東京の人ごみで慣らしただけあって、身がきゅっと引き締まっておる」

 自分は皿の上に寝かされたまま、深い皺の刻まれたそのじいさんの顔を見ている。口元によだれが光っている。ナイフが自分の太ももに近づいてくる。すでに太ももの大部分が赤くえぐれている。黒く脂ぎった顔がニヤニヤ。「どれ、もう一切れ」。じいさんのフォークが、ざくり、と余った太ももの肉に刺さる。

 うぎゃぁ!


 自分は飛び起きた。すぐさまジャージの上からももを触ると、ちゃんと肉はあった。ああ良かった。夢だとわかっていても、さすがにこんな時はホッとする。

 それにしても脂汗の凄いこと。Tシャツはびしょ濡れ。替えを出すべく鞄まで這っていると、真夜中のはずなのに外がぼんやり明るいことに気づいた。奇妙な笑い声もする。不気味である。集落の人間がついに襲撃にやってきたのか? 梶川のバンガローに火を放ったのか? 目をこすりこすりして窓の外を見てみる。と、梶川のバンガローと自分のバンガローの間で火の玉が二つ、縦にぐるんぐるん回っている。その火の玉と火の玉の間に、全裸のサルがいる。肉感のない貧相な裸体をさらすサルがケタケタケタと笑いながら、ファイヤーポイとやらを披露している。その前で、同じく全裸の梶川が阿波踊りを踊っている。結んだロン毛をぶらぶらさせて、不快な股間をぶらぶらさせて、ウッホ、ウッホ、と力強く声を上げて。

 自分はこのように異様で歪んだ光景をこれまで一度も目にしたことがなかったために、しばし呆然とした。

 もう一度目をこすってみたが、やはり全裸のサルと梶川がケタケタケタ、ウッホウッホ。そして火の玉はぐるんぐるん、股間はぶらんぶらん。

 これは彼らなりの前夜祭に違いない。こう考えることでなんとか思考の均衡を保ち、自分は再び布団にもぐり込んだ。また目を覚ましてしまうと頭が狂ってしまうような心持ちがしたので、蚊取り線香の匂いが臭くてたまらん布団をおでこの上までかぶり、蚊の気持ちを想像し、気絶するように眠った。

 いや、自分は本当に気絶したのかもしれなかった。


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