阿美、魔王に助けられる
後楽園近くには多くの水路がある。近くを流れる神田川からの水の流れは東京ドームを沿うように流れ、白山通りを北上し、小石川へとつながる。この水路へ降りる道を雄一は知っていた。
雄一は友人と慌ただしく別れると、阿美たち三人を連れて水路の入り口に急ぐ。人口と思われた川の隣に小さな入り口があった。雄一は手早くその扉を開けると中に入っていく。すーっと、空からドラゴンが下りてきた。開いた扉の隙間に入り込む。空中で旋回していたドラゴンを見失っていたキノコの手のひらにドラゴンが舞い降りた。
全員は勢いよく目の前に出現した階段を駆け下りる。
「水路で戦いが始まった。私は分身を助けないと」
ドラゴンのいう分身とは、皇居近くの行き止まりの水路で軟禁状態にあるドラゴンのことだろう。
「誰かがドラゴンを襲撃している」
「ドラゴン、仲間だよね」
キノコが震える声でいう。
「ドラちゃん、私の友達だし、ドラちゃんの分身も友達だから…」
「わかってるよ、ね、雄一」
阿美が先を急ぐ雄一の後ろ姿に話しかけた。
「最近、おかしいと思ってた。誰かが水路を変えている、そんな痕跡がいくつもあった」
「この水路って何者?タマおばあちゃんが作ったダンジョンじゃないの?」
「いま、それ聞くのか」
阿美の問いに雄一がちょい切れる。
「もともとあった地下水脈にタマさんが仕掛けを作ったのは事実らしい。だけど、今、その仕掛けが…」
その時、流れる水流が見えてきた。
「ここからアパートまで走ればすぐだ!」
4人は水流の両側に密集している葦をかき分けて走る。
「変なものが出ませんように」
安孫子ちゃんが祈った。
だいたい、こういう祈りは変なものの呼び水になるようだ。
その言葉は終わるか否かで、
「出た!」
大量の人面ナマズが水面に現れた。長い髭を左右に揺らし、雄一や阿美の足元を掬おうとする。一匹のナマズの髭が安孫子ちゃんの足元にするっと巻き付き、そのまま水流に引きずり込もうとしている。
ドラちゃんがナマズに髭に息を吹きかける。一瞬にして凍る髭をキノコが叩き割る。
あと少しだ!
その時、眼の前に大きな光が見えた。
「あ、玲子さん?助かった」
しかし、それは玲子さんではなかった。薄い紙のようなものが人の形に変化しながら、雄一の前に立ちふさがっている。
「雄一!」
阿美が叫んだ時には、雄一はその和紙のように揺らめくものに包まれて、水の中に落ちていった。
「雄一!」
阿美が手を伸ばす。その指先が雄一が沈む瞬間にかすかに浮かんでいた髪の毛に触れた。髪をつかむ阿美。
そのまま阿美も水中に消える。
「うわ、どうしよう」
安孫子ちゃんとキノコは人面ナマズに囲まれている。
「私を大きくしろ!」
キノコの頭上で飛ながら氷を吐き出して防戦していたドラゴンが叫んだ。
「元に戻せ!」
そうだ、キノコは思い出した。望みは3つだった。
「ドラちゃんを元の大きさに戻して!」
キノコが叫んだとたんに、ドラゴンが大きさを取り戻す。
襲ってくる人面ナマズに氷を吹きかけるドラゴン。周囲が一瞬にしてキラキラ光る一面の氷に変わる。
「だめだよ、水流も凍ってる」
「阿美!雄一!どこ!」
キノコが叫ぶ。安孫子ちゃんが走る。
「アパートに誰かいるかも。探してくる。待ってて」
大きくなったドラゴンの肩が水路の天井にめり込んでいる。
「今度は小さくしてくれないだろうか」
「そんなに何回もできるのかなぁ」
キノコは半信半疑になりながらも、ドラゴンが小さくなるように祈った。
みるみる小さくなるドラゴン。
元の小ささに戻ったところで、飛び上がりキノコの肩に舞い降りる。
「この大きさで本当にいいの?」
「あなたには感謝しかない、私を自由にしてくれた」
ドラゴンは凍った水流の上を旋回する。
「流れの先にいって、二人を探してくる」
ドラゴンは暗い水路に消えていく。
暗い水中で。
阿美は雄一の髪をつかんでいた。
突然、圧倒的な寒さが阿美を襲った、
指先が凍りそう。阿美は雄一の髪の毛を必死につかむ。
そのとき、雄一を囲んでいた和紙のようなものがぱりぱりッと破れた。
阿美は雄一を引き寄せて、抱きかかえる。
二人は水中を流れていく。
阿美の指輪が光った。
阿美と雄一を取り囲む水が温かく変化する。
頭上で鶫の鳴き声がした。
小さくなったドラゴンは鶫の声を聞いた。
あれは堕天使の声。
ドラゴンははるか以前にこの朗らかで心地よい鶫の声を聴いたことがあった。
ドラゴンは声のほうに飛んでいく。