いわゆるパラレルワールドが生物部伝統を救う
街はクリスマスモード一色。普段は古本屋と定食屋が目立つ神保町界隈もこの時期だけはキラキラしている。ところどころ焼け焦げた服装の阿美たちご一行はコスプレだと思われているのか、それほど街にいても違和感がない。
しかし、タクシーは止まらなかった。腕をかまれた雄一をできるだけ早く入浴させるために一刻も早く帰りたいと山田は焦っていた。
「しかし…あれは…」
秘密の扉から入ってきた3人組を見た時、校長は驚いた様子で阿美を見ていた。
「うちの子だよね?」
「…そうです」
二人は顔を見合わせている。阿美が根負けしてにこっと笑った。
「ここからのお客様は初めてだよ。何かあったんだね」
3人の煤けた姿を見て、校長は医務職員を呼び出した。
「応急手当しかできないけど。で、ここのことは内緒だよ」
校長は阿美を見て、笑顔を作る。
「タマさんのお孫さんだったね。だからだね」
そのとき、看護の先生と一緒に、安孫子ちゃんがやってきた。
安孫子ちゃんはバツが悪そうだ。
「阿美ちゃんの怪我は私が見ます」
安孫子ちゃんは阿美の手を取ると、保健室へと連れて行った。
残された山田と雄一は、その場で手当てをされ、あたり前だが学校外に出された。
校長は阿美がドラゴンを見つけたこと、知ってるはずなのに、なぜ、こんなに距離があるんだ?、とその時に山田は思った。何かがおかしい。
やっとタクシーが止まる。
その日の夕方。
部活と委員会で学校に残っていたキノコと安孫子ちゃんがうなだれた姿で葉山アパートにやってきた。
食堂に塚田さんを含む全員がそろったところで、安孫子ちゃんが切り出す。
「実は…、私たち…」
安孫子ちゃんの話を要約すると…。キノコと安孫子ちゃんはみんなが寝静まった深夜に「復活の泉」で泳いだ。キノコはドラゴンを自分のものにするために、安孫子ちゃんは生物部がこれまで通りドラゴンのお世話ができるように、お互いの望みを唱えながら、泳ぎ続けた。二人の望みを両方叶えるのは難しいことはわかってる。だけど、どっちかだけでも叶えられれば、という気持ちだったのだという。
そして、翌日、学校に行ってみると、時間は戻り、日時はキノコが学校内の秘密の扉を阿美と冒険する前になっていた。キノコは阿美を扉に誘わず、だから、校長先生はドラゴンの秘密が漏れたとも思っていない。今の時空では。
ところが、不思議なことに、阿美は冒険をしていた。阿美の時間は戻っていないのだ。安孫子ちゃんもしっかり阿美と会って、葉山アパートに来た記憶が残っていた。安孫子ちゃんの時間も戻ってないのだ。
「ごめん、どんなになってるかわからなくなっちゃって。だから、私たち、できるだけ阿美と話さないようにしようと。すっごく混乱したし。それに話すと、ばれちゃうと思って。ごめん」
突然、阿美の瞳から涙があふれだす。
「そうなんだ…そんな感じだったんだ…」
にこにこ笑いだす阿美。
「嫌われたんだなぁって、ほら、空気読めないし、バカだし、かわいくないし、いつも嫌われてたし…それに、親もいないも同然で…しかたないなぁって」
キノコの体が震えている。
「ごめん、話していても、どれが記憶にある過去なのかとか、どんな話をしてたのかとか、全然わかんなくなっちゃって…」
「話してくれてありがと。前向きになった」
阿美が明るい声で笑う。
「違う…仲良くなれてうれしかったの」
今度は安孫子ちゃんが泣き出した。
「結局、3人は親友ってことでいいんじゃないの」
玲子がボソッと呟いた。
顔を見合わせる阿美たち3人。
「親友って言葉、重くとらえすぎるのよ、子どもは。親しい友達で親友。よかった、親友3人組」
玲子が立ち上がって、三人の中学生女子の背後に回り、抱きかかえる。
なんとなく感動のシーンとなったとき、玲子がキノコの耳元でささやいた。
「で、ドラゴンはペットにできたの?」
キノコがセーラー服のポケットから小さな籐の箱を取り出した。箱を開けると、中には、小さなドラゴンがいて、のぞき込む玲子達を見上げていた。
「少し手がかかるんだけど、最近やっと慣れてきて…ドラちゃんって呼んでるの」
キノコが箱に手を入れると、ドラゴンはその手に自らの体を移す。箱からそっと出すキノコ。
阿美の肩にはハクがいる。
「俺、食われるんじゃないか」
ハクはそっと、阿美のポケットの中に身を隠して、様子をうかがっている。
「餌は、自分で探してくるから、大丈夫」
「自分で?」
キノコの言葉に雄一が叫ぶ。
「小さいし…夜は放し飼いだから」
その言葉に顔を見合わせる山田と雄一。
「不安な予感しかしない」
雄一のつぶやきは、すぐに現実になる。
次は第三章です。ここまで、3万文字ちょっと。序破急の序の部分がやっと…。ここから物語は大きく動くと思うんですが…さあ、どっち向き?迷う…