変化するカイムに変化する水路
ほの暗い水路に入るのは、阿美は久しぶりだった。ドラゴン騒動の後、阿美とクラスメイトのキノコは学校行事と定期テストで忙殺されているし。生物部部長の安孫子ちゃんは生徒会長に立候補したりで阿美とは別世界で活躍中。水路の管理は山田と雄一が中心になってやってるので、阿美は蚊帳の外だった。
地下に降りると生臭い匂いがする。
「ちょっとヤな匂いだな。ゴブリンが死んだのも」と山田。極力殺さないようにしていたゴブリンだが襲ってきてはしかなない、と山田は呟く。
「最近、不思議なことが多くてね…」
ちょっと見ない間に改造に改造を重ねた船は、まるで軍艦のようになっていてマニア受けする外観に代わっている。
ポケットにフクを入れた阿美が船に乗り込むと、船全体をガードするように膜ができた。
「なぜか、こっちの魔法スキルも上がってきてるんだ、だんだんね」
山田が運転席らしきところに座っている雄一に合図を送ると、船はゆっくりと水路を動き出した。
「以前は田舎の用水路みたいだったんだけど、最近はコンクリで護岸工事された水路とかもあって、もう誰かが入りこんでるのは見え見えなんだ。だけど、まだ誰にも会ってない。会うのは変な形の動物とかゴブリンとかなんだけど…」
指輪が急に重くなり、阿美が「うっ」と声を上げる。
目の前に、小さな目玉のようなものが浮かんでいる。
「あれは、きつねが化けてるの、目玉に」
と雄一。
「俺も最初は驚いたけど…襲ってくるわけじゃないし…百鬼夜行に出てくるようなおばけがね、時々現れるんだ」
突然、鶫の大群が現れて、群れていた目玉を蹴散らした。
「静かにしよう、今、俺ら、奴らに見えてないから」
山田がぐっと表情を引き締める。
鶫の大群は、目玉を追いかけクチバシでつつく、と思うと、羽からサーベルのような剣が現れ、目玉の後方で剣を素早く回転させる。
同時に、白い狐の尾が宙に舞った。
目玉は変化し、狐の形が現れる。尾を切られた狐は目を見開き、切られた尾を引き寄せる。
鶫はさえずるような愛らしい鳴き声を出して、狐を挑発する。
キーと高い音がして、鶫が人型に変化した。
そのとき、阿美の指輪が大きく強い光を発した。一瞬の間、狐は宙を飛び、姿を消す。
残ったのは、人型で鶫の形をし長いクチバシを持つ奇妙な魔物だ。
「ぐざふぁん、お前がいながら、なぜ、結界を破らせた」
指輪は阿美の手を離れる。ふいごをもったぐざふぁんが姿を現した。
「この娘のそばにいれば叶うと思ったのです。力を持つのはこの娘だけだと。まさか仲間にも力があるとは思わず。カイム様、この場所は久しぶりなのです、なぜ、こんなに匂いが違ってしまったのか、景色が変わったのか、この道はまだつながっているのですか?」
ぐざふぁんの言葉にカイムと呼ばれた魔物は答えない。
「先ほどの狐尾が魚を集めたようだ。ここで生き延びたのなら、私と再開する機会もあるだろう」
カイムは感情の見えない鳥の目で阿美たちを一瞥すると、鶫の姿に形を変えて、空に飛び出す。小さなさえずりを残して、鶫の姿が暗黒に消えた時、
バシャ!
水面が動いた。
とげのある鱗を持つ巨大な雷魚が船めがけて泳いでくる。
「バリアが間に合わない」
雄一が小型化銃を取り出す、しかし、雷魚が水中から飛び上がってくる。
山田が巨大な矛で雷魚を一撃する。
その間に、雄一が、パン、と雷魚を小型化した。
これが大きな間違いだった。
小さくなった雷魚はスピードを増して、船の中に飛び込んでくる。何匹もの雷魚が船に突進してくる。
「嚙まれた!」
雄一がうずくまった。
「うわ、どうする?」
ポケットの中のハクが顔を半分出して、阿美を見上げている。
「焼く!」
阿美はぐざふぁんからふいごを奪い取ると、とびかかってくる雷魚に火をつけた。
「だめだよ、雷魚も燃えるけど、船も燃えちゃうよ」
「船を岸に…!」
山田が操縦席でうずくまっている山田のそばに行き、船を動かす。燃え始めた船は、スピードを上げ水路を走り、見覚えのある船着き場に行きついた。
「あれ、ここ?」
「とにかく降りて」
雄一を抱えた山田が阿美をせかして、船を降り、地上に続く階段を駆け上がる。
「だめだよ、ここ」
阿美は見覚えのある通路に愕然とする。
「何が」
「ここ、コンクリで出口ふさぐって、ほら、ここ、うちの学校だよ」
階段の先には扉がある。
「開かないよ、どうしよう」
後方でははボートが燃え盛っている。大きな炎が上がっている。
「体当たりするぞ」
「え、コンクリに?だめだめ」
阿美の叫びを無視して、山田が手に持った盾を扉に押し付け、全身の力を盾に込める。
「ガチャ」
と小さな音がして、扉が内側から空いた。
「壊さないでくれる」
柔和な声がする。聞き覚えのある声、そう阿美の学校の校長が扉の前にたっていた。