突然、襲い掛かってきたのはゴブリンの群れ
阿美の部屋には電気ストーブが入り、小さな部屋には炬燵も。
いつの間にか季節は空きから冬になっていた。阿美の机には小さなクリスマスツリーが飾られている。
阿美は机ではなく炬燵にすっぽりと入り込み、背中を丸めて、懸命にシャーペンを持っている。要するに、勉強しているのだが、シャーペンは動いていない。
「つまんない、じゃなかった、わかんない!!」
阿美が叫ぶ。
「なんて、二乗なの。なんでマイナスなの、なんでー!」
「雄一か山田に聞けよ」
「聞けない、さすがに聞けない、もう聞けない」
阿美はすでに、この問題を、雄一にも山田にも聞いている。それどころか、安孫子ちゃんにも聞いている。最近、塾に通いだしたというキノコは忙しくてあまり話さなくなってるけど、そのキノコのことも捕まえて聞いている。そしてその問題がテストに出て、やったー!と思ったのに、×が付いて戻ってきた。
「わ、か、ら、な、い」
今、阿美がやっているのは、12月定期試験の追試の解きなおし。12月も半ばを過ぎて、街はクリスマスムード。葉山アパートではクリスマス会を塚田さん主催で行う予定だ。その前に戻ってくるだろう、成績表を想像して阿美は憂鬱になる。
葉山アパートの住人はそれぞれに忙しそうだった。男子は勉強の他にドラゴンの世話、玲子さんはドラゴンの世話は男子に任せて、なぜか婚活を始めている。
石焼き芋ーやきいもー♪
葉山アパートは都内の人気エリア文京区にあるが、下町ならではの商店街もあって冬に夜には焼き芋屋の屋台も出る。その声をききながら、阿美はなぜか、父親のことを思い出していた。お父さんが焼き芋買ってきてくれたこと、あったなぁ。炬燵の上には、父親が送ってきた気の早いお年玉が置いてある。
「これは、正月に帰ってくるな、って言うことだよね…」
阿美が思ったよりも厚みのあるお年玉袋を持ち上げたときに、急に、机ががたがた揺れた。阿美が慌てて机の引き出しを開くと、アルミ色した指輪がうっすらと光を放っている。
「忘れてた、これのこと」
阿美が指輪を持ち上げた瞬間、その指輪が阿美に指に入り込み、強い光を発した。
「なんか、起こるんだよな、これ」
フクが阿美の肩によじ登っている。
「すっかり忘れてた。これ、悪魔だっけ天使だっけ?」
ガタガタガタガタ、アパートが揺れている。
バタバタバタバタ、一階の廊下を走り回る音がする。
「大丈夫だから!」
山田がアパート全体に響く声で叫ぶ。
「うるさいですよ」
阿美が炬燵から抜け出し、廊下に出た、その時、ゴブリンがいた!
「え、なんで?地下から出れないんじゃ…」
地下の生物は地下空間で生きているとばかり、阿美は思っていた。
「え、外に?え、え…フク、大変…」
その時には、肩にいたはずのフクがゴブリンに突進していた。フクはゴブリンの首筋にとびかかり、思いっきりかみつく。
「クアワァ!」
ゴブリンがかみついたフクを払おうと、手を大きく上げた。その手の隙間から、うずくまる塚田さんが見えた。塚田さんは恐怖のあまり、小さな固まって震えている。
「うぁ、どうしよう」
阿美は手に持っていたシャーペンを剣のように振りかざすと、ゴブリン目指して突進していった。
「なんとかなれ!」
シャーペンがゴブリンの背中にすっと突き刺さる。緑色の液体がシャーペンを伝わって、阿美の指に流れてくる。
「クアワァ!」
背後から、声がした。フクが高く飛び上がり、阿美の背後に迫ったゴブリンの眼めがけて爪を立てる。阿美が塚田さんに駆け寄る、その時、シューシューと音がして、すぐに2匹のゴブリンがあおむけに倒れた。
小さめのロケット銃を抱えた雄一が階段を駆け上がってきたのだ。雄一は、すぐにゴブリンに駆け寄る。
「大丈夫、麻酔銃だから。殺していない」
ゴブリンは眠ってるようだ。
「阿美ちゃん、手、洗ったほうがいいなぁ、ゴブリンの血がついてる」
雄一は、スマホを出すと、山田を呼び寄せた。
階段を上がってきた山田は、大きな段ボールの箱を持ってる。
「なんでこんなことになったのかなぁ」
山田は、小さな陶器の銃をポケットから出すと、それで眠っている二匹のゴブリンに標的を定め、陶器の銃の引き金を触り、パン!と口で音を出した。ゴブリンはみるみる小さくなる。手のひらサイズに縮まったゴブリンをつまみ上げると、段ボールの箱の中に落とした。
「地下に返してくる」
塚田さんはまだ震えている。
「今日は外食しようよ」
山田はスマホを操作している。
「そうだ、キノコちゃんと安孫子ちゃん、クリスマス会来るよね、聞きたいことがあるんだ」
山田は地図アプリを見ながら、
「何食べる?おごるよ」
どうやら、山田はアプリで美味しい店を探しているらしい。
「起きちゃうと面倒だよ」
雄一が段ボールがゴソッと音を立てたのを聞き逃さなかった。
「こっちを戻すのが先。支度しといて。すぐに戻してくるから」
阿美とフク、塚田さんを残して、男子二人は地下に降りて行った。