賢いといわれ続けた男子・山田の初めての挫折
山田はいま、大学の校舎に囲まれた池のそばに立っていた。
いつもはさわやかでハンサムな顔が沈んでいる。彼は今外見を気にする余裕がない。まだ見ぬドラゴンのことで頭がいっぱいなのだ。このところ、宿題も進んでない。
この池も地下に潜れば、地下水路に繋がっているはずだ。今のところ、その出口は見つかっていないが。阿美の学校の例から察するに、どこかに何かが潜んでいる確率が高い。ドラゴンを超える何かは何だろう?考えたが頭に浮かばなかった。
「身投げ?」
同じ小学校、同じ中学校、同じ高校、同じ大学の友人、大竹がやってきた。
「ドラゴンより強い魔物って何だと思う?」
「ゲームにもよるけど、結構いるんじゃない。ただ、最終的には魔術師とか剣士とかが勝つんだから、人間が一番強いんだろ」
大竹がぽんと山田の肩を叩く。
「で、なんのゲームやってんの?」
「だよな」
ゲームじゃなく、リアルだと言ってみたい衝動に山田は揺れている。大竹なら信じてくれるだろうか。
「いるんだよ、ドラゴン」
「俺も作ったよ、結構強いやつ」
話がかみ合わない。
「だよな」
山田は頭を掻きむしった。言えるはずがない、ドラゴン退治に頭を悩ませているなんて。気が狂ったと思われてしまうだろう、といって、大竹を葉山アパートに連れていき、ドラゴンを見せるわけにもいかない。あの水路は誰でも入れるわけじゃないからだ。たまおばあちゃんがOKを出した人間じゃないと危ない。
「早く来いよ」
大竹は池のそばを離れて、校舎のほうに歩いていた。
「ファンタジーに染まるのは危ないぞ」
大竹は悩む山田の顔を見て笑っている。
山田は古びた校舎に向かう道で、多くの友人とすれちがった。
誰に話しても信じてもらえないだろう。そして、誰にも真実を見せることはできない。
学校内には、地元の人も多く歩いている。小さな子供を連れた母親、小型犬を散歩させる初老の老人、学校見学に来た高校生。誰かにドラゴンがいるんだと言いたい衝動がある。
地下には魔物が住んでるんだ、本当なんだよ。
だけど、言葉には出せない。言葉だけで信じさせることはできないだろう。
「あー」
山田は大きな声を出した。
周りの人たちがほんの少し山田を見て、すぐに何事もなかったかのように歩きを進める。
「あ、俺、挫折してるわ」
山田は声を出して笑うと、大竹の後を追った。