山田さんの戦い
さて、ここは葉山アパートの一室。
「忙しいときに!」
雄一からメールが来たとき、山田は宿題の論文を書いていた。明日までに書き上げなきゃいけない。雄一は急いでコスチュームに身を包む。家に中で服を着ている姿は完全にコスプレだ。間が抜けている、知り合いにあわなきゃいいけど、といつも山田は思っている。廊下に出て階段を下りて、風呂場に向かう。
ちょうど、塚田さんが帰ってくるところだった。大きな会社の係長だと聞いているが、いつも定時に帰ってくる。
「あら、こんな遅い時間に?」
塚田さんはコスプレ姿の山田に驚いた素振りも見せずに会釈する。
「晩御飯まだでしょ?作っておいていい?」
料理を作るのが好きなのだ。
「はい」
と少し照れて返事した山田。
山田はさっきのメールを思い出す
「少し人数多めになるかもしれません。友達が来るかもしれないんで」
「枝野くんと神田さん…の他にってことね」
塚田さんは
「承知しました」
と笑顔で部屋に入っていった。
山田は帰ってからの夕ご飯が楽しみになった。
「早くもどってこないと」
塚田さんにも塚田さんの予定がある。塚田さんに迷惑をかけないためにも、早く雄一たちを探さないと。
山田は自分が葉山アパートに来たのは偶然でなく必然だったと思っている。本当は近くにあるオートロックのマンションを契約するつもりだった。ところが不動産業者へと向かう坂道で、山田は転がってくるリンゴを拾ってしまう。普通だったら坂の上でリンゴを落としたのは可愛い高校生とか若い人妻だったりするのだろうが、この場合はおばあちゃんだった。
体に不似合いな大きな袋いっぱいのリンゴを抱えたおばあちゃんと転がるりんご。人助けのつもりでアパートまでリンゴの袋をもったことから葉山アパートへの入居が決まってしまった。それは魔法だったと思っている。友人はその話を聞くたびに「山田はカルトに騙されるタイプ」とか「女だったらあれだな」とかいうけど、そうじゃない。あれは魔法だったと思っている。
山田が風呂場についたとき、小さな地震があった。風呂にたまった水が大きく縦に揺れる。
「直下型?なわけないな」
地下で何か起こっているのかもしれない、山田は直感的におもう。急がないと。
浴槽に入ると、山田の体が沈んだ。
河岸に止めてある数台の船。そこから山田は少し大きめの屋根のある船を選んで乗り込む。万が一のときには潜水艇にもなる優れものの船だが、まだ潜って走行したことはない。山田が時間のあるときに普通の船を改良したのだが、まだ実戦では使っていない船だ。
スマホの地図機能を使って雄一の場所を確認し、川を進む。いつもと川の様子が違う。川が波打ち、色が薄茶色に濁っている。
「こんなときは…」
山田の想像が当たってゴブリンが襲ってきた。山田は手にした麻酔銃でシューティングゲームさながらにゴブリンを打つ。
「ゴブリンを殺さない」
というのはタマおばあちゃんの言葉だ。
「ゴブリンは敵じゃなく、味方になるかもしれないよ、なんてたって数が多いからね」
今は襲ってくる敵ももっと大きな敵が出たときには味方として働いてくれるかもしれない、だから恨まれちゃいけない、そうタマおばあちゃんは言っていた。
少し行くと、今度はニンフが現れた。不思議なことに、このダンジョンには和風のお化けや妖怪は出てこない。
「別の場所にいるんだよ」
とタマおばあちゃんは言っていたけど、最近は混血も進んでいるという。
今、船を取り囲んでいるニンフは少し和風要素が入っている。普段は綺麗な若い女性の姿をしているのだが、怒ると体中に口が現れ、その口から悪臭と吐き出す。横島軍藤六の妻という妖怪とどこかで融合したらしい。
怒らせないように、怒らせないように…とゆっくりと船を進める山田。
ところが、大きな波が船を揺らし、山田がマントの中に隠し持っていた小さな灯りが外に漏れてしまう。灯りが山田の剣を照らし、その光が屈折してニンフの顔にぶつかった。
ニンフの顔が怒りで黒く変わっていく。
周囲が悪臭に包まれた。体中を口に変化させたニンフが山田の乗る船に向かってとびかかる。
「うわっ」
山田は慌てて船を水中に沈める。
ニンフたちが水中の船に向かって吐息を吐き、手を伸ばす。
船がぐらぐら揺れる。
「ニンフにつかまると、どうなるんだっけ?」
山田が冷静に考えだしたとき、大きな波が水流を押し進めた。
船は普段とは違う早い流れに乗って進んでいく。
気が付いたときには、雄一たちと待ち合わせした河岸の近くにいた。
船はいつの間にか浮かんでいる。
ここは大きく流れが蛇行する水のよどむ船着き場で、雄一達が来る水流が見当たらない。
山田が目を凝らしているとき、水中からボコッと3つの頭が顔をだした。
身構える山田の前に現れたのは、まだ幼い顔をした阿美と大人びた少女、そして雄一だった。