プロローグ
中1女子が冒険する物語。悪魔好き、ダンジョン好き、廃墟や暗渠好き作者が送るてんこ盛りストーリー。
「きゃぁーーーーーーー!」
ふわっと体が浮いて足元にあったはずの床がなくなった。落ちていく速度で心臓がギュッと締め付けられる。
(こんな感じ、前にもあったかも?どこだっけ?)
思い出そうとしても思い出せない。
(遊園地とか?ん?)
ちょっと違う気もする。
こんな緊急事態なのに、意外に冷静な自分に驚く。
「助けてー」
と声を出そうとしたその時、不意に体が水に包まれたのがわかった。どこか水の中に落ちたんだ。口から出た言葉が水に吸収される。かなりの高さから落ちたはずなのに体に衝撃はなく、ふわふわと重力のない世界に漂っているような感じがする。プールや海に入ったときとも違う感覚。沈んでいるはずなのに水の上に浮かんでいるような感じ。息苦しさもない。
(もしかして、私、死んじゃったのかも?)
恐る恐るゆっくりと目を開けてみる。水の感触が眼球にふれてくる。しかし、周囲は漆黒で覆われ、目を閉じていたときと同じ暗さが襲ってくる。
(目、開けたのに暗いって、どういうことよ?どうなってるの?)
両手動かし、目の前の水をかき分けてみる。水の感触に懐かしさを感じる。
(匂いのせいだ、この場所の匂い、私は知ってる)
少女は身動きせずにじっと息を詰める。
(ここはどこ?)
かすかに風の通り抜ける音と、ポ、ポ、という水音が聞こえてくる。
「ふう」
少女は小さなため息をついた。吐き出した息は水をかき分けて、すっと上に登っていった。
同じ時。
「奄美大島近海で発生した台風34号はすでに首都圏を直撃しています。激しい雨による道路冠水や河川の増水、氾濫、土砂災害などに警戒してください」
テレビでアナウンサーが台風情報のニュースを読んていた。
10月も半ばを過ぎたというのに、季節外れの台風が頻発している。そのほとんどは日本列島に接近することなく消滅していたが、今回は違った。突然発生した小さな台風はみるみる大きくなり、まるで目的地を東京と決めたかのように突き進んでくる。
「荒川、神田川、多摩川で、氾濫危険水域を超えています」
テレビカメラが日没前にもかかわらず、雨雲で暗く沈んだ多摩川の様子を映し出していた。渦巻く濁流が見える。空と川とすべてが灰色の中で何かが光った。
そのニュースから、ほんの少し時間が過ぎて。
少女はまだ暗闇の中で浮かんでいた。懐かしい匂いに包まれているせいか、不思議なぐらい恐怖はない。
(羊水の中とか、こんな感じかなぁ。てことは、もしかしたら、生まれ変わるのかなぁ)
これまで信じていたわけではないが、輪廻転生の本は何冊か読んだことがある。
「一度死んでも、また生まれ変わるのよ、だから悲しまないで」
そんな言葉を前に聞いた。
(てことは、ここは新しいお母さんのおなかの中かなぁ)
少女は少し楽しくなる。
(ふふ、お母さんに会えるんだ、今度はお母さんのいる人生かぁ)
右手で小さなガッツポーズを作る。
(どんなかなぁ)
その時、手の中に小さな塊が滑り込んできたことに気が付いた。
手を胸元に引き寄せ、ゆっくりと開く。手の中には、銀色に輝く、小さな欠片があった。少女の周りが明るく光る。
光が灯ったことで、あどけない顔をした、おかっぱの女の子が水の中に浮かんでいるのがわかる。女の子は長いまつ毛をゆっくりと動かし、自分の姿を確認した。赤ちゃんじゃない。まだ、自分だ。神田阿美のままだ。
13才、中学1年生、身長152センチ、体重36キロ。見慣れたやせっぽちの女の子のままだ。
(輪廻転生したわけじゃないんだ、まだ、阿美のままかぁ)
阿美は少しほっとして少しがっかりして、再び目を閉じる。
(じゃ、どうなってるの??)
明かりの元となっていた小さな欠片は、いつのまにか消えていて、阿美の体がほんのりと明るく光り、周囲を照らしている。
(そういえば、こんな本を読んだことがあったかも)
阿美ややっと一番自分が納得できる答えを探し出した。
(夢だ!)
きっと夢、だったら、希望も叶うはず。
阿美は小さな生き物を心に描く。冒険には相棒が必要だよね。去年の夏に死んじゃったハムスター、大切に育ててたのに、あの女がドブネズミと間違えて、ほうきで叩いたから。阿美が家族に内緒で買っていたハムスターのフク。小屋から逃げ出して廊下に出たところで、あの女に見つかってしまい…。それから一週間後、やせ細って死んでしまった。
(夢ならフクに会わせて!)
阿美は気が付いた。
目の前にフクがいることを。小さな白いジャンガリアンハムスター。
「ミラクルスーパーラッキーじゃん!」
阿美はフクを捕まえるべく、両手を出す。
フクはその手に、ぴょんと飛び乗った。
「阿美、オレを呼んでくれてありがと!」
フクは阿美に話しかける。
「は、話せる?」
「ああ、ミラクルだからな。阿美、これは夢じゃないぜ。オレらは、お前のばあさんが作ったダンジョンのなかにいるんだ」
「ダンジョン?」
阿美は声を上げる。
「あの、ラノベに出てくるダンジョン?」
「そうだ、ここに来るときにばあさんに会ったよ、阿美を宜しくだってさ」
その時、阿美は、なぜ、ここに落ちたのかを思い出した。