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果てからのパヴァーム -Play of color bridge-  作者: 六花梨花
1.モールラガードでの一夜
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1.モールラガードでの一夜 07

 三人が食事を終え、部屋に戻る頃。壁や窓や屋根に、ぽつぽつと雨の当たる音が聞こえてきた。

「降ってきたな」

「宿に入ってからで良かったわね」

 部屋に入り、フォルは手にしていた酒瓶と真鍮のゴブレットと軽食をテーブルに置く。

 ネフは左手で抱いていた少女を椅子に座らせた。

 入浴と満腹のせいか、少女は椅子に座ったまま、こくりこくりと船を()いでは、目を擦っている。

「眠いんだったら、先に寝てていいわよ」

 フォルの言葉に少女は椅子から降りると、床にころんと横たわり丸くなった。

 それを見たネフが口に含んだ酒をぶっと吹く。

「ちょっと、待った! どこで寝てんだよ。ベッドがあるだろ? そっちで寝ろ」

 ネフは慌てて少女を抱き上げ、服や髪についた汚れを優しく手で払った。

「ベッド?」

「これだ」

 ネフがぽんぽんとマットレスを軽く叩く。

 少女はベッドをじっと見て、細い糸のような声で言った。

「……こんなので寝たことない」

「いつも床なの?」

「水車小屋の上……」

「そっか。そこにはベッドがなかったんだな。今日はこの上で寝るんだぞ。そらっ」

 ネフは少女を抱え上げ、ベッドの中央に横たえる。

 全身をふわりと受け止められた少女は、柔らかな感触に僅かに表情を和らげた。

「……ふわふわ……」

「そうね。柔らかくてふわふわね。こうすると、あったかくて気持ちいいのよ」

 フォルが少女にシーツをかけると、少女の瞼がゆっくりと半分落ち、長い睫が瞳を(かざ)す。

「羊さわってるみたい……」

「羊もベッドもあたたかいよね。ほら、目がとろとろよ。我慢しないで寝ちゃいなさい」

 フォルの言葉に、どんどん少女の瞼が落ちていく。

 やがて規則正しい小さな寝息が聞こえだした。

「ふふっ。あっという間に寝ちゃった。疲れてたのね」

「全滅した村から徒歩で森を抜けたみたいだけど……どれだけ歩いてたんだろうな。こんなちっちゃな足でさ」

 大きくなり出した雨音を聞きながら、ネフは煙管(きせる)に火をつけた。

「結構、降ってきたな」

「そうね。煙もくもくちゃん」

 眠る少女の額を撫で、酒を飲みながらフォルが言う。

「だから、目に入ったもので、その子の名前を決めるなっつの。俺が決めるって言っただろ」

「っていうか、あんたの名前をつけたのは誰だと思ってんの?」

「俺の名前は奇跡だな。だけど、奇跡は二度と起きないってわかった。で、どうする?」

 ネフは少女を見つめながら紫煙を吐く。

「この子の話を聞いてる限り、孤児みたいだし、この街には身寄りもないみたいだし……どこか牧歌的な村で引き取り手を探すのがいいかなって。自分のわかる言葉にしか反応できないなんて、金に過敏すぎるこの街じゃ絶対まともに暮らせないわ」

 血色の戻った幼い頬を指でつつき、フォルは言葉を続ける。

「この子、あんたの好きな小動物っぼいわね」

 図星を指されたのをごまかすように、ネフは窓の外を眺める。

 雨の滴る窓ガラスの向こう、すっかり夜が更けているというのにあちこちの灯りは灯ったままで、たまに笑い声が小さく聞こえてくる。

「もしかして、ずっと連れて歩きたいとか思ってない?」

 ネフはゴブレットに酒を注ぎ、一口飲んでから言った。

「無理だってわかってるっての。俺達は犬も飼えねぇ。だけど、まあ……いいとこ見つかるまでは一緒にいてもいいんじゃね?」

「あたし達が拾っちゃったからね。そうするしかないけど」

 窓の向こうから眠る少女に視線を移し、ネフは少しだけ目を細くする。

「……できれば、もう少し太った姿を見てから別れたいもんだ。子供も小動物も少し丸い方が可愛い」

「そうね。今のままじゃ細すぎて年齢もわからないもの」

 ――年齢。

 それが何を意味するかわかるネフは、ゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと紫煙を吐いた。

 紫煙を纏うようにフォルは机に近づき、軽食を口にする。

「ラスク、ガーリック塗ってあって美味しいわよ」

「全部食うなよ。俺のも残しといてくれよ」

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