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果てからのパヴァーム -Play of color bridge-  作者: 六花梨花
1.モールラガードでの一夜
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1.モールラガードでの一夜 05

 三人が泊まる宿は三階建てで、界隈ではそこそこ大きめの宿だった。

 その三階の南側一番奥の部屋で、先に男風呂から帰ってきた長身が煙管(きせる)(くゆ)らせていた。

 ゆるゆると日が暮れ、開いた窓の向こうが徐々に暗くなっていく。僅かに湿気ったにおいが漂ってきた。雨が近い。

 窓から見える建物に、ぽつりぽつりと灯りが灯っていくのを見るとはなく見つめていると、金糸の紋章が施された黒い影が脳裏をよぎった。ぎりっ、と吸い口を噛む。

「……まだまだだなぁ……俺も……」

 ばんっと激しく扉が開いた音に、男は慌てて飾り紐を額に巻いた。

「お前なぁ。何度言ったらわかるんだ。入る前はノックをしろ。扉は静かに開閉し……ろ……」

 長身は文句を止めた。鼻息荒く立っている女の傍らにいる少女を見たからだ。

 少女の痩せた躰を包むのは、ふわりと膨らみ、四肢の首できゅっと窄まった愛らしい寝間着。

 風呂でぴかぴかに洗われた髪はまっすぐでさらさら……だが、長いままの前髪は、分け目など考慮されず乱雑に左右に分けられ、段差の違う箇所でリボンでぼさぼさにくくられていた。

 そのおかげで、髪の下だった目が露わになっていた。

 長い睫に縁取られた瞼は半分下がり、その奥の瞳は入浴前と変わらず、濁ったまま……死んだままだ。男は僅かに額を曇らせた。

「風呂に入りゃ、多少刺激になるかと思ったんだけどなぁ……」

「次は食欲に訴えかけてみる?」

「そうするか。俺達も腹減ってるし。だけど、その前に……」

 わざと洒落た残し方をした顎髭を撫でながら、長身は言った。

「この髪をなんとかしてからだ。なんだ、この結び方。不器用にもほどがあるっての。ススキの穂先の束が突き刺さってるみたくなってんじゃねぇか」

「そうかな? 可愛くできたと思うけど」

「お前にしちゃあな。だけどこれ、下で店の親父にもなんか言われたろ」

「悲痛な顔でやめてあげてって言われたけど、なんだかよくわからなかったから手ぇ振っといた」

「で、このリボンは?」

「この子が着てた服破っちゃったから、新しいの頼んだの。そしたら、おまけでつけてくれてて。そういや、このリボンを用意してくれた子も、そんなつもりでおまけしたんじゃないのにって泣いてたなぁ……どうしてかしら?」

 長身は深く長い溜息をつきながら、少女を椅子に座らせた。

「つーか、服破ったって。野蛮かよ」

「しょーがないでしょ。脱がすのに引っ張ったら簡単に破れちゃったんだもん。ボロボロだったから、時間の問題だったはずよ」

「うっわ、リボン、団子結びにしてんじゃねぇか。まったく……」

 男は長い指で器用にリボンをほどく。

 ぱらりと落ちた髪を丁寧に櫛で梳き、鋏を手にした。

 その間、少女は微動だにしない。髪が目に入っても、おかまいなしで開いたままだ。

 女はどさっと窓際のベッドに寝転がり、男が少女の髪を切るのを眺めている。

「ざっくり見た感じ、あんたが思ってるような目には遭ってないわよ、その子。血のにおいがしたのはさっきの怪我と裸足で歩いていたせいの傷、それと……服についていたっぽいからかもね」

「服にか……なんでだろうな」

「わかんないわ。猪っぽい毛もついてた」

「……ますます、わかんねぇな。それで……」

「『印』はなかったわよ」

 女の言葉に、男は少しだけ表情を緩めた。

「まだ七歳じゃないってことかな。それなら、早いとこ回避できる道を探してやんねぇと」

「あのさあ」

「なんだよ」

「必要以上に情をかけるのはやめなさいよ」

「……わかってるっての……」

 わかってはいない――と、言いたげに、女は小さく息をついて、窓の向こうの空を見た。

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