1.モールラガードでの一夜 04
「おう、なんだ、お前ら。とうとう結婚したのか?」
長身の男が宿の扉を開けてすぐ。カウンターに立つ太った禿頭の店主の男が、にやにや笑って三人を迎えた。
「んなわけないでしょ」
「迷子かなんかみたいでな。煉組術師に狙われてたんで拾った」
「ああ、そりゃあ最近、街に入った奴らだな。強引なことばっかやってるみたいでよ。隙あらばちっちゃな女の子ばっか狙ってるんで、親達は娘を家から出せないってぼやいてたわ」
「そんな奴だったの。問答無用で殺っちゃっても良かったわね」
「街についていきなり掃除屋達の手を煩わせるなって。それより、風呂だろ?」
長身の言葉に、女は大きく頷いた。
「丁度いいや。今、湯を入れ替えたとこだ。ひとっ風呂浴びてきな。部屋はいつものとこが空いてる。そこでいいな」
二人が承諾する前に、店主はカウンターに鍵を置いた。
長身の男は少女を下ろし、それを手にする。
女は荷物を男に押しつけ、少女の手を取った。
その時、男は女の耳に唇を寄せ、小声で言った。
「微かに血のにおいがする」
男に目で頷いてから、女は少女を見た。
「それじゃ、行こっか。お嬢ちゃん」
「ちゃんと上から下までぴかぴかに洗ってから入ってくれよ」
「その子、溺れさせんじゃねぇぞ」
同時に放たれた店主と長身の台詞に、女はふふんと胸を張り、言った。
「先に洗え? 溺れさせるな? そんな当然のこと注意されなくても、あたし、品行方正でお行儀いいから、ちゃんとするわよ?」
はいはいと窘めてから、長身の男はさらに続ける。
「その子にも髪油を使ってやるんだぞ。容量間違えてぺっとぺとにするなよ」
「だ~か~ら~、大丈夫だって言ってるでしょっ。何をそんなに心配してるのよ。意味わかんない。じゃあねー」
するかもしれないから言って聞かせているんだという男二人の目線に気づくことなく、女は鼻歌を歌いながら店の一階の奥にある女風呂へと向かった。
歩きながら、女は少女に目を落とす。
少女は女に手を引かれるまま通路を歩いていた。
抵抗もせず。文句も言わず。
(血のにおいねぇ……確かめといた方がいいこと山ほどありそう)
女が開いた扉の向こうは、いくつもの木製の棚が設えてある脱衣所だった。
「ラッキー。まだ早い時間だから、あたし達の貸し切りよ。こっちこっち」
と、女は少女の手を引いて、浴場の入り口のそばの棚の前で立ち止まり、置いてある蔓で編まれた籠を引いた。
「この籠の中に脱いだ服を入れるのよ。こんな風に」
女が腰に巻いている太い革製のベルトをはずし、籠に入れる。微かに棚が重く軋んだ。
長い指が服の留め金をはずす。隠されていた艶めかしい曲線が露わになった。
「あ、いけね。ブーツ脱ぐの忘れてた。よっと」
棚の前にあるベンチにどっかりと腰掛け、なめし革で作られたブーツの留め具をはずしていると、棒立ちの少女と目の高さが同じになった。
「お風呂、初めて?」
少女は答えない。首も動かさない。声も出さない。
「もしかして、風呂ってものがわからないのかな?」
脱いだブーツを大雑把に棚の下に放り投げ、少女の顔を覗き込む。
薄汚れざらざらの髪の下にあるのは半分瞼の下がった濁った瞳。何も見ていない。
女はそっと瞼にふれた。刺激を受けてもそのまま開いたまま――死んだ瞳だ。
「そっか、わかった。じゃああたしが全部してあげる。あんたはじっとしてればいいからね」
女はにっと笑うと、少女の貫頭衣に手をかけた。
「土の汚れ、水に濡れて乾いた染みの重なり……それと猪かな、この固い毛。この茶色の染みは血かしら……」
貫頭衣の染みを一通り確認すると、女はぐいっと引き上げた。
女の想定では、引き上げた勢いで少女の腕も上がり、すぽっと抜ける……はずだったが、汚れるだけ汚れた貫頭衣は、甲高い音をたて二分されてしまった。
少女の腕が上がらず、引っかかり、裂けてしまったのだ。
「……ま、しょーがないか。これだけ汚れてたら洗っても着られるか微妙だったし」
女は出入り口のそばに置いてある小さなベルを摘まみ、揺らした。チリンチリンと可愛らしい音が止むとすぐ、小さく扉が開いた。下働きの娘がそっと顔を覗かせる。
「この子に合いそうな服、見繕ってくれる? 代金は後で払うわ。籠に入れといて」
下働きの娘が頷き、扉を閉めると、女はベンチに戻り、少女の躰をひょいと抱え、膝に載せた。
無造作に少女の内腿に手を差し入れ、無造作に大きく足を広げる。そこをじっと見つめてから、小さく息をついた。
「こっちは無事っぽいから、服についた血に反応したのかな。っていうか……こんなことされても、まだ無反応なのね」
女は美貌に無を載せて、少女を抱き上げ立ち上がる。
「他に怪我してないか、洗いながら確認しよっか」
微笑んでそう言うとすたすたと歩き、足で扉を開けた。